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『ブロードウェイ・リズム』(1944年4月13日・MGM・ロイ・デル・ルース)

ハリウッド・ミュージカル史縦断研究。MGM名物「ブロードウェイ・メロディー」シリーズ、初のテクニカラー作品にして(結果的に)最終作となった『ブロードウェイ・リズム』(1944年4月13日・MGM・ロイ・デル・ルース・日本未公開)を米盤DVDでスクリーン投影。この映画、若い頃に観たくて観たくて、なかなか叶わず、今から四半世紀以上前に、友人でタップダンサー、索道研究家の松本晋一さんにVHSテープをみせてもらって感激した。

「ザッツ・エンターテインメント」二部作にもナンバーが収録されていなかったので、どのシーンも新鮮。その後に作られた『ザッツ・エンタテインメント3』(1994年・バド・フリージェン)に、アクロバット姉妹芸人”ロス・シスターズ”の(奇怪な!)アクロバティック・ダンス”Solid Potato Salad”が紹介されていて「!」となった。あとはオープニングのモンタージュで、グロリア・デ・ヘイブンが、ナイトクラブのアトラクションで”What Do You Think I Am”を唄う数秒のカットがあったぐらい。

どんな映画だろう? とずっと思っていた作品をようやく観れた時の嬉しさ!作品の内容がイマイチでも、楽しく観れてしまうし、初見の印象はかなり鮮明に残っている。これまでの『踊るブロードウェイ』(1935年)、『踊る不夜城』(1937年)、『踊るニュウ・ヨーク』(1940年)はゴージャスでブロードウェイのステージに立つ芸人たちの哀感をスマートに描いていた。監督はシリーズを手がけてきたロイ・デル・ルースだが、テクニカラーということもあるが、視点が少し変わって、この時期のMGMミュージカルらしい、華やかで、適度にローカライズされたミュージカル・コメディとなっている。

ポスター・ヴィジュアル

『踊るニュウ・ヨーク』でも紹介したが、もともと本作は、エレノア・パウエルとジーン・ケリー主演の”Broadway Melody of 1944"としてシリーズ初のテクニカラー作品として企画されていた。アステアに続いてケリーという発想である。ところが作品の準備中に、MGMのトップ、ルイス・B・メイヤーは、ジーン・ケリーをコロムビアに貸し出してしまった。リタ・ヘイワース主演のテクニカラー・ミュージカル『カバー・ガール』(1944年)の相手役に抜擢されたのだ。MGMでパッとしなかったケリーのキャリアにとっては、エポックとなる作品だったが、”Broadway Melody of 1944"は頓挫してしまった。

そこで仕切り直し、ということで『踊る不夜城』で本格デビューをして、アステアとの『踊るニュウ・ヨーク』の準主演だった”ソング・アンド・ダンス・マン”ジョージ・マーフィ主演作となる。当初はエレノア・パウエル主演で準備されていたが、ルイス・B・メイヤーが「もうパウエルの時代ではない」と鶴の一声で、当時お気に入りだったジニー・シムズが主演に抜擢された。

ジニー・シムズはバンド・シンガーとして、トニー・マーティンと共にウディ・ハーマンのバンドで歌い、1934年にはケイ・カイザー楽団のシンガーとなる。つまりジョー・スタッフォード、ペギー・リー、ダイナ・ワシントンたちと同時代の人気シンガーだった。シムズは”教授”のニックネームで親しまれたカイザーと、ラジオ番組に出演して、人気は全国区となった。そこでケイ・カイザー主演の音楽喜劇”That's Right – You're Wrong”(1939年・ユナイト)、”You'll Find Out”(1940年・RKO)、”Playmates”(1941年・RKO)に出演。その美しいルックス、歌声が注目される。ケイ・カイザーとは結婚寸前までいくが、1941年、ジニー・シムズは自分のラジオ番組が決まり、バンドを去って独立。その後、アボット&コステロの『凸凹スキー騒動』(1943年・ユニバーサル)に出演後、本作のヒロインに大抜擢される。

