『キューポラのある街』(1962年・浦山桐郎)
早船ちよの原作「キューポラのある街」は昭和34(1959)年から翌35(1960)年にかけて雑誌「母と子」に連載された。ちょうど日本が高度経済成長に邁進していた時期で、昭和34年には皇太子ご成婚の「ミッチー・ブーム」に沸き立ち、昭和35年は日米新安保条約に対し、国民的な反対運動が展開されていた。
戦後日本が大きく変わりつつあった時代。「キューポラのある街」の登場人物たちは、貧しくとも健やかに生きている。主人公・ジュンは中学三年生。父親は戦前から鋳物工場で働いて来た職人気質。貧しい生活ながら弟二人、と気丈な母の四人家族で、キューポラのある街、埼玉県川口市に住んでいる。原作では弟のタカユキたちとともに、名前はカタカナで表現され、苗字はわざと伏せられている。作者はジュンの「<近代的自我の目覚め>をこころとからだの両面から、その成長過程を追求していくことになります」と原作のあとがき(理論社・昭和38年)で述べている。そういう意味では、どこにでもいる中学三年生の女の子の物語というわけである。
むしろ彼女たちが住む、埼玉県川口市というエリアや、鋳物工場とそこで働く人々については、ドキュメンタリー的にデティール豊かに描き込まれている。早船が戦中、戦後を通じて見つめて来た「生活の場」である「キューポラのある街」がもう一つの主人公でもある。
昭和29(1954)年の製作再開時より、良心的な文芸映画を得意としてきた日活映画だが、石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎らが築き上げたアクション映画全盛期にあっても、良質な佳作を作り続けていた。今村昌平監督の『にあんちゃん』(1959年)など一連の作品群である。この『キューポラのある街』が映画化されたのは昭和37(1962)年。監督は今村作品などの助監督をつとめて来た浦山桐郎。寡作で知られる浦山は、アニメ映画やVシネマを含めても10本の作品しか残していない。しかも、そのどれもが映画史に残る傑作ばかり。
もちろんこの『キューポラのある街』も児童映画の佳作であり、昭和30年代日本の断面を見事な演出で切り取った時代の記録でもある。シナリオは今村昌平と浦山自身が執筆。原作で苗字もなかったジュンには、石黒という姓が与えられ、当時17才だった吉永小百合によってイキイキとした命がスクリーンに吹き込まれている。名手、姫田真左久によるキャメラは、もう一つの主人公である「キューポラのある街」川口をフィルムに定着させ、原作で描かれている抽象、具象のテーマが1時間40分という時間のなかに凝縮されている。
吉永小百合のジュンの健気さ。小学六年生の弟・タカユキを演じた市川好郎の愛すべきキャラクター。ジュンの一家を優しく見守る幼なじみの青年・浜田光夫とジュンのさわやかな関係。数年前の事故で、自棄になっている父・東野英治郎。肝っ玉母さんともいうべき杉山とく子などのキャストも全盛期の日本映画ならではの豊かさで、どの場面もいとおしく、どのエピソードも感動的である。そして全編にあふれるユーモア。「貧しくとも健気」な登場人物たちの織り成すドラマは、半世紀を経ても色あせない。
家計を助けるために、友人の金山ヨシエ(鈴木光子)に頼み込んでジュンがはじめたパチンコ屋のアルバイト。店に流れる植木等の「スーダラ節」や小林旭の「ダンチョネ節」のメロディ。パート先で母親が酔客と歌っている小林旭の「ノーチヨサン節」など、当時の流行歌が昭和37年という時代を感じさせる。
何より胸に迫るのは、人々の善意。家庭の事情で修学旅行をあきらめているジュンに、補助金を教えてくれる加藤武の中学教師や、父の就職の世話をしてくれるノブコ(日吉順子)の父・中島(下元勉)。弟と二人ラーメン屋でどんなに貧しくても高校へ行く決意を話すジュンに、「どんなことがあってもへこたれちゃいけない」と励ます中島は、二人にさりげなくシューマイをごちそうする。この暖かさ。
ジュンの心の成長が細かいエピソードの積み重ねで描かれ、河川敷で初潮を迎えるシーンなど体の成長もきちんと描写されている。その夜、酔客と戯れる母を見たショックで自棄になるジュン。中学三年生の揺れ動く心。
また、ヨシエと弟のサンキチが父の故郷である北朝鮮に帰国するエピソードも、今となっては万感の思いがある。彼らを駅まで見送る場面、別れた母親(菅井きん)を制するヨシエ。金山一家のエピソードは『キューポラのある街』のもう一つの物語でもある。サンキチの心残りが、好きな女の子(なんと岡田可愛!)だというのも微笑ましい。タカユキとサンキチの友情。ジュンとヨシエの友情。映画は何よりも雄弁である。
三年後の昭和40年、野村孝監督により『続・キューポラのある街 未成年』が作られ、ジュンたちのその後が再び映画化されている。
2002年発売、日活DVD解説より
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