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『珍説忠臣蔵』(1953年1月3日・新東宝・斎藤寅次郎)

『珍説忠臣蔵』(1953年1月3日・新東宝・斎藤寅次郎)

 昨夜のCCU=忠臣蔵・シネマティック・ユニバースでは、喜劇の神様・斎藤寅次郎監督『珍説忠臣蔵』(1953年1月3日・新東宝)をスクリーン投影。昭和28年の正月映画として、オールスター喜劇人で作られた「アチャラカ忠臣蔵」。脚色は『東京五人男』(1945年・東宝)など寅次郎喜劇の名伯楽・八住利雄。

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 大石内蔵助に古川ロッパ、吉良上野介に伴淳三郎。浅野内匠頭の松の廊下は描かれず、冒頭、芝居小屋で刃傷事件を上演しているところから始まる。舞台での内匠頭は川路龍子さん、上野介を演じる役者として伴淳が二役で登場。その芝居を観て興奮して、舞台に上がって来るのが、赤穂浪人・不破数右衛門(田崎潤)というのがおかしい。

 頭に血が昇った数右衛門、役者の上野介(伴淳に斬りかかって大騒動に。このシークエンスで前段を描いてしまう構成はなかなか見事。すでに吉良上野介は、本所松坂に引っ越しており、その裏口通用門で、瓦版売り・仙吉(川田晴久)が、川田節で吉良の悪行三昧を唄で詠んでいく。いつもの寅次郎映画の調子。

 で、上野介は江戸中の米を買い占めて、庶民を苦しめている。「貧乏人は麦を食え」と憎々しげに言い放つ。こうした時事ネタが、くすぐりになっているのが寅次郎映画の風刺精神。で、内蔵助が山科で放蕩三昧をしている噂を確かめるために、鴨坂辰内(横山エンタツ)を京に送り込む。だけど、賃金未払いの上野介、必要経費は一切認めないケチケチぶり。これも、この時期の寅次郎喜劇で悪役をやっていた伴淳さんのキャラの延長。つまり、忠臣蔵でありながら、いつものアチャラカ喜劇なのである。

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 一方、祇園の一力茶屋では、大石内蔵助(古川ロッパ)が放蕩の日々。ここは、ロッパが旦那芸を発揮して、ロッパはかなり楽しそう。偉そうにしていても、内蔵助だから許されてしまう。一杯加減で、主君の辞世の句を、粋な感じで吟じてみたり。ご機嫌で役作りしているのがよくわかる。

 内蔵助が苅藻太夫(相馬千恵子)を独占するので、イライラしているのは、浪速の豪商・天野屋阿茶兵衛(花菱アチャコ)。我慢しきれずに、大石の座敷へ行って内蔵助と知るや、主君の敵討ちをするや否やと問う。で、玉虫色の返事なのに「天野屋阿茶兵衛、男でござる」と申し出て、討ち入り道具、ユニフォーム一切合切を受注すると勝手に請け負う。これまた「忠臣蔵」の天野屋利平の本歌取りで、当時の観客は子供でもそのパロディを理解していたのだろう。

 さて、一力茶屋のアトラクションで、市丸さんが粋に流行歌を歌い、江戸から来た幇間に化た鴨坂辰内(エンタツ)が、カッパの扮装で、珍妙なアクロバットダンスを披露。エンタツさんのクネクネダンスに、吹き替えのアクロバティックな動きがマッチして、なかなかの見もの。横山エンタツのヘナチョコな踊りは、戦前の寅次郎映画でもお馴染みで、傑作『エンタツ・アチャコの新婚お化け屋敷』(1939年)などでのパフォーマンスが衰えていないのが嬉しい。

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 浪速でも吉良上野介の米買い占め、赤穂浪士は討ち入りするのか?が話題になって、講釈師・龍山(一龍斎貞山)が、自慢の喉でひとくさり。先程の川田晴久といい、一龍斎貞山といい、こうして映画にパフォーマンスが記録されているのは、遅れてきた世代には何よりである。

 さて、戦後の寅次郎喜劇のセミレギュラー、バタヤンこと田端義夫がギターを弾きながら粋に歌って登場。なんと「忠臣蔵」では、吉良邸一番乗りをする、剣術の達人の力自慢、横川勘平の役である。史実では吉良邸のお茶会が、12月14日に開催されることを察知する手柄を立てた人物でもある。NHK大河ドラマ「峠の群像」(1982年)では園田裕久が演じていて、大石内蔵助(緒方拳)に伝えるシーンがあった。本作のバタヤンは、いつものようにお調子もので「雨の屋台」などのヒット曲をタップリ聴かせてくれる。

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 「忠臣蔵」の酔っ払いといえばの堀部安兵衛(阿部九州男)と赤垣源蔵(佐伯秀男)は、いつも二人組で、手にはネーム入りの酒徳利で、一杯機嫌。吉良家出入りの大工の棟梁・平兵衛(柳家金語楼)は、手間賃も十分に貰えず、米は吉良が買い占めて満足に飯も食えない。なので、弟子たちは空腹で青色吐息、家で寝転がっている。シーンのたびに、その弟子たちの頬が痩けていく。寅次郎一家の名子役・西岡タツオ演じる弟子が、どんどん痩せ細っていく(頬に真っ黒なシャドウを塗って、目の下にも大袈裟な隈を描いて・笑)。平兵衛もろくに飯を食べていないので、上がり框に足をあげることもできない。

 その娘・お艶には、東映の星美智子。お艶が恋をする赤穂浪士・岡野金右衛門には、キドシンこと木戸新太郎。戦後まもなく斎藤寅次郎の『誰がために金はある』(1948年・新東宝)の一エピソードで主演をして、華々しく登場したキドシンが、天下の二枚目、モテモテの岡野金右衛門をユーモラスに演じている。もちろん、お艶を口説いて吉良邸の絵図面を入手、討ち入り前の告白、あの世で結ばれよう、までお馴染みの展開となる。

