見出し画像

Yolanda and the Thief『ヨランダと盗賊』(1945年11月20日米公開・MGM・ヴィンセント・ミネリ)

ハリウッドのシネ・ミュージカル史縦断研究。5月26日(木)は、アーサー・フリード製作、ヴィンセント・ミネリ監督、フレッド・アステア主演のミュージカル・コメディ”Yolanda and the Thief”『ヨランダと盗賊』(1945年11月20日米公開・MGM)を、アマプラ(ジュネス企画版)でスクリーン投影。

MGMミュージカル黄金時代を築くことになる、フリード、ミネリ、アステアによるテクニカラー超大作。公開当時、興行的にも批評家の評判も散々で「失敗作」のレッテルを貼られた。フリード&ミネリは、前年1944年に、ジュディ・ガーランド主演『若草の頃』(1944年)を大ヒットさせて、フリード・ユニットとしても次々と野心的なシネ・ミュージカル企画を連打していた。そうしたなか、レジェンドであるフレッド・アステアを久しぶりにMGMに迎えての”野心的企画”が”Yolanda and the Thief”だった。

音楽は、作曲はハリー・ウォレン、作詞はフリード自身。アステアの相棒役に『オズの魔法使』(1939年・ヴィクター・フレミング)の”オズの大魔王””ドクター・マーベル”を演じたフランク・モーガン。さらに謎の紳士に『若草の頃』のお父さんを演じたレオン・エイムス。フリード一家の俳優たちを揃えて、鳴り物入りで製作された。

タイトルロールのヒロイン”ヨランダ”には『若草の頃』(1944年)でジュディ・ガーランドの姉を演じたルシル・ブレマー。彼女を大々的にフィーチャーした鳴り物入りの企画だった。ルシル・ブレマーは、1917年ニューヨーク生まれ。幼い頃、フィラデルフィアでバレエを学び、12歳で舞台デビューを果たす。1939年のニューヨーク万博のアトラクションで踊り、16歳でラジオシティ・ミュージックホールの”ロケッツ”に入団。その容姿でたちまち注目を集める。

ヴェラ=エレンやジューン・アリスンと共に、ブロードウェイ・ミュージカルのダンサーとして活躍。ワーナーのスクリーンテストを受けるも不合格だったが、ニューヨークのナイトクラブ「コパカパーナ」出演中に、アーサー・フリードに見初められてMGMへ。ダンスだけではなく、ドラマチックな女優としての可能性も評価されてフリード・ユニット期待の新人となった。

ルシル・ブレマー

この期待は、フリードのプライベートな感情も含まれていて、それが彼女のスターとしての可能性の障壁となっていく。フリードは恋人であるブレマーのために「アステアとの共演、ミネリの監督による『オズの魔法使』を超えるファンタジー大作」をトップダウンで企画。ルードウィッヒ・べメルマンスとジャック・テリーによる「ヨランダと泥棒」(1943年)を原作に、『オズの魔法使』『マルクスの二丁拳銃』(1940年)のアーヴィン・フレッチャーが脚色。

この頃、アステア映画では、振り付けはRKO時代からの盟友・ハーミーズ・パンが手がけていた。アステアのアイデアをふんだんに取り入れ、二人のコンビネーションが数々の伝説的ナンバーを生み出していた。しかし、本作ではフリードは、ルシル・ブレマーのためにバレエ・ダンサーで演出家のユージン・ローリングをニューヨークから招聘。ダンス・シーンの振り付けを任せた。アステアの振り付けは”Yolanda””Coffee Time”のごく一部などにとどまった。アステアとしては不肖服な部分もあったが、「他の振付師のアイデアで踊ってみるのも楽しみ」と寛大な態度で受け入れた。さすがである。

アステアにとってもミネリにとっても本作での「失敗」は手痛いものだった。バレエの専門家の振り付け師を招いて、散々な目に会うというと、フリード製作、ミネリ&アステアの傑作『バンド・ワゴン』(1953年・MGM)を思い出すが、実は『ヨランダと盗賊』での失敗をセリフパロディにしたのが『バンド・ワゴン』だった。なので2本を続けてみると、色々と楽しい。