僕が初めてジニー・シムズを観たのは、ケイリー・グラントがコール・ポーターを演じた伝記映画『夜も昼も』(1946年・ワーナー)だった。美人だけどどこか線が細い。劇中"What Is This Thing Called Love?"「恋とはなんでしょう」を歌っていた。

さて、”Broadway Melody of 1944"は、公開前に”Broadway Rhythm"『ブロードウェイ・リズム』(日本未公開)と改題された。作曲・ジェローム・カーンと作詞&台本・オスカー・ハマースタイン2世による1939年のブロードウェイ・ミュージカル”Very Warm for May”をベースにしている。しかしミュージカル・ナンバーは"All the Things You Are"以外は全て差し替えられ、ガーシュイン兄弟の”Somebody Loves Me”(歌唱・リナ・ホーン)、ヒュー・マーチン&ラルフ・ブレインの”What Do You Think I Am”(歌唱・グロリア・デ・ヘイブン)などが使用された。本作のための書き下ろし曲は、ドン・レイ&ジーン・デ・ポールが手がけている。

ジョージ・マーフィ、ジーン・シムズ

ジョージ・マーフィがブロードウェイの売れっ子演出家。その父のチャールズ・ウィニンガーがかつての人気ヴォードヴリアンで、古いスタイルのショーにこだわっていて、息子とことごとく対立。ジョージ・マーフィの妹で女子大生のグロリア・デ・ヘイブンはパパと一緒にステージを作りたいと考えている。そこへ、ハリウッド・スターのジニー・シムズが「ブロードウェイでも成功したい」とニューヨークへやってくる。ジョージ・マーフィは彼女に恋をするが、演出家としてエゴを押し付けてくる。むしろチャールズ・ウィニンガーの舞台への情熱に賛同したジニー・シムズは、パパの舞台を選ぶ…

といったシンプルなストーリー。脚本はジュディ・ガーランドの『ガール・クレイジー』(1943年)を手がけたドロシー・キングスレーと、エレノアパウエルの『シップ・ア・ホイ』(1942年)を執筆したハリー・クロックが担当。ドロシー・キングスレーは、アーサー・フリードに招かれMGMミュージカルの脚本家として活躍していくこととなる。

キャストも豪華で『姉妹と水兵』(1944年・リチャード・ソープ)などでお馴染みのコミカルなダンサー、ベン・ブルーが、ジョージ・マーフィの助手役。そのガールフレンドには、この時期のMGMミュージカルのコメディエンヌとして欠かせないナンシー・ウォーカー、しっとりとした歌唱のリナ・ホーン。そして『キャビン・イン・ザ・スカイ』(1943年・ヴィンセント・ミネリ)でも大活躍したエディ・ロチェスター・アンダーソンが、主人公一家の執事役で笑わせてくれる。ゲスト・パフォーマーには、トミー・ドーシー楽団、黒人天才ピアニストのヘイゼル・スコットなどなど。もちろんロス・シスターズの変なアクロバットも楽しめる。115分の長尺は、彼らのパフォーマンスを楽しむためにある。これぞMGMミュージカルの伝統「ザッツ・エンターテインメント!」の精神である。

トミー・ドーシー楽団による甘いラブソング”Irresistible You”(作曲:ドン・レイ 作詞・ジーン・デ・ポール)はビッグ・バンド時代のゴージャスなサウンドが楽しめる。またリナ・ホーンは、ご機嫌な”Brazilian Boogie”(作曲・ラルフ・ブレイン 作詞・ヒュー・マーチン)や、”Somebody Loves Me”(ジョージ&アイラ・ガーシュイン)を歌唱。ピアニストのヘイゼル・スコットはショパンの「ワルツ第6番」を華麗に演奏する。鍵盤の前が鏡になっていて、彼女のフィンガーテクニックをカメラが多角的に見せてくれる。

