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『光る海』(1964年・中平康)

 吉永小百合にとって四本目となる中平康作品『光る海』は、昭和39(1964)年のお正月映画大作として製作された。それまで高校生や専門学校生、女子大生など、女学生役が中心だった吉永小百合にとってこの作品は、大学を卒業して自分の生き方を見つける女性映画でもあった。男まさりでズケズケと自分の意見をいう行動派のヒロインは、吉永小百合の青春映画ではおなじみ。メガネをかけて美貌を隠し、無用に男性を近づけないというヒロイン石田美枝子には大きな屈託がある。

 メガネをかけて美貌を隠して、バリバリ働く男まさりの女性ということでは、石原裕次郎の『あした晴れるか』(1960年)での芦川いづみを思い出させてくれる。余談だが、芦川によれば、この元祖“眼鏡っ子”キャラの造形は、ヘアスタイルから眼鏡まで、中平康のコーディネイトによるものだという。

 石田美枝子が通った城南大学英文科の卒業式からこの映画が始まる。華やかな振り袖姿のクラスメイトとは、正反対のスーツ姿で冴えない美枝子は、愛犬・ベベを連れて学校へやってくる。同級生の野坂孝雄(浜田光夫)との会話から、美枝子という女の子が、結構“面倒くさい”ことが明らかになってくるのが、微笑ましい。謝恩会ではスーツだった美枝子は、その夜、振り袖を着て、野坂孝雄を連れて、母と別れた父・田島精二(宮口精二)に自分が美しい女性に成長したことを報告に行く。

 宮口精二と吉永小百合といえば、後に『男はつらいよ 柴又慕情』(1972年)と『同 寅次郎恋やつれ』(1974年)で、コミュニケーション不全の父娘役を演じているが、『光る海』での宮口精二は、『あいつと私』で演じた裕次郎の母(轟夕起子)と別れた父同様、憎めない好人物をユーモラスに演じている。母と別れた理由が父の極度のマザコンぶりにあったというのも、さもありなんである。

 美枝子の母・雪子(高峰三枝子)は、女手ひとつで、銀座のバー“きこり”の雇われマダムとして働きながら、美枝子を育ててきた。自立する母親と、友だちのような関係の娘。ドライで、お互いの意見をポンポンと言い合う二人は、日活青春映画ならではでもあるが、『光る海』では、その裏にある二人のコンプレックスが見え隠れしながら物語が展開していく。

 高峰三枝子は石坂洋次郎原作の『赤い蕾と白い花』でも、吉永小百合と母ひとり子ひとりの母親を演じているが、浜田光夫の実家が医者であることからも『光る海』は、『赤い蕾と白い花』の高校生たちの“その後の物語”ともとれる。

 正月映画らしい華やかさは、当時の日活を代表する青春スターの競演にもある。リベラルな家庭に育ち、叔父の会社に就職する葉山和子を、NHKテレビの連続ドラマ「バス通り裏」(1958年)でデビューを果たし、木下惠介監督の『惜春鳥』(1959年)など松竹映画で活躍後、1963年に日活と本数契約を結んだ十朱幸代が演じている。吉永小百合とは、『雨の中に消えて』『伊豆の踊り子』(1963年)で共演しているが、『光る海』ではダブル・ヒロインとして、美枝子と何もかも正反対の葉山和子を好演している。

 その妹で、生意気盛りの女子高生・葉山久美子には、やはり日活青春路線の一翼を担っていた和泉雅子。1963年には浦山桐郎監督の『非行少女』の体当たり演技が話題となり、余談だがモスクワ映画祭で上映された時には、ジャン・ギャバンから「この子はすごい」と絶賛されたという。

 吉永小百合、十朱幸代、和泉雅子と、当時の日活の看板スターに加えて、浜田光夫、山内賢、和田浩治たち男優陣も勢揃いして、それぞれ社会人となって、仕事や恋愛に悩みながら、生き生きと青春を謳歌していく。和田浩治が演じる浅沼一郎は、英語が堪能で商社マンとして将来を嘱望されるが、学生結婚をしていて、妻・栄子(松尾嘉代)が臨月を迎えていることが明らかになり、同級生たちが、結婚、出産という現実に直面する姿が、サイドエピソードとして描かれている。

 またノンクレジットだが、ナレーターには小池朝雄。卒業式で美枝子の隣に座り、謝恩会で渡部教授(浜村純)の左隣に座っている卒業生に山本陽子。卒業式で和子の前に座っているのが進千賀子。こうしたキャストを探すのも映画ファンの楽しみである、

 溢れ出すダイアローグ。それが石坂洋次郎の青春小説の魅力であり、日活青春映画の醍醐味でもある。自分の感じていること、思っていることを、ことばにして、相手にぶつけることで、屈託を克服し、明日に向かって歩んでゆくことが出来る。日活青春映画、とくに石坂洋次郎原作に通底しているのが、このダイアローグである。中平作品もまた、情報量の多いセリフをポンポンと歯切れ良く、ハイ・テンポで描いていくのが魅力であるが、『光る海』は上映時間2時間5分という長尺のなかに、沢山のことばが溢れている。脚本は『あした晴れるか』(1960年)、『あいつと私』(1961年)で中平と組んだ池田一朗。

 和泉雅子が、父母(下条正己、高野由美)に、セックス観について話すシーンがある。このシーンの長セリフを覚えきれなくて、何度もリハーサルをしてもうまくいかず、中平監督ではなく和泉雅子が怒って帰ってしまったという、エピソードを和泉雅子さんに伺ったことがある。なるほどそのシーンを観れば、俳優としてかなり大変だったことがわかる。

 そして何より魅力的なのが、吉永小百合の世代と、高峰三枝子、森雅之、そして田中絹代たち戦前からの映画スター陣の競演である。雪子と矢崎庄二郎(森雅之)の交際を、公認している矢崎の妻・信子(田中絹代)との不思議な関係。それも、病を得て余命を知る信子の長いセリフで、その心情までが観客に伝わってくる。過剰ともいうべき、ことばの海が本作の光彩となり、生と死、恋愛とセックス、仕事と結婚、様々なテーマが饒舌に語られていく。

 なお、タイトルバックにクレジットされている主題歌「光る海」は、本編には使用されていない。劇中歌は、吉永小百合と浜田光夫がデュエットする「聖者の行進」、そしてラストの出版パーティで吉永小百合たちによって歌われる「結婚行進曲」である。

日活公式サイト

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