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フォトエッセイ

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写真と共に私の考えている事などを綴ったものです。
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#写真

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「自分の身の回りの人間は自分を映す鏡だ」という考え方がある。 私はこの考え方が好きで、周りを観察して「あ、この人は私のこういう部分を表しているのかな」というように、それぞれの人が持つ自分と似た部分に着目して自分を省みる糧にしている。 良い人がいれば自分のいい面をより磨こうと思えるし、嫌な人がいれば自分を律さないとと思う。 そうやって省みる中で言えるのは、ここ最近は私はあまりいい人間ではないのかもしれないという事。 つまらなく、人から感謝されない人間なのかもしれない。 このま

誕生日を迎え、寝込んでいたら夏が終わっていた

先月の8月20日、29歳の誕生日だった。 特になんでもなく、いつも通り仕事をし、何か贅沢なものを食べるでもなくひっそりと迎えた。歳を重ねるのは全く嫌ではないし、30歳までまだ一年あると思うと意外とまだまだ若いじゃないかと思える。そんな事を考えながらいつも通りの日常を過ごしていく。 8月24日。夏がまだ続いている内にもう少し写真を撮りに行きたいと思い、海沿いまで行ってみる。本当はフェリーでどこかしらの島に行こうと思っていたが、疲れが溜まっていて元気が出なかったので比較的移動が

夏に浮かぶ

「もうすぐ夏が来る」と感じた瞬間だったり、夏が訪れた中で過ごしたりしていると、ふと急に特別な感覚になる。 夏の日差し、セミの泣き声、風に揺らめく緑… 全ては生き生きしているのに、その中に混じる切ない感覚。 子供の頃を思い出して寂しいような、懐かしいような、複雑な感覚。 この感覚は夏のどこから来るのだろうと少し考えるが、おそらく子供の時の経験、体験から来るのだろう。 夏は子供の時代において重要な期間だと思う。夏休みという一年の中で一番長い休みがあり、その時子供は様々な経験をす

雨のやんだ夜道を歩く

写真って、光がないと撮れないんだよな そんな事を雨のやんだ夜道を歩きながら改めて思っている。 普段はのっぺりとした道も水がある所だけキラキラと反射して美しい形を作る。普段はただのコンクリートも雨に濡れることで、街頭の光を反射して妙に色っぽく見える。 いつもは何も思わない場所でも、光があれば写真を撮りたいと思えるほど美しくなる。

清々しい本番

最近感じる機会が多かったのが、前もって準備をするというのは大切なのだな、という事だ。 単純にその方が物事が上手くいくというのは当然で、入念な準備というのはあらゆる事でプロとしての腕を試される所でもある。 音楽や写真で仕事をする際に準備をきちんとしているかどうかが、プロとアマの差なのだなと思う事も多々あった。 しかしそこではない、案外単純な、しかし私に明らかに足りていない部分での気づきがあった。 何かというと、ある程度の期間をかけて準備をしっかりした上で臨む事というのは、本

料理をしていたら一つ悟った話

皆さんは自分で料理をしたりするだろうか。 料理が好きで毎日している人もいれば、なかなか面倒で外食やコンビニで済ませてしまう人もいるだろう。 生活のスタイルや経済面など、その辺は人それぞれなのでいろいろあると思う。 私はどっちなのかと言うと、料理はする。 しかし趣味という訳ではないので凝ったものを作ったりはしない。 簡単な料理を、自分が食べたいものを作って食べるという程度。 ある日、いつものように晩ご飯を作っていた時の事。 スープを作りながら、ふと「料理に関しては勝ち負けな

土門拳という写真家

昭和を代表する写真家の1人、土門拳。 私は土門氏の写真に対する姿勢をとても尊敬している。 彼の作品における姿勢の1つに「徹底したリアリズム」がある。 私はこのリアリズムを追求する姿勢に深く共感し、感銘を受けた。元々SNSで流れているような演出をしまくった写真や色が多いだけの写真は苦手だった私は当然のように彼の写真に心を奪われた。 彼は初期はスナップやドキュメンタリーを主に撮っていた。原爆投下後の広島を写したドキュメンタリー「ヒロシマ」は彼の代表作。彼は様々な葛藤をしながら