例えば、前半の”Will You Marry Me?”のバレエ・シークエンス。ギザギザの円のスポットライトが印象的だが、この照明、『バンド・ワゴン』で大失敗する"You and the Night and the Music"でアステアとシド・チャリースのデュエット・ダンスでも使っている。セルフパロディにするほどの大失敗だったのだ。

しかしユージン・ローリングの振り付けは、現在の目で観ると野心的で素晴らしく、アステアのダンサーとしての可能性、ブレマーの美しさを引き出すことに成功している。ユージン・ローリングは、この後もMGMで、『ジーグフェルド・フォーリーズ』(1946年)、『ニューオリンズの恋人』(1950年・未公開)、『我が心に君深く』(1954年)などを手がける。アステアとも『パリの恋人』(1957年・パラマウント)、『絹の靴下』(1957年)で再びユニットを組んでいる。

フレッド・アステア ルシル・ブレマー
「ジーグフェルド・フォーリーズ」

大きなナンバーは二つ。前半、ルシル・ブレマーの”Will You Marry Me?”(吹替:トゥルーディ・アーウィン)から始まる15分に及ぶドリーム・シークエンスで、のちにフリード&ミネリが手がける『巴里のアメリカ人』(1951年)のフィナーレ「パリのアメリカ人バレエ」のプロトタイプでもある。ダリの絵画のようなシュールレアリズムのセットで、パステルカラーの衣裳を着たアステアとブレマーが躍る。そのアンバランスの調和とも言うべきシークエンス。当初はバレエのみだったが、アステアのアイデアで前段にロマンチックな歌”Will You Marry Me?”をインサートした。これがアステアのバランス感覚である。

「ドリーム・シークエンス」は、ブロードウェイの「オクラホマ!」(1943年)でアグネス・デ=ミルが試みて大成功。フリードとミネリが「この手で行こう!」と本作に取り入れ、続く『ジーグフェルド・フォーリーズ』でアステア&ブレマーの”LimehouseBlues”でもミネリはこの「手」を使った。この”Will You Marry Me?”のセット、照明は素晴らしく、シックな画調はテクニカラー・ミュージカルの表現の可能性を拡げた。

もう一つは、後半、謝肉祭のカーニバルで、カフェのセットでアステアとブレマーが粋に踊るデュエット”Coffee Time”。JAZZYでシック、クールなナンバー。複雑な繰り返しのシンコペーションリズム、4カウントの音楽フレーズに対して、5カウントのダンスフレーズを設定。ローリングのアイデアだったが、アステアはこれを気に入って、見事なパフォーマンスに昇華させた。この4カウントの音楽、5カウントのダンスは、観客に媚薬的な効果を与えてくれる。

アステアらしいナンバーは、中盤、ヨランダの邸宅のハープを小粋に演奏しながら歌って、短いルーティーンを踊る”Yolanda”の粋! 

アステアのミュージカル・シークエンスはこの三つだけだが、メリハリもあって、改めて観るとなかなかバランスも良く、ヴィンセント・ミネリの才気を感じさせてくれる。

南米の架空の国、パトリア。修道院で18年間、寄宿生活を過ごしてきた大富豪の後継者ヨランダ(ブレマー)が成人の誕生日を迎える。”This Is a Day for Love”(ハリー・ウォレン&アーサー・フリード)を歌って、ヨランダを送り出す生徒たち。ゆったりとした時間が流れる。

汽車で、屋敷のあるパトリアの首都に向かうヨランダ。その汽車には、アメリカで食いつめた詐欺師・ジョニー・パークソン・リグス(アステア)と相棒・ヴィクター・バドロウ・トロット(フランク・モーガン)も乗っていた。新聞の一面には若き女相続人・ヨランダの話題で持ちきり。ジョニーは「これはいける!」と一計を案じる。

