『白い野獣』(1950年6月3日・田中プロ=東宝・成瀬巳喜男)
成瀬巳喜男監督研究。8月30日は、1950年6月3日公開『白い野獣』(田中プロ=東宝)。前作『怒りの街』が5月14日封切だから、わずか2週間後の公開となる。製作は前作に続いて田中友幸の田中プロダクション。キャメラの玉井正夫、録音の三上長七郎も同じ。
これも成瀬巳喜男らしくないとされているが、昭和25(1950)年の作品だけに、GHQの意向もあっての「夜の女」「街娼」救済のための更生施設「白百合寮」を舞台にした女性群像ドラマ。映画の作りとしては、戦前の『愛の世界 山猫とみの話』(1943年・東宝・青柳信雄)のような立派な施設の頑張りを描く社会派でもある。
「夜の女狩り」で摘発された女性には、それぞれの「やむにやまれぬドラマ」もある。ヒロインは、享楽主義のアプレ娘・湯川啓子(三浦光子)。ハリウッド女優のようなメイクに、高級な服飾。プライドだけは高く、娼婦であることが自由に生きる証だと思っている。彼女と、靴磨きをしていたが転落してしまった清純な佐山マリ(木匠久美子)が入所するところから始まる。第一ヒロインは、美人で聡明な女医・中原優子(飯野公子)。彼女は施設長・泉良輔(山村聰)の崇高な使命感に共感して、不幸な境遇の夜の女立ちの厚生に協力している。とにかく美しい
。施設には戦時中、慰安婦として戦地の兵隊たちを慰撫してきた増田玉江(北林谷栄)、その相棒・三好秀子(千石規子)といったベテランがいて、何かにつけて啓子と反発し合う。北林谷栄VS三浦光子の壮絶なキャットファイトは中盤の見せ場となっている。
さて、マリは誰の子かわからない赤ちゃんを宿している。また、模範的な英子(中北千枝子)は恋人・岩崎(岡田英次)が戦地に行ったままで、両親を空襲で亡くして、生きるために娼婦となったが、更生中に、シベリア抑留から岩崎が生還してくる。
「全てを赦す」と言う岩崎だが、果たして彼女の過去を受け入れることができるのか? といったヘビーなドラマも同時進行。やがて玉江が脳梅毒で精神病院へ。自分はそんな愚かな女ではないと思っていた啓子だったが、彼女もまた視神経が病毒に冒されていて… それまで自由を謳歌してきて、なんの疑問も持たなかった啓子は、病気を受け入れることができるか? というテーマがクローズアップされる。
後半は、黒澤明監督『静かなる決闘』(1949年)のような「梅毒は怖い」啓蒙が物語の主軸となる。確かに『怒りの街』同様、成瀬らしくはないが、一人一人の女性の描き方は、のちの『流れる』(1956年)の萌芽もある。特に、木匠久美子と、三浦光子の描き方はさすが成瀬、という感じである。
同時に、マリが臨月を迎えて出産の時を迎える。「生と死」「自由と責任」のメタファーとして啓子とマリが対称的に描かれる。
また、ほぼ白百合寮のセットでドラマが展開するのでロケーションは少ない。後半、外出日で寮生たちが街に繰り出すが、それも寮を出ていくシーンである。なので白百合寮が、おそらく東京都下にあるだろう、ということぐらいしかわからない。
成瀬映画でもお馴染みのベテラン・馬野都留子の指導員ぶり、業者からリベートを取って、さらには寮生と出来ている悪徳主事・石黒達也。ワンシーンながら男の身勝手さを滲み出させて、偉そうに女の子に説教をする風紀監視員の清水将夫など、ベストキャスティングである。