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『福祉を変える経営』障害者の月給一万円からの脱出 著者:小倉昌男

『小倉昌男 祈りと経営』の記事は、こちら👇

本書は、小倉氏が、「障害者を月給一万円という世界から脱出させる」というミッションを立ち上げ、全国で障害者就労施設の職員に行ったセミナーでの話が元になってできた本である。2003年10月発行となっている。
【小倉氏のヤマト福祉財団での活動とご家族との関係性については、『小倉昌男ー祈りと経営」で論じられている。】

第1章

本書発行時から19年が経過しているので、現在の状況をネットでざっと調べところ以下のような点がわかった。(もっとあるだろうが)

◯ 障害者自立支援法(2006年:平成18年)
 就労支援については次のような形態があるようだ。
 ・就労継続支援A・B型
 ・就労移行支援
 ・就労定着支援   
                出典:「ジョブメドレー」HP

◯ 障害者の数
 ・身体障害者 436万人
 ・知的障害者 108万2000人
 ・精神障害者 419万3000人
  複数の障害を抱えている方もいるが、国民の7.6%にあたる。
出典:障害者白書(令和元年度)

◯ 令和2年度 民間の障害者雇用率
 ・2.15%
 ・法定雇用率達成企業 48.6%
出典:令和2年度障害者雇用状況の集計結果(厚労省)

◯ 障害者雇用率の引き上げ(令和3年3月1日から)
 ・民間 2.3%(+0.1%)
 ・国・地公団 2.6%(+0.1%)
 ・県教育委員会 2.5%(+0.1%)
 ・民間の事業主の範囲が従業員43.5人以上(旧45.5人)
出典:厚生労働省資料

小倉氏は、当時の共同作業所を視察して、それらの施設が本来の目的を果たしていないことに疑問を持った。その目的とは、「障害者の自立」である。なぜなら、障害者のデイケアが目的になっていたからである。自主製品として販売していた商品も、消費者が欲しがる物ではなかった。そして、その根底には、「福祉の仕事は尊い仕事だから、金儲けをしてはいけないんだ」という思想がサポートする側にあると、小倉氏は分析したのである。

小倉氏は言う。

企業や社会が障害者を受け入れる体制をもっと充実しなければいけません。またその一方で、作業所のほうでも、いつまでも障害者を過保護に扱って、”お客さん”扱いしすぎるがために、障害者の自立心が芽生えず、一般社会に出ていく勇気が育たない、という現実があります。そこを変えなければ、企業も社会も動きません。障害者が健常者と肩を並べ、一般の職場で働く。それが一番大事なことです。それが本当のノーマライゼーションです。

本書P70

小倉氏は、共同作業所に携わる方々に、このような思いを全国各地でセミナーを開催して伝えたのである。参加費は、資料代の5000円だけ。飛行機代も含めて交通費全額支給、2泊3日の宿泊代、食事代も無料で。

 小倉氏は、職員のマインドセットを変えるところから始めたのである。

第2章

 冒頭で、福祉的就労、福祉的経済というマインドセットを否定するところから始まっている。福祉の仕事だから、共同作業所の賃金は安くても仕方がない、そこで作られた物は売れなくてもいいんだ、という考え方ではだめだと言っている。小倉氏は、市場経済という枠組みで考えた障害者福祉の在り方をこう述べている。

障害者が市場経済の中できちんと働ける仕組みをつくり、健常者となるべく同じようなかたちで「自活」できるようにする、という発想です。
健常者と同じ立場で働き、暮らせるーそれがノーマライゼーションの発想です。

本書P101

 そこで、障害者の労働力に付加価値をつけるようにサポートしたり、売れる商品を作る仕組みを考えたりすることが必要であると、全国で呼びかけたのである。
 小倉氏が生み出した宅急便も、自社のサービスにどのようにして付加価値をつけるかを熟慮した結果誕生した。宅急便ができる前まで、小口荷物を全国に運ぶサービスは郵便小包が市場を独占していた。しかし、郵便小包は「荷物が届くまで数日かかる」「消費者が荷造りしなければならない」などの問題、いわば売り手の都合があった。そこに目をつけ、デメリットをできるところから一つ一つ変えて、自社のサービスに取り入れてメリットにした。そして代表的な「翌日配送」という付加価値に進化させたのである。
 小倉氏は第2章の最後で言う。

