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『稲妻』(1952年10月9日・大映・成瀬巳喜男)

7月9日(土)の娯楽映画研究所シアターは、連夜の成瀬巳喜男監督特集として『稲妻』(1952年10月9日・大映)をDVDからスクリーン投影。

林芙美子原作『めし』(1951年・東宝)で大成功を収め、戦後の復調を果たした成瀬巳喜男は、新東宝での『おかあさん』(1952年)に続いて、初めての大映東京撮影所で撮ったのが、やはり林芙美子原作の『稲妻』だった。

脚色は『めし』の田中澄江。撮影は大映の峰重義(のちに日活へ移籍)、美術は仲美喜雄とスタッフは変われども、キャメラのルックや作品のトーン、テイストはいつもの成瀬の味。ヒロインは戦前『秀子の車掌さん』(1941年・南旺映画)や敗戦後第一作『浦島太郎の後裔』(1946年・東宝)でヒロインを演じた高峰秀子。今回のデコちゃんの役は「車掌さん」ならぬ「はとバス」のバスガイド。彼女の案内で昭和27年の車窓からの東京観光も楽しめる。

小森清子(高峰秀子)は、二人の姉、一人の兄と四人兄妹だが、母・おせい(浦辺粂子)は四回結婚をして、いずれも父親が違う。次姉・光子(三浦光子)も長姉・縫子(村田知栄子)も結婚しているがそれぞれの亭主は、例によってダメ男。兄・嘉助(丸山修)は戦争から帰ってきて以来”南方ボケ”で、定職にもつかずブラブラしている。

長姉・縫子の亭主・龍三(植村謙二郎)は、気が弱いくせに大言壮語、いつも怪しげな儲け話に投資しては失敗。その友人でやり手の綱吉(小沢栄太郎)は、商売の才覚もあるが女に手が早く、縫子は龍三に三行半をつけて、綱吉にぞっこん。金や女に目がない綱吉を演じる小沢栄太郎さんの下衆ぷりも見事。

次姉・光子は、受け身な女性で夫・呂平を信頼し切っている。ある日、呂平が急死。そこへ、妾・リツ(中北千枝子)が赤ちゃんを連れて現れる。光子にとっては晴天の霹靂。

というわけでこの映画、男たちはことごとくダメ男ばかり、女たちは流されて生きている。そのだらしのなさに、ヒロインのデコちゃんは辟易。彼らとの縁を切って自立したいと考えている。デコちゃんが住んでいるのは根津界隈、縫子は渋谷に連れ込み宿を綱吉の出資で出す。そして光子は神田に喫茶店を出す。そうした人間関係を断ち切りたいと、後半、デコちゃんは世田谷区豪徳寺に下宿する。こうした位置関係も「東京のあり様」を的確に描いている。

ポスター・ヴィジュアル

前半、この姉弟たちのどうしょうもなさに、デコちゃんも観客も振り回される(笑)それが成瀬の味なのだけど。デコちゃんの仕事は、はとバスのバスガイド。トップシーンから東京時層探検が楽しめる。

銀座通りを行くはとバス!

タイトルバックが開けて、はとバスのパノラマカーが銀座通りを進む。4丁目交差点を京橋方向に進んですぐ、左手には、古川緑波も大好きだった「富士アイス」の看板が教文館書店の前にある。京橋の鍛治橋通りの交差点に、義兄・呂平と妾・リツが立っているのを、清子が目撃する。呂平の登場シーンはここのみ。ちなみに「富士アイス」は銀座に何店舗かあり、教文館ビルの地下にあったレストランの看板。

銀座四丁目 教文館書店(左)
富士アイスの看板

富士アイスは大正13年創業、アメリカンスタイルのアラカルト(当時は一品料理と呼んだ)でサラリーマンたちに愛された。銀座5丁目、松坂屋デパートの向かいや、有楽町スバルビル裏の喫茶店街にもお店があった。緑波が通ったのは銀座5丁目のレストラン。ここは翌年、清水宏『都会の横顔』(1953年・東宝)で、木暮実千代が沢村貞子さんに奢らされて、大いに弱るシーンに店内が登場する。

さて「はとバス」は、東京駅丸の内北口、国鉄本社ビル前が乗降場所だった。そこへ到着して、乗客が次々と降りてくる。ちなみに現在の「はとバス」発着所は、東京駅丸の内南口、KITTEの前となっている。

ロケ地話を続ける。縫子と綱吉が話をする隅田川のシーン。後ろに両国橋が見える。この両国橋は、清子が「はとバス」で観光案内するシーンにも登場。橋の向こうに、昔の両国国技館が見える。バスの車窓からの隅田川の眺めが、なかなかいい。

小沢栄太郎、村田知栄子 後ろに両国橋が見える。

呂平が急死して、光子は用品店を畳んで、実家へ戻る。この実家の場所は明確に描かれていないが、銭湯帰りの光子と清子が歩いているのは根津二丁目。根津の料亭「はん亭」が画面にちらりと映る。

呂平の妾・リツから、手切金「二十万円」を要求する手紙を受けとった光子は、清子を連れて、都電に乗って深川のリツの家を訪ねる。ここで大横川(旧大島橋)にかかる新田橋(にったばし・江東区木場5丁目)が登場する。洲崎弁天(洲崎神社)への参道となる橋である。今は架け替えられているが、映画に登場した新田橋は、八幡堀歩道の八幡橋近く保存されている。

新田橋
新田橋

リツに「五万円」をとりあえず渡した光子と清子は、帰りに深川不動でお参りをする。このあたりの雰囲気は、今も変わらない。

さて後半、光子は綱吉の世話で、神田に喫茶店を開業する。清子は神田駿河台2丁目を歩き、お茶の水駅近くの茗溪通りを歩くショットがある。綱吉は、縫子に手を出し、今度は光子に乗り換えているが、本当は清子をモノにしたいと、開店前の喫茶店で清子に襲いかかる。

こうした人間関係に嫌気が差した清子は、家出をして一人暮らしを始める。下宿があるのは、世田谷区豪徳寺駅の近く。この下宿のおばさん、杉山とめ(瀧花久子)はおっとりとしていて、がちゃガチャしていた下町の女性たちとは正反対。

その隣に、妹をピアニストにしようと賢明な「あにいもうと」が住んでいて、清子の心を浄化してくれる。国宗周三(根上淳)とつぼみ(香川京子)である。貧しくても品がある。夢も志もある。清子の知っている世界と真逆である。この兄妹の登場で、清子も観客も「浄化」される。これが本作のカタルシス。

ラスト近く、母・おせいが、清子の下宿を訪ねてくる。ここで二人が本音をぶつけ合うシーンがいい。浦辺粂子がとてもいい。

三浦光子 高峰秀子

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