 寅次郎喜劇らしいのは、村松喜兵衛(堺駿二)。講談では、按摩や医者に化けて「その時」を狙っていたが、本作では、赤穂浪士の溜まり場である居酒屋の女将に化けている。男なのに女将というのは、堺駿二お得意のおばあさんの扮装を見せるためで、おばあさんのヅラを外して「なんで女装しなきゃいけないんだ」とクサる。

 ナンセンス喜劇の中に、必ずウエットな「お涙頂戴」を入れる寅次郎らしいのが、間十次郎(清川荘司)のエピソード。「忠臣蔵」では、討ち入りの時に、最初に炭小屋で吉良上野介を発見する一番手柄のキャラクター。ここでは講談「十次郎子別れ」のエピソードをタップリ再現している。浅野家出入りの植木屋の棟梁一家に妻子を預けるが、棟梁の奥さんが十次郎の妻・おてい(月丘千秋)を亭主の愛人と勘違いして、母子の面倒を打ち切ってしまう。たちまち食うや食わずとなったおていは病気で倒れ、息子・十太郎(打田典子)は橋の上で物乞いをして糊口を凌ぐことに。そこに通りかかった十郎、息子から事情を聞いて妻と再会する。夫が、主君の仇を討つと信じているおていに、十郎はさる大名に士官が決まったを嘘をついて、女房に愛想をつかされる。しかし、討ち入りの凱旋の時に、妻は真実を知って・・・という、講談のエピソードは、おそらく寅次郎のお気に入りなのだろう。そのまま映画で再現している。

 といったナンセンスとウエット、アチャラカの按配もよく、いよいよ元禄十五年十二月十四日。大石内蔵助は、南部坂の瑤泉院を訪ねて「暇乞い」をする。もちろん、吉良方の間者の目をくらますための方便で、血判状を、小野寺十内(磯野秋雄)の妹である戸田局(清川虹子)に託す。このシーンもギャグはなく、緑波が歌舞伎役者のような心持ちで、情感たっぷりに演じている。

 そして討ち入り。清水一学(清水金一)が大活躍。四十七士が討ち入りをして大騒ぎの吉良邸では、この機に乗じて、米を着服して鴨坂辰内(横山エンタツ)と用人・喜十(小倉繁)がそれぞれの愛人を連れて遁走しようとする。ろくに給金も払わずに、吉良への不満が爆発しての、という展開。で、肝心の内蔵助は、吉良邸門前で、屋台の支那そば屋の親父(田中春男)にどんどん支那そばをつくらせて、三十杯も食べている。何にもしないで食べてばっかりは、ロッパ自身のセルフパロディ。で、吉良邸から逃げ出す鴨坂辰内と、喜十にも「食べなさい」とそばを振る舞う。

 そうこうしているうちに、炭小屋で米俵に隠れて、腰元とラブシーンの真っ最中の吉良上野介が見つかる。「老いらくの恋をしているのに」とクサる伴淳。さらには影武者に仕立てられていた役者の伴淳も見つかり、二人の吉良上野介のどっちが本物?となる。

 とまあ、こんな調子で、寅次郎版『珍説忠臣蔵』は大団円となるが、アチャラカ映画とはいえ、講談や芝居、これまでの映画に倣って、オーソドックスに展開していく。舞台の喜劇の本歌取りもこういうスタイルで、後年、東京宝塚劇場で上演されたクレイジーキャッツの「クレージーの大忠臣蔵」(1966年・小野田勇作)も、同じような構成である。ともあれ、昭和20年代の人気コメディアンのキャラクターがよくわかる顔見せ映画としても貴重な芸の記録である。

【配役】
大石内蔵助(古川緑波)
天野屋阿茶兵ヱ(花菱アチャコ・吉本)
鴨坂辰内(横山エンタツ・吉本)
大工・平兵ヱ(柳家金語楼・金プロ)
横川勘平(田端義夫)
村松喜兵エ(堺駿二)
岡野金右衛門(キドシン)
吉良上野介・吉良になる役者(伴淳三郎)
瓦版売り・仙吉(川田晴久)
清水一角(清水金一)
三村次郎左衛門(中村是好)
用人・喜十(小倉繁)
夜泣きそば屋(田中春男)
講釈師・龍山(一龍斎貞山)
大高源吾(杉山昌三九)
間十次郎(清川荘司)
劇中の人・梶川惣兵ヱ(瀬川路三郎)
赤垣源蔵(佐伯秀男)
堀部安兵衛ヱ(阿部九州男)
小野寺十内(磯野秋雄・松竹)
矢頭右衛門七(星十郎)
平兵衛の弟子(西岡タツオ)
堀部弥兵衛(武村新)
僧侶(小島洋々)
和久半太夫(小笠原章二郎)
小林平八郎(菊地双三郎)
杉野十兵太(今泉基二)
寺坂吉右ヱ門(尾上桂之助)
一力の用心棒(廣瀬康治)
同(草間喜代四)
同(小坂真一)
同(大谷友彦)
同(國創典)
唄う太夫(市丸・ビクター)
一力のお内儀(月宮乙女)
間十太郎(打田典子)
腰元おりき(登山晴子)
大石主悦(深川清美)
戸田局(清川虹子)
おりう(野上千鶴子)
お艶(星美智子・東映)
劇中の人・浅野内匠頭(川路龍子)
瑤泉院(花井蘭子)
苅藻太夫(相馬千恵子)
間の妻・てい(月丘千秋)
不破数右衛門(田崎潤)


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