18年ぶり豪邸に戻ってきたヨランダを迎え入れるのは、財産管理をしてきた叔母・アマリア(ミルドレッド・ナトウィック)たち。アマリア叔母さんは少し風変わりで、どうも財産を好き勝手に使ってきたらしいが、悪人ではない。ミルドレッド・ナトウィックは、ブロードウェイのストレートプレイで活躍してきた大女優で、フリードに招かれて本作に出演。舞台を中心にキャリアを重ねていくが、ジョン・フォード監督のお気に入りとなり『三人の名付け親』(1948年)、『黄色いリボン』(1949年)、『静かなる男』(1952年)などに出演することとなる。

さて、ジョニーとヴィクターは「2ドルの定額制タクシー」でホテルから郊外の邸宅へ。しかし途中でエンスト、8キロもクルマを押すことに。これがルーティーン・ギャグとしてリフレインされる。さて、木に登って屋敷の様子を伺ったジョニーは、ヨランダがお金や株券の管理に不安を抱いていることを神への告白で知る。修道院育ちのヨランダは信心深い敬虔なクリスチャン。そこに目をつけたジョニーは、あろうことか「守護天使」を自称してヨランダを騙してしまおうと計画。

そんな悪巧みをするジョニーとヴィクターの前に、必ず現れる奇妙な紳士・ミスター・キャンドル(レオン・エイムス)が、この映画のキモであり、ファンタジーの要となる。何かわるさをしようとすると、このミスター・キャンドルが現れて、悪巧みは別の方向に転じていく。『若草の頃』のお父さん役で味わい深い演技を見せたレオン・エイムスのとぼけたキャラが楽しい。

ジョニーは屋敷に電話をして、入浴中のヨランダに「私は君の守護天使だ。金銭的な悩みを解決してあげるから、一人でホテルまで来なさい」と語りかける。ヨランダは電話で話すのも、男の人と話すのも初めてだから大興奮。ホテルのロビーでは、ジョニーが王様が座るような椅子に鎮座して、照明も工夫して「天使感」を出して、ヨランダをまんまと騙す。

ちなみにこの「王様の椅子」はMGM映画ではお馴染み。『錨を上げて』(1945年・ジョージ・シドニー)でジーン・ケリーがねずみのジェリーと踊るシーンや、『恋愛準決勝戦』(1950年・スタンリー・ドーネン)でアステアとジェーン・パウエルが踊るシーンにも登場する。

ジョニーを「守護天使」と思い込んだヨランダは「これでお金の問題が解決する」と喜ぶ。その夜、ジョニーは夢で、ヨランダから「結婚してください?」とせがまれる。”Will You Marry Me?”(ウォレン&フリード)ナンバーの開幕である。ダリのシュールレアリズム絵画のようなヴィジュアルのなかで、15分に及ぶドリーム・シークエンス・ナンバーが展開されていく。

翌日、ジョニーはヨランダの邸宅へ。「男の人が来るの?すぐに追い返すわ」と鼻息が荒いアマリア叔母さんだったが、ドア越しのジョニーを一眼で気に入って招き入れる。このドアの細工が面白い。覗き窓がいくつもあって、叔母さんがそのつど開けるものだから、ジョニーはなかなか入れない。

で、ジョニーを歓待してとっておきのシェリーや豪華な昼食で、叔母さんがもてなしてくれるが「彼は飲まないの」「彼は食べないの」と、ジョニーを天使と思い込んだヨランダがいちいち言って、飲まず食わずのジョニー。で、天使のジョニーに「懐かしいしょう?」とハープを見せるヨランダ。そこでジョニーは軽いタッチでハープを弾きながら、甘い歌声で”Yolanda”(ウォレン&フリード)を歌って踊る。アステアのエレガントが堪能できる瞬間である。

Will You Marry Me?

