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大映「黒シリーズ」全11作(1962〜1964年)


1962(昭和37)年から1964(昭和39)年にかけて連作された「黒シリーズ」。第1作『黒の試走車』のヒットを受けて、産業スパイもの、社会派ミステリーとして次々と作られたが「黒」はあくまでも興行の効果を狙ったもので、共通する明確なフォーマット、テーマはなく、高度成長を邁進していくなか、同時に映画が斜陽になりつつあるなかに作られている。ハイペースで作られているので、わずか二年の間の、時代の微妙な変化、東京五輪に向けた東京風景の変化も味わえる。この時期、大映では『背広の忍者』(1963年・弓削太郎)『密告者』(1965年・田中重雄)『真昼の罠』(1962年・富本荘吉)、大御所の山本薩夫による産業スパイ映画の佳作『スパイ』(1965年)などが作られている。

1962.07.01 黒の試走車 増村保造

増村保造『黒の試走車』(1962年)。10代の頃「日本映画名作劇場」(12ch)でカセットに録音、何度も聴いていたのでセリフが次々と甦る。『巨人と玩具』(1958年)と並ぶ「ハードな企業もの」として東宝サラリーマン喜劇と対称的な非情な世界に、当時夢中になった。高松英郎が抜群!

この映画で、10代のワタシは菅井一郎、見明凡太朗といった俳優を知り、叶順子サマに夢中になった。読唇術も本作と『クレージー大作戦』(1967年)で知りました。かつての同僚、船越英二を甘言で誘導してついには追い詰めていく高松英郎の残酷さ。その非人間性に対して、それまで高松英郎に隷属してきた田宮二郎が、人間らしい行動に出る。このクライマックスの苦さに続く安堵感。何度見ても、田宮二郎と叶順子が手を繋ぐラストに救われる。

1963.01.13 黒の報告書 増村保造

第2作『黒の報告書』(1963年・増村保造)。宇津井健の地方検事が、会社社長殺人事件を捜査。明らかな犯人・神山繁を逮捕するも否認。辣腕弁護士・小沢栄太郎の狡猾な遣り口で、叶順子サマたちの証言が次々と覆される。敵も味方も「ザ・ガードマン」なキャスティング。これまた傑作!ベテラン刑事・殿山泰司が抜群! 今回、高松英郎は頼もしき先輩検事でひと安心。

前年に作られた堀川弘通『白と黒』(東宝)とともに、60年代法廷ものとしては大傑作。ヤングエリート検事・宇津井健が渾身の捜査により事件の核心まで辿り着くが、その性善説、理想主義を過信したために、法廷で辛酸をなめることに。被害者の兄で町工場経営・上田吉二郎も、被害者の愛人だった叶順子も、最初は「敵討をして欲しい」とジャスティスを求めるが、金が仇の世の中では…。狡猾な小沢栄太郎弁護士の悪辣さに、状況は最悪なものとなって… といったプロセスが面白く、ラストの苦さと、希望のカタルシスは、前作同様。イイ映画です。

1963.03.15 黒の札束 村山三男

シリーズ第3作、村山三男監督『黒の札束』(1963年)。冴えないサラリーマン・川崎敬三がリストラのピンチに。そこへ出入りの印刷業者・見明凡太朗から「ニセ札を捌かないか」との甘言。気の弱い男が起死回生を狙って、恋人・三条魔子が工面した100万円を元手に「ニセ札」で一儲けを企てるが…

主人公のダメさ加減がイイ。最初は一人で1000万のニセ札に、ナンバリングをして捌こうとするも、効率の悪さに気づいて、学生運動崩れの友人・高松英郎に共犯を持ちかける。さらにその妻・宮川和子、その愛人・杉田康まで一味に加わる。ピカレスク犯罪映画なのだけど、緻密なようでいて、穴だらけ。

それぞれの性格が、犯行の綻びになっていく。クールな犯罪ものではないのがいい。しかも川崎敬三がぶれまくる。恋人が浮気しているのではと妄想したり、悪夢をみたりホントに緻密な犯罪計画には向いてない男。むしろ捜査陣の方がしっかりしている。前2作のクールさから一転。

犯罪は引き合わないのセオリー通り、些細なことから綻んで、最後はやっぱり、なのだけど、川崎敬三のダメダメな感じが最大限に活かされている。大辻司郎の警官が、2シーンほど出てくるのだけど、コメディリリーフとして見事。杉田康のスーダラ男ぶりもイイ。

1963.06.08 黒の死球 瑞穂春海

第4作『黒の死球』(1963年・瑞穂春海)。この頃、ハイペースで作られていて、題材もさまざま。今回はプロ野球のスカウト・河野秋武が長野の山中で怪死。自殺か他殺か? かつて彼のスカウトでプロ入りをするも挫折、今はライバル球団のスカウトになっている宇津井健が、被害者の娘・藤由紀子とともに、その真相を調べるが・・・

