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『エノケン・笠置のお染久松』(1949年・渡辺邦男)


 ブギの女王・笠置シヅ子と喜劇王・エノケンの出会いは、戦後の芸能史で最も重要な出来事の一つだろう。服部良一作曲によるブギウギのリズムは戦後ニッポンにこだましていたが、OSK(大阪松竹少女歌劇)出身の笠置のコメディエンヌとしての資質を見抜いたのは他ならぬエノケンだった。戦後間もない昭和21(1946)年3月のエノケン一座有楽座公演「舞台は廻る」(作・演出:菊田一夫)のゲストに迎えられた笠置にエノケンが言った言葉が面白い。

 「君は歌手だから芝居はよく分からないだろうけれども、君の芝居はツボが外れている。しかしそれがまた面白い効果を出しているので改める必要はない。僕は君がどんなにツボをはずしても、どこからでも受けてやるから、どこからでも外したままで突っ込んでこい」(笠置シヅ子・エノケンを偲ぶ)

 エノケンのコメディアンとしてのスタンスと、人柄が偲ばれる言葉である。エノケンと笠置は、昭和21年8月有楽座「エノケンのターザン」、昭和23年3月有楽座「一日だけの花形」「愉快な相棒」、昭和24年7月有楽座「お染久松」、昭和25年1月有楽座「ブギウギ百貨店」「天保六花撰」、そして昭和27年3月帝劇ミュージカル「浮かれ源氏」と続く。映画も『びっくりしゃっくり時代』『歌うエノケン捕物帖』『エノケン・笠置の極楽夫婦』(全て1948年)と共演作が多い。

 さて『お染久松』は映画が公開される5か月前の昭和24(1949)年7月、有楽座で上演された波島貞作の同名舞台の映画化である。服部良一が全編の音楽を担当し、さながら服部良一ソングブックという印象のミュージカル・コメディとなっている。お芝居でお馴染みの「お染久松」を、エノケンの久松、笠置のお染という異色(?)キャストで展開する爆笑編。本来、お染は可憐な娘役なのだが、こちらのお染はコメディエンヌとしての笠置の魅力が全開で、サポートするトン吉(益田喜頓)、久助(山茶花究)、与七(坊屋三郎)のあきれたぼういずの面々も楽しい。

 あきれたぼういずといえば、戦前吉本興業のトップスターで、楽器を巧みに使ったいわゆる「ボーイズもの」の元祖。当初のメンバーは、リーダー川田晴久(義雄)、坊屋三郎,益田喜頓、芝利英(坊屋の弟)の四人組だった。その後,新興芸能(後の松竹芸能)移籍する際,川田のみ吉本に引き止められ残留。山茶花究が加わって第二次あきれたぼういずが発足するが、芝が戦死したため、戦後は坊屋、益田、山茶花のトリオで活躍していた。

 エノケンとは昭和21(1946)年の東宝映画『聟入り豪華船』で共演しているが、この頃はラジオや映画にひっぱりだこ。そのあきれたぼういずの歌も随所にあって楽しめるのが、この映画の魅力の一つである。

 服部良一による音楽は実にバラエティに富んでおり,「お染久松」では低番の「野崎小唄」に始まり,童謡「うさぎとかめ」、ショパンの「別れの曲」、さらには軍歌「さらばラバウル」の替え歌まで登場する。

 服部メロディもタップリで、エノケンが番頭にいじめられながら歌う「丁稚ブギ」は笠置の「ホームランブギ」の替え歌。何と言っても圧巻なのが、本作の主題曲ともいうべき、エノケンと笠置のデュエット。エノケンのトレードマークである「目玉」と、笠置のチャームポイントである「口」をフィーチャーした「恋は目でする口でする」のインパクトは強烈だ。「目玉がギョロギョロ動く」「お口がパクパク開く」の歌詞にあわせて、エノケンと笠置の表情がモンタージュされる。このダイレクトな描写は、50年経ても色あせない。渡辺邦男監督の喜劇的センスが冴えるシーンとなっている。

 余談だが、本作の助監督は、後に東宝で『ニッポン無責任時代』(1962年)に始まる植木等=無責任男を創出する古澤憲吾。助監督時代からハリキリボーイとして知られる古澤映画につきものの主人公の全力疾走シーンもしっかりあるのが嬉しい。

 また、久松の妹で許嫁に扮する松竹の美人女優・高杉妙子もチャーミングで、彼女を袖にして笠置のお染とゴールインする久松というのが、いかにも喜劇的である。大番頭にはエノケン映画でお馴染み如月寛多(この映画では中村平八郎)、小番頭の田中春男といつものメンバーが脇を固めている。

 服部良一はエノケンについて「どんな歌でも、自分のペースで歌い上げ,リズミカルなものが得意かというと、スローバラードものにペーソスで歌われると、こちらの胸がギューッと締め付けられる思いがした。」(井崎博之「エノケンと呼ばれた男」講談社)と語っているが、まさに偉大なコンポーザーらしい言葉である。

 昭和27(1952)年、エノケンは「エノケンのショーボート」公演に赴いた広島に向かう列車で、その後も苦しめられることになる突発性脱疽が再発。公演ができなくなってしまうが、その時「私でお役に立つのならすぐに行きます」と代役を買って出たのが笠置シヅ子だった。

 『エノケン・笠置のお染久松』は、エノケンと笠置シヅ子という二つの強烈なパーソナリティの持ち主に、服部良一の才能が加わった音楽喜劇の魅力にあふれた作品なのである。

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