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『八月の濡れた砂』(1971年・藤田敏八)

日活青春映画の「白鳥の歌」!


  昭和46(1971)年。日本映画史に残る衝撃的な作品が登場した。藤田敏八監督の『八月の濡れた砂』は、斜陽の映画界にあって、ロマンポルノ路線転向直前、日活最後の一般映画として封切られた。同時上映は、蔵原惟二監督の『不良少女魔子』(夏純子主演)。石原裕次郎の衝撃的なデビュー作『太陽の季節』(1956年)や初主演作『狂った果実』(1956年)に始まる日活青春映画の歴史が、この作品でひとまず終止符が打たれたのである。

 湘南。無軌道な若者たち。大人への反抗。そしてセックス。『八月の濡れた砂』は、これまでの日活青春映画の伝統とエッセンスをちりばめながら、 70年安保に明け暮れた“政治の季節”が終わった1971年夏の若者たちを、瑞々しく描いて青春映画の傑作となった。

 昭和29(1954)年以来、1000本もの映画を生み出してきた、撮影所のスタッフにとっては、黄金時代の終わりであり、日活映画への鎮魂歌でもある。調布の日活撮影所内で行われた初号試写は、古くからのスタッフたちで超満員。終映後の拍手が鳴り止まなかったという。そういう意味では、ある時代の終焉を飾る作品なのだが、同時に、70年代から80年代にかけて、藤田敏八監督が連打していくことになる青春映画群の始まりでもある。

 当初、主演は沖雅也が予定されていた。日活最後の男性スターでもある沖で撮影が開始されたが、湘南の海岸でバイクを転倒させるシーンで骨折。急遽、俳優座出身の若手・広瀬昌助が抜擢された。野上役の村野武範と、優等生・川村役の中沢治夫(後の剛たつひと)のキャスティングや、サッカーボールを野上が蹴る冒頭のシーンに、二人の代表作「飛び出せ!青春」(NTV・1972〜1973年)を連想する方もおられるだろう。

 しかし、本作が作られたのは「飛び出せ!青春」クランクインの半年前。藤田監督は、テレビで不良役の多い中沢に優等生、『この青春』(1971年・新星映画社・森園忠監督)で反戦学生を演じた村野をワル役にキャスティング。観客の既存イメージを覆すのが狙いだったという。

 沖雅也の降板により、ある意味ノースター映画となったために、群像劇としての側面が際立ったことは、この映画の大きなプラスとなった。さらに当時14歳だったテレサ野田の抜擢。大人びた少女の横顔とそのエキゾチシズムは、70年代の新しい映画の誕生を予感させた。

 藤田敏八監督は、1955(昭和30)年に日活助監督部に入社。蔵原惟繕の『憎いあンちくしょう』(1962年)など、日活黄金時代の様々な作品につき、蔵原の『愛の乾き』(1967年・浅丘ルリ子主演)などの脚本も手がけている。『非行少年 日の出の叫び』(1969年)でデビューを果たし、「野良猫ロック」シリーズを連作し、ニューアクションや青春映画の旗手として注目を集めていた。

 そのみずみずしい演出と、若者の気怠い気分をフィルムに焼き付ける感性。感覚の作家のようでいて、実は緻密なコンティユニティに裏打ちされている。この作品のテーマは<大人への反抗><大人になることへの抵抗>だが、それを観客に伝えるために、ダイアローグはもちろん、様々なショット、具体的なアイテムを配している。観客はそれらを通して主人公の感情に入り込んでいくのである。

 藤田みどり演じる真紀は、大人の女性である。一方の早苗(テレサ野田)は未成熟の少女。放校された野上は、大人になることに抗いつづけている。高校生の清は、野上のように大人への反抗意識を持ちながら、童貞を卒業したいと思っている。童貞を失うことは、清にとって大人になること。自立することにつながっている。この矛盾。モラルとアンモラル。大人と子供。山谷初男のコソ泥に犬の名前をつける少女の残酷さ。清を警察に連れて行って戒めようとする真紀のモラル。その均衡が洋上でのクライマックスで、一気に崩れていく。

 <大人への抵抗>を直裁的に描きつつ、ここには失われていく青春という時間のきらめきがある。

 石川セリの主題歌「八月の濡れた砂」は、その後のニューミュージックブームを先取りし、むつひろしによる音楽も実に斬新。本名は松村孝司、ポリドールの洋楽ディレクターで、作曲家・むつひろしとしてザ・キングトーンズの「グッド・ナイト・ベイビー」や、さくらと一郎の「昭和枯れすすき」や小田島一彦の名義で和田アキ子の「どしゃぶりの雨の中で」を作曲している。

 この映画は、当時、TBSラジオ「パック・イン・ミュージック」のDJだった林美雄が気に入って、リスナーにその良さをアピール、じわじわと若者中心に支持されることとなる。

 ラスト、主題歌が流れるなか、空撮で捉えられる海、ヨットのショットは、永遠の夏の終わりを感じさせて我々の胸を打つ。

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