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『狂った果実』(1956年・日活・中平康)


 昭和31 (1956)年は、戦後日本映画にとって重要な年となった。石原裕次郎が衝撃的にスクリーンに登場したのである。兄・慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』(5月17日公開)の「若者言葉の指南役」として日活撮影所に招かれた裕次郎。水の江滝子プロデューサーは、その自然なふるまいに魅力を感じ、長身痩躯の青年に将来の映画スターの素質を感じて、“太陽族”の若者・伊豆役を端役ながら用意。裕次郎の登場シーンはわずかながら、圧倒的な存在感がある。

 そこで水の江は、石原慎太郎に書き下ろし原作を依頼。「オール読物」に掲載された小説を慎太郎自らがシナリオ化。当時のスタッフによると、その清書は裕次郎がしたという。当初は三國連太郎が兄・夏久で、裕次郎は弟・春次の予定だったが、三國の年齢(33才)もあって、裕次郎が兄役となった。

 裕次郎は映画主演にあたって、ある条件を出した。それは、兼ねてからファンだった北原三枝を相手役にすること、だった。会社はそれを快諾。監督には、水の江のプロデュースによるミステリー『狙われた男』(1956年)を完成したばかりの中平康を抜擢。同作が社内試写で評判だったこともあって、若い世代の新感覚をスクリーンに、という水の江の目論みは見事に成功することになる。さらに、難航したのが弟役、中平は第3期ニューフェイスの小林旭を推したが、結局、慎太郎の推薦で、長門裕之の実弟・加藤雅彦に決定。芸名・津川雅彦は慎太郎が命名したという。

 美貌の人妻をめぐって兄弟が争うというセンセーショナルな内容、太陽族と呼ばれる若者たちの無軌道な行動ぶり。湘南で遊ぶブルジョワ若者のアンモラルな生態は、それまでの日本映画では描かれることのなかった生々しいもの。

 そうした斬新な素材を、わずか一ヶ月で撮影から完成まで仕上げたのは、中平康をはじめとする、助監督の蔵原惟繕たちスタッフの若いエネルギーあればこそ。シナリオは、中平演出とは多少異なっている。まず、岡田真澄が演じる沢フランクのキャラクター。映画でもフランクはアメリカ人の母と日本人の父が離婚。母は帰国してしまい、日本人の継母と折り合いが悪い事が示唆されている。ヴィラのパーティで、フランクが一人真っ暗な二階に上がり、そっとヴィラを抜け出す春次と恵梨をみつめ、手にしたロケットの写真を観て「ママ」と呟くシーンが用意されていた。

 アメリカ人の夫を持つ恵梨(北原三枝)と春次(津川雅彦)、夏久(裕次郎)の三角関係を唯一知ることになるフランクの孤独。このロケットはシナリオには随所に登場し、夏久と恵梨が結ばれた際に夏久の手に残った恵梨の片方のイヤリングと共に、重要なアイテムとして用意されていた。こうした感情の動きをなるべく排除し、映像感覚のみで、中平は映画を完成。文学的か映画的か? シナリオと完成作の比較は興味深い。

 春次は恋をした女性・恵梨が人妻であることを知らない。夏久は、その欺瞞を打ち破るため、そして自らの欲望を満たすために、彼女を抱く。不幸な青春を過ごして来た恵梨は春次へのプラトニックな愛を貫きたいと思いながら、夏久との肉欲に溺れて行く。

 中平の演出は斬新、かつ直裁的。プレスシートに「間接描写を避けて直接描写」を狙いたいと語っているように、夏久と恵梨のベッドシーンでの指先を唇で噛むショット、春次の手を恵梨が自ら胸に持って行く動きなど、随所に官能的な描写がみられる。今から50年前、これだけの描写は衝撃的だった。完成後、映倫から二カ所カットを命じられている。

 わずか17日という短い撮影期間で、中平をサポートしたのが助監督の蔵原惟繕。クライマックスの空撮シーンは、クランクアップ前日の7月2日に、読売新聞社のヘリを借りて、蔵原たちが撮影したもの。ともあれ『狂った果実』は、「太陽族映画ブーム」のなか封切られ、有識者や教育委員会が青少年への影響を懸念。上映禁止運動や、映画を観ただけで女学生が退学を勧告されるなどの騒動に発展。それは「太陽族映画」追放運動へと広がることになる。

 また、この映画で裕次郎は初めてスクリーンで歌を披露する。曲は 「想い出」。湘南サウンドはこの映画から誕生したのである。裕次郎の「狂った果実」に始まり、加山雄三、荒井由実、サザンオールスターズへと連なる湘南サウンドの系譜はこの曲がルーツといえる。

 なお、『狂った果実』はフランスで「Passion Juvenile」として公開され、 昭和33(1958)年5月発行の「カイエ・デュ・シネマ」83号でフランソワ・トリフォーによって高く評価され、後のヌーヴェルバーグの作家へも大きな影響を与えたとされる。中平自身も 昭和43 (1968)年に、香港で『狂戀詩/Summer Heat』としてリメイクすることになる。

*DIG THE NIPPON『狂った果実』解説を加筆訂正しました。

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佐藤利明の石原裕次郎研究、日活映画研究の集大成「石原裕次郎昭和太陽伝」(アルファベータブックス)



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