植物が糸になり布になる迫力

何かが込み上げてきて、静まり返った展示室で、嗚咽をこらえて、思わず手を合わせた。
「自然布ー草木で織りなす」大阪日本民芸館の特別展。
縄文以来編まれ、織られて来た苧麻や大麻、藤、葛、科、楮、オヒョウ、芭蕉の植物繊維による布たちだ。
柳田國男「木綿以前の事」で、柔らかくよりカラフルに染まる木綿の登場でいかに人々の生活が変わったかが語られるが、
その木綿以前の事が、目の前の布たちと共にある。

植物が糸になるまでの手仕事で繰り返される動作。
それが織り機にかけられて、無数の縦糸と緯糸の折り重なりが面となって行く時間。
その中に紋様や色、刺繍が入れ込まれていく丹精。
来る日も来る日も。来る年も来る年も。

目の前にある繊維や布や服がここにくるまでに、そこに手を加えた人々が一体どれくらいいたのだろう。
その人にとって、これが生まれてくるまでの時間は、一体どんなものだったのだろう。

家族の衣服を、山の植物から創る。
ものすごい労力である。
ものすごい創意工夫がある。

人生の時間のうちのどれほどを費やして、どんな思いで作り続けたのだろう。辛かったのだろうか?楽しかったのだろうか?

目を凝らさないと見えないほどの織り目や緻密な柄を見つめながら、
勝手な解釈があれこれ頭を通り過ぎる。
もしかすると、これを作った人たちにとっては、精神が高まり続けるような時間だったのではないか?
一枚の布が織り上がるごとに、意識のステージがまた一枚上がって行ったのではないか?
そうでないとつじつまが合わないと感じるほどに、神々しい布たちである。

植物が糸になり布になる迫力に圧倒されて、息を詰めていた私は、
これらがつくられた時間に、織り姫たちは神様に近づいていったに違いないという思いに、
ふっと力が緩んだ。

展示室の障子が少し開いてて、太陽の塔の背中が見える。
万博公園の大阪日本民芸館にて、7/15まで開催されている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?