最初は自暴自棄でダークな宇津井健が、次第に正義漢となっていくあたり、もう少し主人公が魅力的なキャラクターだったらなぁとも。

題材はプロ野球のスカウト合戦、札束が飛び交う世界を描きつつ、オーソドックスな推理もので、事件の鍵を握る高校野球の監督・神山繁、将来を嘱望された高校球児・倉石功たちの「思わせぶり」が観客をミスリードしていく。長野ロケーションがなかなか面白く、ローカリズムも味わえる。が、最初の三作に比べると、事件も、闇も、どんでん返しも、アベレージ。瑞穂春海監督だし(笑)。

1963.09.07 黒の商標 弓削太郎

第5作『黒の商標(トレードマーク)』(1963年・弓削太郎)。今回は、邦光史郎「仮面の商標」を、「警視庁物語」シリーズの長谷川公之が脚色。繊維メーカーの調査員が、出張中の特急で何者かに刺殺され、それが大阪での偽造商標事件に関係があると睨んだ、後輩・宇津井健が調査に乗り出す。というわけで、「産業スパイもの」ではあるが、どちらかというと「駅前シリーズ」的な世界での「パチモン」商売でのしあがっていくための犯罪でもあり。

宇津井健の調査に協力する「関西の業界情報通」浜村純が行方不明となり、その娘・藤由紀子が疑惑のスーパーに潜入就職したり。フォーマットは「黒のシリーズ」的な「産業スパイもの」なのだけど、やっぱり「駅前シリーズ」みたいな商店の世界というのが面白い。色々アベレージなのだけど、高度経済成長期の商戦を適度にカリカチュアしていて、時代の雰囲気を味わうには最適でもあります。

1963.11.30 黒の駐車場 弓削太郎

シリーズ第6作、弓削太郎『黒の駐車場』(1963年)。なかなか面白かった。黒岩重吾原作「廃墟の唇」を星川清司、石丸愛弘が脚色。前作『黒の商標』に続いて弓削太郎監督作品。

今回は製薬メーカーと下請け会社の新薬開発をめぐる事件。大手メーカーの営業部長・見明凡太朗が自殺。その死に疑問を抱いた下請け会社の社長・田宮二郎が、恋人でかつて見明の秘書だった藤由紀子とともに、真相をさぐることに。

という、いつものパターンだが、新薬開発の情報で株価を釣り上げて儲けようとする財界の悪党・小沢栄太郎の暗躍、そしてライバル製薬メーカーの社長・中田康子のあの手この手。企業者としても面白く、田宮二郎が元ヤクザで、見明と出会って改心、今では中小企業の社長になっているという設定により、田宮二郎の行動原理がはっきりして、アクション・ミステリーとして不自然ではない。

何よりも田宮が生き生きとしていて、観ていて気持ちがいい。見明凡太郎は、男やもめでバーのホステス・加茂良子と内縁関係。事件の鍵を握る彼女に、田宮が呼び出されるのが地下駐車場。それがタイトルの所以でもある。

財界人・小沢栄太郎が、見明の会社の社長となり、それが発端となり事件が次々と起こる。大手と下請け会社の関係と、勤勉な見明と、その生き方に感化されてヤクザの足を洗った田宮二郎の関係。それがドラマを面白くしている。個人的には第3作『黒の札束』に続いてのお気に入りに。

1964.02.01 黒の爆走 富本壮吉

シリーズ第7作、富本壮吉監督『黒の爆走』(1964年)。今回も田宮二郎&藤由紀子コンビの主演。これまで「企業サスペンス」だったシリーズで、サラリーマンや社長が殺人事件の真相と闇を追うというフォーマットだったが、今回、初めて捜査するのが警官。田宮二郎は血気盛んな白バイ警官。

スピード違反をしている「音キチ」(カミナリ族→音キチ→暴走族と時代ともに呼称が変わる)を追跡中、団地の児童公園に逃げ込んだバイクが子供を轢き逃げしてしまう。田宮が追い詰めた結果なのであるが、子供の容態が悪くなるなか、田宮は犯人を逮捕しようと単独捜査を始める。

これまでは「素人」のサラリーマンが捜査するのが新味だったが、今回は上司の命令や捜査本部のルールを無視して、休日にバイク好きが集まる「テック」などで独自の捜査をしてしまう。いわば警官の「素人」(笑)いくら義憤にかられたとはいえ、それは問題行動でしょう?とツッコミも入れたくなる。

だけど、この頃の田宮二郎は俳優としてもキャリアを重ねていてスターの威光がバンバン出ていてかっこいい。バイクに乗ってもサマになる。で、案の定、犯人グループから「ツーリング」参加への打診がある。元・オートレースの選手で今は、盗品バイクの転売グループの運び屋をしている千波丈太郎!たち。

大阪への陸送を手伝うことになった田宮は警察手帳と手錠を隠し持ってツーリングへ。「ザ・ガードマン」のエピソードみたいな物語だけど、緩急の富本演出が楽しめる。藤由紀子の仕事はレコード店の店員。『エレキの若大将』(1965年)の澄ちゃん、『愛と死の記録』(1966年)の小百合ちゃんの先取り!

