『踊るニュウ・ヨーク』(1940年2月9日・MGM・ノーマン・タウログ)
シネ・ミュージカル縦断研究。MGM名物「ブロードウェイ・メロディ」シリーズ第4作’’Broadway Melody of 1940"『踊るニュウ・ヨーク』(1940年2月9日・ノーマン・タウログ)を米盤DVDでスクリーン投影。第2作『踊るブロードウェイ』(1935年)で華々しく主演デビューを果たしたエレノア・パウエルもMGMのトップスターとなって5年。第3作『踊る不夜城』(1937年)でMGM入りしたジョージ・マーフィーに加え、今回はレジェンド、フレッド・アステアを主演に迎えた豪華版。しかも当初はテクニカラーで撮影される予定だったが、第二次大戦の情勢によりカラー製作は見送られた。日本では昭和15(1940)年8月、アメリカ公開の半年後に封切られた。
”クィーン・オブ・タップ”エレノア・パウエルと、”キング・オブ・タップ”フレッド・アステアの組み合わせは、最高の企画である。アステアとしては、1933年の『ダンシング・レディ』以来、7年ぶり、RKOでのジンジャー・ロジャースとの一連のヒット作を経てのMGMへの出演。クラーク・ゲイブルとジョーン・クロフォード主演のバックステージものへのアステア自身の客演だったので、MGMでの初主演作となった。
しかも音楽の作詞・作曲は、コール・ポーター‼️ クライマックス、アステアとパウエルが”Begin the Beguine”「ビギン・ザ・ビギン」をデュエットでタップを踊るシーンは『ザッツ・エンターティンメント!』(1974年・ジャック・ヘイリー・ジュニア)に収録されていて、当時、丸の内ピカデリーでの70ミリ上映を、小学生の時に観て圧倒された。僕このとき、コール・ポーターの「ビギン・ザ・ビギン」を知り、いつかは『踊るニュウ・ヨーク』を観たいとずっと思っていた。
プロデューサーのジャック・カミングスは、アーサー・フリード、ジョー・パスタナックとともに1940年代から50年代のMGMミュージカル黄金時代を築いた。1920年代に叔父のルイス・B・メイヤーを頼ってMGM入り。1934年にBクラスの作品のプロデューサーとなる。その後、マルクス兄弟、レッド・スケルトン、エスター・ウィリアムズ、フレッド・アステア作品を手がける。『踊るアメリカ艦隊』(1936年)、『踊る不夜城』(1938年)、『踊るホノルル』(1939年)とエレノア・パウエル主演のミュージカルを連続して手がけていた。
ジャック・カミングスの功績といえば、なんといっても1953年、コール・ポーターのヒット・ミュージカルの3D映画化『キス・ミー・ケイト』(ジョージ・シドニー)、初のスコープ作品『掠奪された七人の花嫁』(スタンリー・ドネン)を製作した。コール・ポーターとは深い付き合いがあり、1960年には20世紀フォックスで『カンカン』(ウォルター・ラング)をプロデュース。その後、MGMに戻ってエルビス・プレスリーの『ラスベガス万才!』(1964年)などを手がけている。
ジャック・マクゴワンと共に原案にクレジットされているドア・シャリーは、MGMのプロデューサー、脚本家で、ミッキー・ルーニーとスペンサー・トレイシーの『少年の町』(1938年)でアカデミー原案賞を受賞。のちに1948年から1956年にかけてMGMで製作部門のチーフを務めることになる。
フレッド・アステアとエレノア・パウエルのダンスを全面に打ち出し、二人のロマンスがドラマの主軸になるので、どうしてもジョージ・マーフィは損な役回りなのが残念。
だがアステアとの”Please Don't Monkey with Broadway”のデュエット・タップや、エレノア・パウエルとの”Between You and Me”で、ジョージ・マーフィのダンサーとしてのうまさを堪能することができる。ジョージ・マーフィはナイト・クラブのダンサーからキャリアを重ねて”ソング・アンド・ダンスマン”として『踊る不夜城』(1937年)で本格デビュー。サイレント時代にも俳優として数本の映画に出演していた。1952年に50歳で俳優を引退して、政治家に転身、ロナルド・レーガンと共にハリウッドきってのタカ派、生粋の共和党員でのちに上院議員となった。
ジョニー・ブレット(フレッド・アステア)とキング・ショー(ジョージ・マーフィ)は、ブロードウェイで長年コンビを組んでいる”ソング・アンド・ダンス”チーム。ジョニーは、インスタント結婚式の介添役の副業もしており、二人はダンス・ホールのアトラクションで踊っているが、仕事は払底中。トップシーン、ダンス・ホールで、トップハットにホワイトタイ、ステッキ片手に、”Please Don't Monkey with Broadway ”(コール・ポーター)をダイナミックに踊る二人。まさにマシンガンのようなタップで、アステアに引けを取らないジョージ・マーフィのうまさが堪能できる。
ジョニーは、ブロードウェイでトップスターとなったクレア・ベネット(エレノア・パウエル)に夢中で、今日も新作舞台でのスペクタクル・ナンバー”All Ashore ”を観て、そのダンスに惚れ惚れ。
エレノア・パウエルの”All Ashore”は、コール・ポーターの楽曲ではなく、MGMで数多くのミュージカル編曲を手掛けていたロジャー・イーデンスのオリジナル。いつもはエレノア・パウエルのソロがクライマックスのプロダクション・ナンバーとなるが、今回はアステアとの共演がメインなので、トップにソロを持ってきている。水兵たちを従えて、いつものクルクル回るルーティーンのソロが展開。なんとも贅沢な使い方!