またクライマックスのショー場面で、ナンシー・ウォーカーが「スイング・シフト」の女の子として登場。徹夜の軍需工場勤務から帰ってきて眠たいのに、ベン・ブルーとトミー・ドーシーの牛乳屋に「瓶を置く音がうるさい!」と怒ってクレームをつける”♪Milkman, Keep Those Bottles Quiet”(レイ&デ・ポール)の楽しさ! 戦時体制の時局を描いたナンバーだが、ブロードウェイの”Best Foot Forward”で売り出した天才少女・ナンシー・ウォーカーのパフォーマンスが楽しめる。彼女は”Best Foot Forward”を1943年にMGMで映画化(日本未公開)の際にハリウッドへ。その後、舞台の演出やコメディエンヌとして活躍。『名探偵登場』(1976年)の耳が遠いメイド役で僕らの世代でもお馴染み。映画監督としてはヴィレッジ・ピープルのミュージカル『ミュージック・ミュージック』(1980年)を手がけている。

ブロードウェイのミュージカル・コメディの敏腕プロデューサー、ジョニー・デミング(ジョージ・マーフィ)は、新作舞台のリハーサルに余念がない。トミー・ドーシー楽団をフィチャーしての”National Emblem”で、オールド・スタイルのトロンボーンで参加しているのは、ジョニーの父・サム・デミング(チャールズ・ウィニンガー)。1920年代、ジョニーの母とコンビで”Pretty Baby”を演じて一世を風靡したことを誇りに思っている。ジョニーはそんな父が「古臭いステージ」にこだわっていることに反発。

ジョニーの妹・パッシーは女子大生でまもなく卒業だが、父や兄の血は争えずに、ショービジネスの世界での成功を夢見ている。兄や父に内緒で、ナイトクラブのオーディションを、ボーイフレンドのレイ・ケント(ケニー・バウワーズ)と一緒に受ける。いよいよ出番の時に、折りあしくジョニーたちがナイトクラブへ。覚悟を決めたパッシーは、木馬に乗って”What Do You Think I Am”(マーチン&ブレイン)を唄う。オルガンは大緊張のレイが弾いている。このシーンのグロリア・デ・ヘイブンがとにかくチャーミング!

ジョニーは新作舞台のヒロイン役の女優を探していて、色々と当たるがこれといった決め手がない。そこへハリウッド・スターのヘレン・ホイト(ジニー・シムズ)が現れて、彼女にアタックする。しかしプライドの高い二人は、恋に落ちるも、ことごとくぶつかり、うまくいかない。二人のラブソング的にリフレインされるのが、本作の原作となったブロードウェイ・ミュージカルのためにジェローム・カーンとオスカー・ハマースタイン2世が書いた”All The Things You Are”。ロマンチックな名曲で、フィナーレでもゴージャスにリフレインされる。

一方、父のサムも、舞台への思い止みがたく、その気持ちに賛同したヘレン・ホイトは「パパと舞台をやりたい」と言い出す。妹・パッシーも大喜びで、大学の近くの農場の納屋を借りて、小さな芝居小屋に改造して、ミュージカル・コメディのリハーサルを始める。もちろんジョニーには内緒で。

ここでグロリア・デ・ヘイブンとケニー・バウワーズがリハーサルで歌って踊る”Pretty Baby”が最高に可愛い。そのステージを見たチャールズ・ウィニンガーが、亡くなった妻(デ・ヘイブン二役)とのステージを夢想する。MGMミュージカルの楽しさあふれる名場面である。

父と息子の「ショーに対する価値観の違い」から来る対立に、息子の恋人が一役買って丸く収まるまでを、さまざまなパフォーマーたちの芸を、てんこ盛りで繰り広げていく。それを眺めているだけでも楽しい。

【ミュージカル・ナンバー】

♪誰かが私を愛してる Somebody Loves Me

作曲:ジョージ・ガーシュイン 作詞:アイラ・ガーシュイン
補作詞:バラード・マクドナルド、バディ・G・デシルヴァ
*唄:リナ・ホーン

♪フーズ・フー Who's Who?