藤由紀子の兄は、田宮の親友の刑事・藤巻潤。田宮の爆走を止めようとj必死に「警官の倫理」を諭すが、全くごもっともである。カミナリ族に潜入して真犯人を探す、というパターンは日活の『事件記者 狙われた十代』(1960年)でも、沢本忠雄がやっていたが、敵方に悟られないように「カッコいい若者」「反抗的な青年」を演じないといけない。

その点、田宮二郎は不良上がりを匂わせつつ、ダンディズムが同居しているので、???な展開にも妙な説得力を持ってしまう。ロケーション的には、ライダーたちが集結するのが、隅田公園。東武線鉄橋と言問橋の間あたり。現在の墨田区役所の裏側。

一味のライダーには、前作にも出ていた工藤堅太郎。ダイナマイト・ジョー直前の演技が楽しめる。で、前作でもいい味出していた大辻司郎が、田宮二郎のアパートの隣人仲間で、さらにイイ味を! 第1作のハードさはすっかりなくなったけど、それなりの面白さ。これぞ量産プログラムピクチャーの味!

1964.04.04 黒の挑戦者 村山三男

シリーズ第8作にして初のカラー作品。村山三男監督『黒の挑戦者』(1964年)。前作で田宮二郎のヒーローが白バイ警官となり、本作では敏腕弁護士ながらプレイボーイで、ダンディ、ほとんどハードボイルド小説の探偵のように大活躍。

ここまで来ると「企業サスペンス」「社会派」シリーズではなくなってフツーの大映アクションに(笑)島田一男「屍蝋の市場」を松浦健郎と石松愛弘が脚色。雪の夜、お茶の水にほど近い(おそらく湯島)のホテルで男性が殺され、その恋人・紺野ユカがバルコニーから突き落とされる。瀕死の彼女が電話をしたのは、敏腕弁護士・田宮二郎。死者からの依頼を受け、捜査を開始。

事務所の助手は可憐な坪内ミキ子。田宮の長年の友人に捜査一課のベテラン刑事・山茶花究。ファムファタールは久保菜穂子。暗黒組織の秘密パーティに潜入した田宮の前で、次々と死者が… というわけでハードボイルド探偵そのものでタフな戦いが展開。「黒のシリーズ」と思わなければ、フツーに楽しい。

一番良かったのは、浜口庫之助の音楽。どのシーンもいちいち素晴らしい。ハマクラ先生の鼻歌がピアノになり、それがサントラに昇華している感じ。エロチックなシーンはセクシーに、コミカルなシーンはとぼけた味。ハマクラ先生が楽しんで作曲しているのがよくわかる。

1964.06.20 黒の凶器 井上昭

シリーズ第9作・井上昭監督「黒の凶器」(1964年)は、梶山季之原作の久しぶりの「産業スパイもの」。大阪の家電メーカーの工員・田宮二郎が、ホステス・浜田ゆう子に籠絡されて、彼女の言うがまま新型テレビの秘密を漏らしてしまう、ところから始まる。それを上司・根上淳に咎められ解雇される。

全てを失った田宮二郎は、産業スパイになって、復讐を果たすことを決意。3年後、見違えるほどスマートでクールな産業スパイとなった田宮は、かつて自分を落とし入れた企業に牙を向く。

この頃、007映画を中心に空前のスパイ映画ブームが巻き起こっていた。本作の「産業スパイ」は、ジェームズ・ボンドみたいなスーパー・エージェントとして描かれている。小型カメラ、マグネット式ワイヤーレコーダー、ライバル企業の重役宅にお手伝いさんとして送り込み情報収集。田宮二郎はフリーランスの産業スパイとして暗躍。ベンツに乗って活動。「スパイ」の語感だけで、産業スパイを諜報員みたいに描いている。

しかもクールなタッチで、立派なスパイ映画になっているのがイイ。これぞ虚構の魅力。やがて田宮は、かつて自分を陥れた敵のスパイ・浜田ゆう子と再会。裏切り、裏切られてきた二人は愛し合うことも出来ない!
まさに「キイハンター」の主題歌「非情のライセンス」の世界である。

虚構の世界だから、大阪ロケもまるでベルリンかニューヨークか、外国みたいに見える。これぞ田宮二郎のダンディ・マジック!近鉄パノラマカー、建設中の千里ニュータウン。ラストの近鉄なんば駅はまるでローマのテルミナ^_^ しかも敵の重役は金子信雄!ボンドガールにあたるのは若松和子に紺野ユカ!