ダンス・ホールでのジョニー・ブレットとキング・ショーのダンスを観た、クレア・ベネットの新作舞台の出資者であるボブ・ケイシー(フランク・モーガン)は、ジョニーのダンスに驚嘆。しかし自己紹介で、ジョニーがキング・ショーの名前を名乗ったために、ボブ・ケイシーはキング・ショーに出演依頼をしてしまう。この取り違えが大騒動になっていく。
この前の年に『オズの魔法使』(1939年・ヴィクター・フレミング)でオズの大魔王とドクター・マーベルを演じたフランク・モーガンが、本作のトラブル・メイカーでコメディ・リリーフ。ボブ・ケイシーは、いつも連れている若い娘・エイミー・ブレイク(フローレンス・ライス)が、自分の財産目的であることを知っているので、彼女に買い与えた白い毛皮のコートを、持って行かれないように戦々恐々としているのがおかしい。
さて、ひょんなことからクレアの相手役でブロードウェイの檜舞台に立つことになったキング・ショーは、急に慢心し始める。しかしジョニーは、浮かれて地に足がついていないショーのサポートをして、振り付けのアドバイスなどをする。アステアはどこまでもいい人なのである。それゆえ、自分の限界を知っているキング・ショーは、不安から酒に溺れ始める。
ショーの演出家・バート・C・マシューズ(イアン・ハンター)は、どこまでも厳しくその指導は容赦ない。キング・ショーは、クレア・ベネットとのデュエット”Between You and Me ”(コール・ポーター)を見事にこなして、誰をも安心させる。このナンバーが、ジョージ・マーフィの見せ場。『踊る不夜城』でも息のあった名パートナーだったエレノア・パウエルとジョージ・マーフィのプロダクション・ナンバーは、巨大なセットの随所に坂道があり、二人が踊りながらスーッと滑っていくルーティーンが見もの。これもクライマックスにあってもおかしくない完成度のダンスである。
リハーサルを重ねるうちに、キング・ショーは次第に慢心していく。ある晩、クレアはショーとのデートの予定だったが、演出家・バートのアドバイスでクレアはデートを断ってしまう。やけ酒を飲みに行くショー。すぐにクレアは「やっぱり出かけましょう」と電話を入れるが、出たのがジョニー。しかもジョニーはクレアへの想いを断ち切れずに「愛してる」と告白してしまう。
その翌日、二日酔いのショーはリハーサルに遅れて、ジョニーが現場でなんとか取りなす。昼休憩となり、ジョニーはステージのピアノを弾きながら、クレアへの想いをこめて”I've Got My Eye on You”を唄う。楽譜の表紙にはクレアの顔写真をパートナーに、クレアが置いて行ったパフの入ったボールを、ピンポン球のように扱いながら踊るジョニー。アステアの囁くような歌声、ソフトタッチのピアノ。エレガントなソロダンスに、ステージの片隅で観ていたクレアがうっとり。
ジョニーに好感を抱いたクレア。二人はランチに出かける。その店で語り合い、踊り始める二人。気を利かせた主人がジュークボックスにコインを入れて(コインは紐付き!)音楽を奏でる。ここでアステアとエレノア・パウエルの初デュエット”Jukebox Dance”(作曲:ウォルター・リュイック)となる。この時、アステアが踏むステップは、劇中、ジョニーがショーのために考えた変則ルーティーン。そのリズムが心地良く、クレアも合わせてステップを踏む。タップのキングとクイーンが踊るこのデュエットは、クライマックスへの期待を高めてくれる。
このシークエンスでクレアはジョニーに完全に恋をしてしまう。リハーサルに戻った二人の睦まじさに嫉妬したショーは荒れてしまう。しかもナイトクラブで出資者のボブ・ケイシーから「ジョニーとの取り違え」を聞かされる。いよいよ舞台の初日、ショーはやりきれなさから深酒をして、楽屋で泥酔状態。あと数分で幕が上がるのに… なんとかショーを正気にさせようとするジョニーだったが、舞台に穴を開けるわけにはいかないと、ショーの衣裳を着てステージへ。
舞台のトップ・シーンは、コール・ポーターが本作のために書き下ろした新曲”I Concentrate on You ”。覆面をした歌手(ダグラス・マクフェイル)が朗々と唄うなか、覆面をしたクレアの前に、覆面のジョニーが現れて、彼女を驚かせる。
