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『続社長えんま帖』(1969年・松林宗恵)

「社長シリーズ」第31作!

 前作から四ヶ月後、昭和44(1969)年5月17日に公開されたシリーズ第31作。同時上映はフジテレビ製作による、仲代達矢、丹波哲郎、司葉子、浅丘ルリ子、オールスター大作『御用金』(五社英雄)だった。

 同日封切りは、大映は本郷功次郎『用心棒兇状旅』(井上昭)、南美川洋子と渥美マリ『ダンプ・ヒップ・バンプ くたばれ野郎ども』(帯盛廸彦)、松竹は牧伸二と立川談志『猛烈社員スリゴマ忍法』(市村泰一)、野川由美子『夜の熱帯魚』(井上梅次)など。各社ともジリ貧で興行成績は前年、前々年からさらにダウン。各社とも苦肉の番組を編成していた。

 そうしたなか「社長シリーズ」は、東宝の看板であり続けていたが、東宝の製作本部長である藤本真澄は、シリーズの「若返り」を常に模索していた。そこで考えられたのが、長年秘書課長役を演じ、近年は部長に昇格した小林桂樹を、河村黎吉、森繁久彌に続く三代目社長に襲名、新シリーズへのシフトをすることだった。

 森繁社長から、加東大介社長への交代は、シリーズ初期『社長三代記』(1958年)で一度試みられたが、「社長シリーズはやはり森繁」ということで、次作『社長太平記』(1959年)から森繁社長に戻ったことがある。というわけで、藤本、脚本の笠原良三、松林宗恵監督は、日本万国博覧会が開催される昭和45(1970)年の次作を、森繁社長引退作と想定して本作から、そのシフトの準備を始めている。

 今回、タイトルバック前の冒頭シーンは、マルボー化粧品社長・大高長太郎(森繁)の夢から始まる。秘書課社員・中沢英雄が操縦士のセスナ機「空飛ぶ社長室」に、祇園の芸者・香織(団令子)を「看護婦」に仕立てて、空のアバンチュールと洒落込んだら、飛行機が不時着。大変なことになる。

 前作のラストで九州への浮気旅行が、アメリカ人の実業家・ポール花岡(藤岡琢也)と営業部長・富田林(小沢昭一)により滅茶苦茶になり、挙句に社長夫人・悦子(久慈あさみ)が唐津のホテルにやってきて、散々な目にあった大高社長。そのトラウマが夢となる。

 「男はつらいよ」の「寅さんの夢」がスタートするのは、この年の11月15日公開の第二作『続男はつらいよ』(山田洋次)から。劇中の「夢」ということでは、『社長外遊記』(1963年)のラストに、ハワイで森繁社長が新珠三千代のマダムに迫られる「夢のような夢」以来。この年の正月封切り、『喜劇大安旅行』(松竹・瀬川昌治)ではフランキー堺が劇中に見る、新珠三千代との逢瀬の「夢」が大好評。松林の弟子でもある瀬川作品ではこうした「夢」が定番だった。ともあれ「社長シリーズ」では珍しく「夢」から始まるのは、今観ると「寅さん映画」的展開で楽しい。

 夢から醒めると、毎度おなじみの社長宅の朝食シーンとなる。娘・悦子(岡田可愛)は全学連デモ隊救護班で大はりきり、大高社長は負傷学生のモデルで包帯を巻きつけられて大いにクサる。

 マルボー化粧品では、宣伝部長・西条隆(小林桂樹)による男性化粧品「アタック」宣伝戦略が功を奏して、売上倍増。宣伝モデルとなった社長秘書・中沢は、街を歩けば女の子に黄色い声をかけられるほどの人気者に。

 中古のセスナ機に乗り込んで、大阪本社に通う大高社長と一緒に、西條部長、総務部長・石山剛造(加東大介)、営業部長・富田林が「空飛ぶ社長室」で早朝会議を続けていた。そんな大高社長の浮気が気になる妻・悦子は監視体制を強化。

 かねてから病気療養中の大社長・梅原貫之助(東野英治郎)は、大阪本社の時期社長に大高社長に任命。それにともない、マルボー化粧品は、西条部長が社長代理となる。社長代理となった小林桂樹が、小沢昭一のC調な営業部長にハッパをかけられ、連日接待攻勢で銀座通い、面白くないのは、西条の妻・栄子(司葉子)。

そうしたなか、パイロットの中沢に万が一のことがあってはいけないと、中沢を社長宅に住み込ませてしまう。困ったのは中沢。西条部長の妹・章子(内藤洋子)とは、ただでさえすれ違いで、その交際に赤信号が灯っている。社長宅に軟禁状態となった中沢が、SOSを発するも、頼みの綱の西条部長は、妻・栄子(司葉子)との夫婦喧嘩でイライラして、中沢の相手をしない。

 かつて小林桂樹の秘書課長の悩みが、そのまま若手の関口宏の悩みへとシフトされている。こうしたルーティーンの笑いを重ねながら、今回も強烈なのがポール花岡と富田林部長のエスカレートぶり。

 ポール花岡は、なんと新婚の美人妻・メリー花岡(キャシー・ホーラン)を連れて来日。すっかり女房の尻の下に敷かれて愛妻ぶりを発揮。演ずるキャシー・ホーランは、『社長行状記』(1966年)のチオール夫人役を演じた人。『宇宙大怪獣ギララ』(1967年・松竹・二本松嘉瑞)、『吸血鬼ゴケミドロ』(1968年・佐藤肇)、『昆虫大戦争』(1968年・松竹・二本松嘉瑞)、日米合作『緯度0大作戦』(1969年・本多猪四郎)、『ガンマー第3号 宇宙大作戦』(1968年・東映・深作欣二)と、この時期の特撮映画に次々と出演している。

 シリーズの節目に登場してきた東野英治郎は、俳優座を創設し新劇を牽引してきたベテラン俳優。この年の8月、TBS系でスタートする「ナショナル劇場 水戸黄門」では水戸光圀を演じ、お茶の間の顔となる。

 いつもの展開に、小林桂樹の社長昇進へのカウントダウンが物語のテンションを上げていく。内藤洋子と関口宏のフレッシュなカップルも、明朗喜劇に相応しく、1969年という時代を体感させてゆく。二人がデートでゴーゴークラブに行く。サイケムードの若者たちが踊っている。ここで中沢の愛の告白となるのだが、大音量にかき消されてしまい、中沢の言葉が伝わらない。ゴーゴー=騒音。というこの頃の大人の感覚がそのまま笑いとなる。

 大団円、大社長の復帰パーティで、正式に大高社長は大会社の社長が決まり、西条社長代理がマルボー化粧品のトップとなるところで映画が終わる。つまり、次作『社長学ABC』への伏線である。昭和30年代から40年代にかけて、日本の高度経済成長とともにあった「社長シリーズ」のフィナーレがそこまで近づいていた・・・。



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