🐉　聖人とドラゴン（後編）

2023年3月19日 07:25

聖ゲオルギオス　黄金伝説

カッパドキアのセルビオス王の首府ラシアの近くに
毒気は振りまく、人には咬み付く、
という邪悪な竜が棲みついていました。

人々は、毎日2匹ずつの羊を生け贄にすることで、
何とかその災厄から逃れていましたが、
とうとう羊がいなくなってしまいました。

そこで人々は人間を生け贄として差し出すことになりました。
そのくじに当たったのは、偶然にも王の娘でありました。
王は城中の宝石を差し出すことで逃れようとしますが、
もちろんそんなものでごまかせるはずはありません。
それでもなんとか8日間の猶予を得ることができました。

そんな時、ゲオルギオスが通りかかりました。
彼は竜の話を聞き「よし、私が助けてあげましょう」
と出掛けていきました。

ゲオルギオスは生贄の行列の先にたち、竜に対峙しました。
竜は毒の息を吐いてゲオルギオスを殺そうとしましたが、
開いた口に槍を刺されて倒れました。

ゲオルギオスは姫の帯を借り、
それを竜の首に付けて犬か馬のように村まで連れてきました。
人々が大騒ぎになったところで、ゲオルギオスは言いました。

「キリスト教徒になると約束しなさい。
そうしたら、この竜を殺してあげましょう」
こうして、異教の村はキリスト教の教えを受け入れました。

ところが、ゲオルギオスはキリスト教を嫌う異教徒の王に捕らえられ、
鞭打ち・刃のついた車輪での磔、
煮えたぎった鉛での釜茹でなどの拷問を受けるが、
神の加護によって無事だったのです。

王は異教の神殿でゲオルギオスに棄教を迫りますが、
ゲオルギオスの祈りによって神殿は倒壊してしまいます。
しかも、王妃までもがゲオルギオスの信念に打たれ
キリスト教に改宗しようとしたため、
自尊心を傷つけられた王は怒りまくります。

王妃は夫であった王の命令により
ゲオルギオスの目の前で見せしめとして惨殺されてしまいますが、
死の間際「私は洗礼を受けておりません」と訴えました。

ゲオルギオスが王妃の信仰の厚さを祝福し
「妹よ、貴方が今流すその血が洗礼となるのです」と答えます。
天国を約束された王妃は満足げに息を引きとりました。
その後、ゲオルギオス本人も斬首され、殉教者となりました。

聖ゲオルギウスの受難

　ローマ帝国末期の303年から7年間、
キリスト教徒は大迫害に遭いました。
キリスト教会にとっても最後の、最も過酷な試練の時でした。
この大迫害時代を生き抜いたキリスト教会は
「聖ゲオルギウスの受難」という書物に経験と信念を書きました。
迫害によって死んでいった多くの殉教者を一人の聖人の運命に託し、
世の中に知らしめようとしました。

ゲオルギウスという聖人名はアレクサンドリアの地で、
362年に惨殺されたカッパドキアのゲオルギウスに由来します。
彼はアリオス派総主教でありました。
最初はギリシア語で4世紀後半に執筆されましたが、
この時代は厳しい宗教情勢が続き、
正統派のカトリックとアリオス派と異教が
三つ巴の熾烈な抗争を繰り広げていました。
殉教に関係のないギリシア神話のドラゴン退治などの話が
入る余地などありませんでした。

ところが5、6世紀頃になると、
ドラゴン/蛇を退治するゲオルギウスが登場します。
迫害達を忌み嫌うドラゴン/ 蛇に見立てて、
なんと顔は人間でした。
人面蛇とでも言いましょうか、
この悍ましいものを退治する武人の構図は
ローマ皇帝のコインにも描かれています。

もう少し時代が進み、6世紀から7世紀になると、
人面蛇などでなく、完全な蛇、ドラゴンに変わっています。
マントをひらめかせ、槍でドラゴン退治をする騎馬武者の構図は
グレコローンアタックという
ギリシア・ローマ時代の伝統的な英雄的戦士の理想像を
受け継いでいます。

11世紀になると第一次十字軍に参加した戦士達が
聖ゲオルギウスをキリストの戦士として伝えました。

さて、11世紀になうとかのジョージアで、
ドラゴンを倒して王女を助けるというドラゴン退治伝説が生まれ、
絵に描かれていきます。画像化です。
この伝説にはギリシア神話のペルセウス・アンドロメダ物語が
大きく影響し、13世紀に生まれた「黄金伝説」によって
ヨーロッパ中に広まっていきました。
ルネサンスの芸術達がこの格好の題材に飛びつき、
多くの優れた作品を生み出していきました。

そして、聖ゲオルギウスは殉教者やキリストの戦士というよりも、
むしろ王女を救出したドラゴン退治英雄として
絶大な人気を得るようになりました。

新約聖書には登場しない「悪を懲らしめるヒーロー」
がいてくれたらという民衆の欲求心理が、
聖ゲオルギウスの人気を不動にものにしたように思えます。

日本では一般的には認知度の低いですが、
ゲームの中には必ず登場する
「ドラゴンスレイヤー」そのものですね。
日本の八岐大蛇神話と同様、伝説？童話？のようなお話ですが、
いつの世にも「ヒーロー」が必要なのだなあと思いますね。