色々邪魔やアクシデントがあって、なかなか委任状にヨランダのサインをもらえずに気を揉むジョニー。ようやくサインをもらって、金庫の株券をごっそりカバンにしまって、いざ逃げ出そうとしたら、屋敷に警官。こりゃまずいと、窓の外で待機している相棒のヴィクターにカバンを投げるも、彼の脳天に直撃、気を失ってしまう。そこへ、なぜか通りかかったミスター・キャンドル。カバンをピックアップして立ち去ってしまう。

この日は、謝肉祭のカーニバルの当日。ヨランダはジョニーに「迎えにきて」とせがむ。この国から遁走しようとしているジョニーは困るが「8時に」と誤魔化してホテルへ。

ホテルで、ジョニーとヴィクターが「一文なしで逃げ出すか?」と相談していると、そこへくだんのカバンを持ったミスター・キャンドルが現れる。コイントスの賭けで、なんとかカバンを奪還することに成功したジョニー。駅から汽車に乗ってパトリアから逃げようとするが、車内で警官に「指名手配されている。国境を越えたら逮捕する」と言われてジョニーとヴィクター、風前の灯に。ところが、またまた汽車でミスター・キャンドルが待ち構えていて「国境の鉄橋が壊れて渡れない。この汽車はパトリアに戻ることになる」と予言。なんとその通りになる。果たしてミスター・キャンドルは? ここでその正体が明らかになる。なるほど!

でジョニーは、夜8時に、謝肉祭のカーニバルに出かけるためにヨランダを誘いに屋敷へ。アマリア叔母さん「ヨランダと結婚するのね!おめでとう」と祝福してくれる。アマリアでは財産を受け取ったら結婚という風習なのだ。ヨランダはジョニーに「守護天使」への感情ではない愛情を抱いていたが、それは不謹慎なことと、自分を責めている。そこへまたまた、ミスター・キャンドルが現れて、ヨランダに「僕と踊ってください」。しかしジョニーは嫉妬心から「彼女と踊るのは僕だ!」とそれを拒む。ジョニーもまたヨランダを愛していたのだ。

そしてここで、シックでカッコいい”Coffee Time”(ウォレン&フリード)ナンバーとなる。アステアの粋、ブレマーの美しいシルエット。ダンサーとしてハイレベルな二人のデュエットは、本作の最高のモーメント。照明も演出も、コーラス・ダンサーたちのキレもいい。

Coffee Time

その夜、ジョニーは、ヨランダへの想いから、これまでのこと、騙していたこと、自分が天使じゃないことを手紙に綴って、翌朝、株券とともに返すことにする。悲しみにくれるヨランダ。手紙を読んだアマリア叔母さん「これは素敵なラブレターじゃない?」。

そしてあっと驚くどんでん返しでハッピーエンディングとなる。ミスター・キャンドルの正体も含めて、なんとも幸福なラストシーン。あと口もいいし、ダンスナンバーも見応えがある。何よりもゴージャス。しかし、当時の観客にも、後年のミュージカルファンにも、みんなが求めている「アステア映画らしさ」に欠けているので「失敗作」という印象になってしまった。興行的には失敗、大赤字となったが、作品的には悪くない。むしろ僕はファンタジーとして大好きな作品である。

【ミュージカル・ナンバー】

♪エンジェル Angel

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アーサー・フリード
*唄:ルシル・ブレマー(吹替:トゥルーディ・アーウィン)

♪コーヒー・タイム Coffee Time

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アーサー・フリード
*唄・ダンス:フレッド・アステア、ルシル・ブレマー(吹替:トゥルーディ・アーウィン)

♪今日は愛の日 This Is a Day for Love

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アーサー・フリード
*唄:ルシル・ブレマー(吹替:トゥルーディ・アーウィン)、女の子たち

♪結婚してくださる? Will You Marry Me?

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アーサー・フリード
*唄:ルシル・ブレマー(吹替:トゥルーディ・アーウィン)

♪ヨランダ Yolanda

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アーサー・フリード
*パフォーマンス:フレッド・アステア、ルシル・ブレマー(吹替:トゥルーディ・アーウィン)


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。