 市場経済において経営とは何か、それは買い手の立場、消費者の立場に立って考え、本当に消費者が欲しいモノやサービスを供給することだ、という認識を強く持ってほしいのです。 

本書P135

 「そうは言っても・・・」という声はあったであろう。福祉施設で作られた製品を購入するとき、慈善的な気持ちで求める人は多いだろう。しかし、それに頼っていては続かないというのである。きちんと市場で競争して、勝ち残るような商品やサービスを作っていくことが大事で、そのサポートをヤマト福祉財団がやっていきますと小倉氏は訴えたのである。

第3章

本章では、「売れる仕組みを作ること」の大事さを説いている。
◯ 経営の基本は、収入-経費=利益
◯ 収入を増やすには、売上=単価数量
◯ 数量を増やすには、徹底して消費者に喜ばれるサービスをすること
「よい商品を作れば、いつかは売れる」は、間違いだと言う。
ヤマト運輸は、「翌日配送」「荷造り不要」「全国共通料金」といった自社のサービスが、付加価値となり数量を増やすことに成功した。お客さんのニーズに合わせて「業態化」したからである。
 ニーズを探るマーケティング、その結果をふまえて売れる商品にしていくマーチャンダイジング、どこで誰に売るのか商圏を考える、など、商売する人にとっては基本的なことなのかもしれないが、小倉氏の説明は論理的でわかりやすい。
 ヤマト福祉財団がスワンベーカリーというパン屋の事業を始めた理由も述べられている。その一つは、パンは毎日人々が買って消費するので、販売機会が非常に多い商品だからである。さらに、タカキベーカリーの冷凍パンの技術を使えば、専門的技術を必要としなくてもおいしいパンを作れると確信できたからである。
 小倉氏の頭の中には、売れる商品作りの方程式があるようだ。壁にぶつかってもできることを探り、一つ一つ解決し、どうしても自分達でできないところは協力してもらって乗り越えていく。
 本章最後の主張も明快だ。
障害者の月給を、とりあえず「3万円」に上げるところから始めましょう、やってからから、そのためにどうするか考えてみましょう。】
 バックキャスティングである。
 小倉氏は、経営者としていつもこう言ってきたそうである。

「まず、実行しなさい。そして実行しながら考えなさい。失敗したら、そのときはそのとき、その失敗を踏み台に、前に進めばいい。やればわかるし、やればできるのです。やらなければ、永遠にわからないし、永遠にできないのです。」
「まず、障害者の給料を上げるところから始めましょう。そして、どうすればより良い経営が実現できるか考えてみましょう。そして実行しましょう。」

本書P186

第4章

本章では、当時月給一万円を脱出した優良共同作業所を紹介している。
2つめの事例で紹介されているのは、「はらから福祉会」である。現在も、大豆加工製品を中心に、多くの製造を行っている。
HPで理事長の武田 元氏はこう述べている。

はらから福祉会の施設経営の目標は、たとえどんなに障害が重かったとしても、 働きたい、働いて手にした給料で自分らしい生活を送りたい という障害当事者の願いに応えることです。
そのために利用者賃金(工賃)時給700円の支給を目指しています。

同 HP

コロナ禍で大変な状況だと思うが、心から応援したい気持ちである。

以上、『福祉を変える経営』を読んできた。
正確には、8~9年前に読んで以来なのだが、「月給一万円からの脱出」という言葉を初めて見た時は、衝撃だった。それが、ずっと頭に残っていて、いつかまたじっくり読んでみたいと思っていた。
 経営のプロが語る福祉は、10年たっても明快で具体的だった。(完)






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