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『赤いハンカチ』(1964年・日活・舛田利雄)

 あの娘は俺の歌に生きている・・・・裕次郎の激情と怒りの拳銃が炸裂する堂々のアクション・ロマン!!

製作=日活/東京地区封切 1964.01.03 8巻 2,678m 98分/カラー/ワイド/併映:12.26 ~ 光る海・1.12 ~ 東海遊侠伝

 裕次郎映画に傑作、佳作数あれど、その頂点の一つが『赤いハンカチ』(64)だろう。昭和37(1962)年10月にリリースされたヒット曲「赤いハンカチ」を主題歌にしたいわゆるムード・アクションだが、舞台となる港町=横浜、主人公をめぐる過去、浅丘ルリ子と裕次郎の共演、それぞれの要素が巧みに絡み合って、深い情感を湛えた傑作に仕上がっている。

 この“ヒット曲から映画を”という企画は、『嵐を呼ぶ男』(1957年)などのヒットメーカー、児井英生らしい発想。それを単なる、歌謡映画ととらえずに、大人の裕次郎映画を成立させてしまう、舛田利雄の豪腕も素晴らしい。かつて宍戸錠さんと「日活アクションのベストは何か?」という談義をしたときに、迷わずベストとして挙がったのがこの『赤いハンカチ』だった。この映画は、ロマンチシズムがあり、主人公のアイデンティティの喪失と回復、挫折と復活、そして男と女の永遠に交わる事のない深い心の傷が、情感タップリに描かれている。

 封切られたのは昭和39(1964)年1月3日。裕次郎は前年の正月に石原プロモーションを設立、第一作『太平洋ひとりぼっち』(1963年・市川崑)を発表。名実ともに充実していた時期。『錆びたナイフ』(1958年)、『赤い波止場』(1958年)と裕次郎映画の傑作を作り上げてきた舛田利雄を監督に迎え、数多い舛田のフィルモグラフィの中でも代表作の一本となった。

 主人公をめぐる過去と、自己回復のための現在の戦いは、裕次郎映画のモチーフであり、昭和30年代末から40年代にかけて連作された裕次郎=ルリ子の“ムード・アクション”でさらなる発展と完成を遂げたといえるだろう。

 物語は四年前にさかのぼる。麻薬組織の容疑者・平岡老人(森川信)が、刑事・三上次郎(裕次郎)と同僚の石塚武志(二谷英明)によって逮捕される。三上は平岡の娘・玲子(ルリ子)と、平岡の拘留のことで知りあいになる。事件の真相が明らかにならないまま、平岡を護送しようとした石塚が拳銃を奪われ、三上は同僚を救うために平岡を射殺してしまう。

 ファーストシーン。三上刑事と平岡玲子が初めて出会う冬の朝。家の玄関先でみそ汁を差し出す玲子。おいしそうにすする三上刑事。「うまい。ヘソまで暖まる!」。リリカルな名場面である。ところが次に二人が逢うシーンでは、三上次郎は玲子の父を射殺した仇になる。厳しい目つきの玲子。「過失? そういえば、あなた自分を許せるのですか!」。

 それから四年。三上次郎は事件を機に、刑事を辞めてダム工事の作業員となっている。そんな三上を、事件の真相を調べている土屋警部補(金子信雄)が執拗に追い回す。自分を許すことのないまま、過去を封印し、償いの気持ちで生き続ける三上は、土屋警部補の誘いもあって横浜に帰ってくる。

 山下町のホテル・ニューグランドの前で三上が目にしたのは、刑事を辞め実業家として成功している石塚と、なぜかその妻になっている玲子の姿だった。ホテルを見上げる三上と、窓から彼を見つめる玲子。そこから映画は三上が失った四年間を取り戻すドラマと、事件の真相をめぐるミステリーとして展開していく。

 もはや玲子は、味噌汁を差し出した少女でも、父の死を恨む憎悪に燃えた娘でもなかった。洗練された人妻なのだ。石塚はニヒリストの実業家になっている。『赤いハンカチ』を傑作たらしめているのは上質のミステリーということだけではなく、裕次郎とルリ子、そして二谷をめぐる三角関係のメロドラマであり、さらには主人公が自己回復のため、失った時間を取り戻すために孤独な戦いを続けるドラマでもあるからなのだ。

 音楽を担当したラテンギターの名手・伊部晴美のギターが哀切なメロディを奏でるタイトルバック。ニヒリストになっている旧友。そしてラストの多摩霊園のシーン。お気づきのように『赤いハンカチ』は、キャロル・リードの名作『第三の男』(1949年・イギリス)をモチーフにしている。裕次郎=ジョセフ・コットン、二谷=オーソン・ウエルズ、ルリ子=アリダ・ヴァリ、金子信雄=バーナード・リー。

 しかし、他の日活アクション同様、それはあくまでもモチーフの出発点にしか過ぎない。失われた四年間を取り戻そうとする裕次郎と、現在を生きるルリ子のメロドラマは哀切だ。クライマックス、横浜のホテルで、逃亡者となった三上と玲子が抱きあう。「よかった。」ただそれだけを言い、熱いキス交わす二人。しかし三上は「今じゃない。」と体を離す。「男には忘れることができないことがある。これが済むまで、俺は君を抱くことさえできないんだ」。名手、山崎巌と舛田によるシナリオのセリフ一つ一つが胸を刺す。

 やがて、四年前の事件があった警察の中庭で明かされる真相。なぞ解きの面白さもさることながら、裕次郎・二谷・ルリ子の関係を含めてのドラマの決着は見事だ。千葉和彦によるセットデザインも素晴らしい。この中庭のセットのクライマックスは『赤いハンカチ』の重要なポイントとなる。ファースト・シークエンスの事件と呼応するラスト・シークエンス。

 全てが終わっても、玲子と三上は再び結ばれることはない。三上の「今」は永遠に訪れないのだ。孤独の影を引きずりながら、裕次郎が去ってゆくラスト・ショットの哀切さ。この作品の成功が、ムード・アクションというジャンルにさらなる拍車をかけ、大人のための裕次郎映画が成熟していくこととなる。

日活公式サイト

web京都電影電視公司「華麗なる日活映画の世界」

佐藤利明「石原裕次郎 昭和太陽伝」(アルファベータブックス)







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