第一作『黒の試走車』は企業間の熾烈な情報戦をリアルに描いていたが「黒の凶器」では、スパイアイテムや女性の口説きなど産業スパイの虚構性いかにカッコよく描くかにシフト。それが面白い。社会風刺や深いテーマなどはなく、ひたすらカッコいい。そこまでやるか!を含めて、和製スパイ(産業だけど)映画の快作。

1964.07.25 黒の切り札 井上梅次

シリーズ第10作、井上梅次監督登板!『黒の切り札』(1964年)を投影。長谷川公之オリジナル脚本だけど、ちゃんと「梅印」が入っている。北村寿太郎演じるヤクザのボスがシナリオでは「郷田六造」となっているけど、本編では「難波多(なんばだ)」に。これは、石原裕次郎『明日は明日の風が吹く』(1958年)で、二本柳寛が演じた敵対するヤクザ・難波田のリフレインでもあり、それだけでマルチバース感あり(笑)

これも「黒の〜」はタイトルだけで、完全に井上アクションに。財界の巨悪・内田朝雄、浮貸しで儲けている信用金庫理事・村上不二夫、ヤクザ・北村寿太郎に、それぞれ親や親分を殺された三人の男。田宮二郎、山下洵一郎、待田京介が復讐のためのあの手この手。復讐劇だけどチームもの、作戦ものになっているのが面白い。

さらに元法学部の学生で今はサックス吹きになっている田宮のかつての親友・宇津井健も登場。音楽に挫折して今は青年・検事として理想に燃えている宇津井は、巨悪の犯罪を法で裁こうと捜査。田宮は法で裁けないなら俺たちがやると暗躍。かつての田宮の恋人・藤由紀子は、今、宇津井の婚約者となっていて…

これも井上監督らしい状況。で田宮チームの作戦が、のちの「ハングマン」的でもあり。ああ、井上監督は『黒の切り札』の成功事例を「ハングマン」に活かしたなぁと。いつもながらの発見もあり(笑)面白いのは、クライマックス。箱根(とは言ってないけど)の、内田の山荘に、三人が乗り込む展開。

山頂まではロープウェイしかない。つまり『女王陛下の007』(1969年)の先取りで、アクション映画的にはかなりアガる。大映特撮もふんだんだが、田宮たちの身体を張ったアクションも楽しめる。ここで梅ちゃんらしいスケールアップ。しかもボンドのように窮地に陥った、田宮たちを宇津井健がヘリコプターで救出に来るのだ!ダイナマイトを使ったクライマックスはなかなか楽しかった。日活風・大映アクションの快作!

なんと言っても音楽がいい。日本のテディ・ウィルソン、ジャズ・ピアニストの秋満義孝のジャジーなサウンドが、田宮二郎のかっこよさと相俟って実にクール!

1964.10.31 黒の超特急 増村保造

大映名物「黒シリーズ」最終作、原点に戻って梶山季之「夢の超特急」を増村保造が映画化した『黒の超特急』(1964年)を三十年ぶりに。脚色は増村保造と白坂依志夫。これは本当に面白かった。岡山で親の財産を株で食い潰した野心家・田宮二郎が、調子の良いブローカー・加東大介の甘言葉に乗せられて、工場用地を買収。

わずかのリベートで誤魔化されるも、その土地が西日本の新幹線用地だと知り、加東大介に復讐しようと上京。新幹線公団理事・船越英二、秘書・藤由紀子たちを辿るうちに、汚職の構造が見えてきて、ならばと彼らを強請ることに。

特に藤由紀子は相当な悪女で、カネ(病気の母の治療費なのだけど)の為なら手段を厭わないファム・ファタール。彼女が素晴らしい。田宮と手を組んで、加東大介、船越英二、その義父で大物政治家・石黒達也に牙を向く。登場人物全員悪人! 田宮と藤が謀議をする安ホテルのシーン。

二人ともドスの利いた低い声で喋る。増村演出がいい。なんといっても加東大介。これまで演じてきた抜け目のない小悪党の集合体というか「完全体(デストロイアか!・笑)」で、悪いのなんの。開き直り方、ビビり方、ふとした表情に、この男の救いのない性格が垣間見える。

救いのない展開なのだけど、田宮二郎の悪党ぶりが、田舎の野心家というより、いつものダンディズムが感じられて、実に魅力的。シリーズでは第1作『黒の試走車』(1962年)と並ぶ傑作となった。


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