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入札できる機会が増えると落札額が上がるのか?ドラマ『花不棄』に見る3ラウンド制入札

官銀流通権にまつわる入札

花不棄(カフキ)』という中国ドラマが人気らしい。「美男〈イケメン〉貴公子たちとの波瀾万丈な恋と運命が待ち受ける2020年No.1ドラマティック・ラブ史劇!」で、公式ホームページによれば「同時間帯視聴率1位!総再生数100億回超!」とのこと。

ある日、「胸に秘めた想い」(第18話)のエピソードを観るよう勧められた。個人的にはイケメン貴公子にもドラマティック・ラブ史劇にも関心はないので、いくぶん訝しく思いながら観てみると、この回のエピソードは官銀流通権にまつわる入札が山場なのだった。

官銀はお金のことで、紙幣や硬貨の製造・流通にまつわる諸々の事業を一手に引き受ける権利が官銀流通権だ。つまり公共事業の競争入札である。現代の日本でも「箱物」を建てる際などに公共工事の委託(公共調達)を巡って競争入札が行なわれる。実際に昔の中国でこのような紙幣や硬貨の流通事業が民間に委託されていたのかどうかわからないが(そもそもドラマでは明確な時代設定がない)、ドラマの中では四大名家である莫府と朱家が権利を巡って入札する。

刻限は線香1本分

入札が始まると莫府と朱家は指し値を考え、金額を示した用紙を入札箱に投入する。指し値を考える時間は限られていて、主催者の信王府は「刻限は線香1本」と宣言する。線香が燃え尽きるまでに入札を終えなければならない。家で焚いているお香はだいたい20分で燃え尽きるので、たぶんそのくらいの時間なのだろう。短いとは思うが、当然、参加者は事前にじっくりと時間をかけて戦略を練ってきているはずである。入札結果はすぐに読み上げられて、莫府と朱家の指し値がその場の全員に明らかとなる。

ちなみに、カサディー(Ralph Cassady, Jr.)によるオークションの古典『オークション・アンド・オークショニアリング』(邦訳なし)によると、入札できる時間を「ろうそくが燃え尽きるまで」などと決める方法は17世紀のイギリスなどで広く用いられていたらしい。ただし、この本で紹介されているオークションは競上げ式のオークションなので、ドラマに登場する入札方式とは少し違う。

指し値を入札するチャンスは3回

さて『花不棄』作中の入札で興味深いのは、この入札が3ラウンド制だということだ。2回目、3回目の入札では、それまでの相手の指し値がすべて分かったうえで自分の指し値を決める。どうしてこのような仕組みを採用したのだろう?

作中、1回目の入札で莫府と朱家の指し値はともに400万両。入札会場にいた他の参加者たちは金額の高さに驚く。去年は同じ官銀流通権が300万両で落札されていたからだ。この結果を受けての第2ラウンドでは、莫府500万両に対して朱家520万両。当然のことながら、入札は100万両単位でなくてもよい。

そして最終第3ラウンド。莫府は指し値を一気に800万両へと引き上げ、おそらく勝利を確信したのだろう、得意げな表情を見せる。と、次の瞬間、主催者である信王府の言葉に耳を疑ったに違いない「朱家、800万と300両」。結局、わずか300両の差で官銀流通権を得たのは朱家だった。

何万単位の指し値が入札されていたのに最後だけ「300両」という半端な金額の差で勝者が決まるとは、いかにも裏がありそうだ。「もしや朱家には千里眼でもいるのか」と会場からは驚きの声も漏れる。実は、800万両という莫府の入札額を事前に知った信王(主催者)が情報を朱家に伝えていたのだった。つまり出来レースだったのだが、その点はここでは措いておく。

入札の機会が多くても主催者の得にはならない

入札の機会が3回あれば、指し値はそのつど上がっていく。つまり、3ラウンド制によって主催者に高い収益が見込める。そう考えるのは誤りである。合理的な入札者なら、その後の上昇を考えに入れて1回目、2回目の指し値を低く抑えるはずだからだ。そもそも早い段階で「本気の指し値」を見せてしまえば、手の内を見せることにもなりかねない。その意味でも、1回目や2回目は現実的に意味のないような低い金額(例えば1万両)を示すべきだと言える。

もっとも、早い段階で高い指し値を入札する意味がまったくないとは言い切れない。高い金額によって「落札するために出費はいとわない」「何が何でも落札する」という意思を明瞭に示して、競争相手を降ろすという戦略が考えられる。一種のブラフ(はったり)で、結果的に安い金額で権利が手に入るかもしれない。サザビーズやクリスティーズなどの絵画オークションでおなじみに競り上げ式(英国式)オークションでは、序盤で急激にビッドを吊り上げる「ジャンプ・ビッド」が合理的な戦略となり得ることが理論的にも示されている。作中の入札方式は、もっとも高い指し値を入札した者が権利を獲得し、自分の指し値を実際に支払うというもので、オークション理論では1位価格オークションと呼ぶ方式である(公共工事の競争入札で用いられる方式もこの派生形だ)。けれども、3ラウンド制のため、ある種の競り上げ式と見なすこともできる。もし入札者がジャンプ・ビッドによって得できるならば、主催者はその分だけ損をする。

こうした議論からは、官銀流通権の入札をわざわざ3ラウンド制にする意味はなさそうだ。1回きりの入札と比べて、落札額が高くなるような必然的な理由は特に見当たらないからである。1回目や2回目の指し値が高くなると(ジャンプ・ビッド)、結果的に落札額が下がることもあり得る。場合によっては、序盤の指し値が「談合」に使われる可能性もある。それよりは、素直に1回きりの(普通の)競争入札を行なって、入札の刻限を線香3本分にしてあげたれば参加者にはありがたいかもしれない。ドラマのたった1場面で、話を盛り上げるための小道具に過ぎないと言われればそれまでの話ではあるのだけれど。

(この記事は2020年10月14日に Hatena Blog へ掲載した記事を加筆・修正したものです。)

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