聖ゲオルギウスをモチーフにした絵はたくさんあります。
サン・ジョルディの構図・登場人物・年齢などに定番はありません。
カタルーニャでは、
槍を持った騎士が竜らしき獣を退治している図、
なおバラの花があれば、
まさにそれはサン・ジョルディの象徴であると言います。

ドラゴン！私が想像するのはもっと、もっと大きな獣で、
背中に乗って飛ぶことができるくらい。
たぶんにディズニーの「眠れる森の美女」のドラゴンが
刷り込まれているのかとも思います・・・

絵を見せた友人たちも口を揃えて「小さい！」
また「ペットになりそう・・・」
「ワニみたい」
というものでした。

サン・ジョルディの日

さて、いよいよサン・ジョルディの日のお話。
聖ゲオルギオスはカタルーニャ語で
「サン・ジョルディ」と呼ばれ、
カタルーニャの守護聖人です。

そして、4月23日「サン・ジョルディの日」は
「バラの日」（El dia de la Rosa）
「本の日」（El dia del Llibre）といった名前でも呼ばれています。

聖ゲオルギオスが倒したドラゴンの血が大地を染め
そこから真っ赤な薔薇が咲き、
一番美しい薔薇を王女に捧げたという
カタルーニャ地方ならではの伝説があります。

そこで、カタルーニャ地方では
サン・ジョルディの日には親しい人たちで
赤いバラなどを贈る風習ができました。

花を贈り合うのはよくわかりますが、
なんで本の日なの？
って素朴な質問が残りますね。

「サン・ジョルディの日」が本の贈答と結びついたのは、
なんと20世紀初頭、1926年のことです。
実は4月23日はスペインで最も有名な作家、
ミゲル・デ・セルバンテスの命日です。
そしてこの日はイングランドで最も有名な作家である
シェイクスピアの命日でもあるのです。

カナルーニャ語を禁じられた人たちが
密かにカタルーニャ語で書かれた本を
贈りあって自分たちのアイデンティティを
守ろうとしたのことも理由の一つしょうか。

スペインは4月23日を「本」の日にしました。
カタルーニャ守護聖人サン・ジョルディの日は
「薔薇と本の日　愛と文化の日」となりました。

「サン・ジョルディの日」にはバルセロナ市内に
バラや本のスタンドが立ち並び、
民俗舞踊であるサルダーナがサン・ジャウマ広場で披露されるなど、
さまざまな文化行事が行われます。
また、街頭や家々にカタルーニャの旗「サニェーラ」が掲げられ
カタルーニャ人の民族意識が発露される日でもあります。

サン・ジョルディの崇拝は多くの地域で行われてきました。
サン・ジャウメ広場にあるカタルーニャ政府の宮殿では
19 世紀にサンジョルディのメダリオンが
ゴシック様式のファサードに設置され、
建物の内部にはサン・ジョルディに敬意を表して
礼拝堂が建てられました。

カタルーニャの政府宮殿 (Palau de la Generalitat de Catalunya) が
一般公開されるのは、一年のうちこの日のみ！
建物内は聖ゲオルギオスにちなみ、バラで装飾されます。
ああ、観てみたいですね。

今日のバルセロナの多くのアトラクションでは、
サン・ジョルディのカルトを見ることができます。
その一例が、ガウディが建てたいわゆるカサバトリョで、
その屋根はドラゴンに似ていると言われています。

雑学的ですが、
聖ゲオルギオスは邪悪なものを退治する聖人でありますが、
その力を発揮する前日には邪悪な者の力が増大するとも考えられていました。

イギリスの作家ブラム・ストーカーの
小説『ドラキュラ』（1897年）の主人公が、
トランシルバニアにあるドラキュラの居城を訪れるのは、
東欧における聖ゲオルギオスの日の前日である
5月4日（小説出版当時、ユリウス暦4月23日を
グレゴリオ暦に換算すると5月5日であった）であり、
主人公が宿泊した宿の主人が警告を発していたそうです。

聖ゲオルギウスは様々な影響を与えていることがよくわかってきました。

各地の呼び名

古典ギリシャ語　　　ゲオルギウス（ゲオールギオス）
現代ギリシア語　　　イエオルイオス
ラテン語　　　　　　ゲオルギウス（ゲオールギオス）
ドイツ語　　　　　　ゲオルク（ゲーオルク）
ロシア語　　　　　　ゲオルギイ
ジョージア語　　　　ギオルギ
アルメニア語　　　　ゲオルグ
シリア語　　　　　　ゲラルギス
コプト語　　　　　　ギルギス
英語　　　　　　　　ジョージ
フランス語　　　　　ジョルジュ
イタリア語　　　　　ジョルジュ
スペイン語　　　　　ホルヘ
カタルーニャ語　　　ジョルディ　

ヨーロッパではとても身近な聖人です。
聖母マリアの次に有名と言われる人間なのに
日本では知名度が低いのは
サンタクロースの聖ニコラス、
バレンタインデーの聖バレンタイン（ワレンティヌス）みたいに
企業が飛び付かなかったからのですね。きっと。

商業主義・物質主義に陥らなかった
貴重な聖ゲオルギウス！
悪を倒すヒーローとして
子供たちにもお話できたらと思います。

どんなお話になるか・・・
4月23日のイベントでお披露目します！
お楽しみに！

参考文献　：「聖人と竜」高橋輝和　八坂書房　

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