作詞・作曲:ドン・レイ、ジーン・デ・ポール
*唄:ジョージ・マーフィ、ショーキャスト、コーラス

♪ソリッド・ポテト・サラダ Solid Potato Salad

作詞・作曲:ドン・レイ、ジーン・デ・ポール
*唄:マギー・ロス、アギー・ロス、エルミア・ロス 

♪たまらない貴方 Irresistible You

作詞・作曲:ドン・レイ、ジーン・デ・ポール
唄:スキップ・ネルソン、マーヴィン・ベイリー、リー・ゴッチ、マーク・マクリーン、ビル・セックラー
演奏:トミー・ドーシー楽団
*唄(リプライズ):ジニー・シムズ(フィナーレ)

♪ミルクマン、ボトルを静かに! Milkman, Keep Those Bottles Quiet 

作詞・作曲:ドン・レイ、ジーン・デ・ポール
*唄:ナンシー・ウォーカー、ベン・ブルー、トミー・ドーシー楽団

♪アイ・ラブ・コーニー・ミュージック I Love Corny Music

作詞・作曲:ドン・レイ、ジーン・デ・ポール
*唄:チャールズ・ウィニンガー、トミー・ドーシー

♪私の考えはどう? What Do You Think I Am

作詞・作曲:ヒュー・マーティン、ラルフ・ブレイン
*唄:グロリア・デ・ヘイブン、ケニー・バウワーズ

♪ブラジリアン・ブギー Brazilian Boogie

作詞・作曲:ヒュー・マーティン、ラルフ・ブレイン
*唄:リナ・ホーン

♪プリティ・ベイビー Pretty Baby

作曲:エドガー・ヴァン・アリスタイン、トニー・ジャクソン、作詞:ガス・カーン
*唄:ケニー・バウワーズ、グロリア・デ・ヘイブン、チャールズ・ウィニンガー

♪アムール Amor

作詞・作曲:リカルド・ロペス・メンデス、ガブリエル・ルイズ
*唄:ジニー・シムズ

♪オール・ザ・シングス・ユー・アー All The Things You Are

作曲:ジェローム・カーン 作詞:オスカー・ハマースタイン2世
*唄:ジニー・シムズ、ジョージ・マーフィ(ピアノ)
*唄(リプライズ):ジニー・シムズ(フィナーレ)

♪アイダ Ida, Sweet as Apple Cider

作曲:エディ・ムンソン 作詞:エディ・レオナード
*ダンス:ウオルターB・ロング

♪イン・アザー・ワーズ In Other Words, Seventeen

作曲:ジェローム・カーン 作詞:オスカー・ハマースタイン2世
*唄:ジョージ・マーフィ(ピアノ演奏も)

♪ザット・ラッキー・フェロー That Lucky Fellow

作曲:ジェローム・カーン 作詞:オスカー・ハマースタイン2世
*唄:ジョージ・マーフィ(ピアノ演奏も)

♪オール・イン・ファン All in Fun

作曲:ジェローム・カーン 作詞:オスカー・ハマースタイン2世
*唄:ジョージ・マーフィ(ピアノ演奏も)

♪ピアノ第六番 Waltz in D Flat Major (The Minute Waltz)

曲:フレデリック・ショパン 編曲:フィル・ムーア
*演奏:ヘイゼル・スコット

♪ナショナル・エンブレム National Emblem

作曲:エドウィン・ユージーン・バグレイ
*演奏:トミー・ドーシー楽団、チャールズ・ウィニンガー

♪ビューティフル・ドール Oh, You Beautiful Doll

作曲:ナット・エイアー 作詞:A・セイモア・ブラウン
*唄:チャールズ・ウィニンガー

♪マンハッタン・セレナーデ Manhattan Serenade

作曲:ルイス・アルター
*ダンス:マギー・ロス、アギー・ロス、エミリア・ロス


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。