「事情は後で説明する」とジョニーのリードで”I Concentrate on You ”を優雅に踊るクレア。アステアとエレノア・パウエルのデュエットはため息が出るほど素晴らしく。セットのゴージャスさと共に、観客を魅了したことだろう。クラシック畑のテナー歌手・ダグラス・マクフェイルはジャネット・マクドナルドの『桑港』(1936年)や『踊るアメリカ艦隊』(同年)や、ジャネット・マクドナルドの『君若き頃』(1937年)、”Sweethearts”(1938年)などでその歌声を披露している。
ジョニーの機転で初日は大成功。新聞の劇評も大好評となる。しかしショーは酔っ払っていたために、全く記憶がない。きっと自分がうまくやったのだと思い込んでいたショーに、クレアは真実を告げる。二日目の開演30分前、ショーは楽屋で泥酔。どうにもならない。クレアはブロードウェイの簡易結婚式場で、花嫁の介添アルバイトをしているジョニーの元へ。事情を話して、正式にジョニーがクレアのパートナーとして、いよいよプロダクション・ナンバー”Begin the Beguine”(コール・ポーター)の幕が開く。
この”Begin the Beguine”は二部構成になっていて、第一部は、カーメン・ダントニオのクラシック・スタイルの歌唱(吹き替えはルイス・ホドノット)で始まる。ここではスパニッシュ・スタイルのアステアとパウエルのダイナミックなデュエット・ダンスとなる。なだらかな砂漠の丘陵を思わせるセット。まさに華麗、流麗、惚れ惚れするスペクタクル・ダンスが展開される。
そして第二部が、当時全盛のビッグ・バンドによるスイングスタイル。ここでは頭に大きなリボンをつけたチェックのワンピースを着たコーラス・グループ”ミュージック・メイド”のご機嫌なヴォーカルから始まる。白いスーツのアステアと白い衣裳のパウエルの超絶タップが、ピカピカのリノリウム貼りのセットで繰り広げられる。『ザッツ・エンターテインメント!』で幼き日の僕を圧倒させた究極のデュエットダンスは、いつ観ても素晴らしい。1987年、パリの小さな映画館で、アステアの映画特集上映があり、そこで初めてのこの『踊るニュウ・ヨーク』の全編を観ることができた。このシーンになると、満員の観客のテンションが上がり、感性と拍手の嵐を体感した。
最高のナンバーが終わり、舞台の袖に、ジョニーとクレアが戻ると、なんとそこには正気のキング・ショーと演出家のバートが立っていた。実はショーはわざと酔っ払ったふりをして、親友のジョニーと、彼を愛するクレアのために身を引いていた。それを悟ったジョニーとクレアが、ショーを舞台へ連れ出し、三人でアンコール曲”I've Got My Eye on You ”を踊る。ジョージ・マーフィ、エレノア・パウエル、フレッド・アステアの三人によるこのシーンは本当に素晴らしい。コミカルで短いシークエンスだが、この三人のダンス・テクニックを堪能することができる。最高の幕切れである。
さて「ブロードウェイ・メロディ」シリーズは続いて、新人のジーン・ケリーとエレノア・パウエルを組ませて第5作が企画されたが、リハーサル中に、ジーン・ケリーがコロムビアでリタ・ヘイワースとの『カバーガール』(1944年)に出演することになり、プロジェクトは中止となる。その後、仕切り直しとして、ジョージ・マーフィ主演で、シリーズ初のカラー作品”Broadway Melody of 1944”が制作される。ジーン・シムズ、グロリア・デ・ヘイブン、ナンシー・ウォーカー、リナ・ホーン、そしてトミー・ドーシー楽団が出演して豪華版となったが、公開前に”Broadway Rhythm”『ブロードウェイ・リズム』(1944・未公開・ロイ・デル・ルース)と改題された。
【ミュージカル・ナンバー】
♪ブリーズ・ドント・モンキー・ウィズ・ブロードウェイPlease Don't Monkey with Broadway (1939)
作詞・作曲:コール・ポーター
*唄・ダンス:フレッド・アステア、ジョージ・マーフィ
♪オール・アショア All Ashore (1939)
作曲:ロジャー・イーデンス
*ダンス:エレノア・パウエル
♪君と僕の間 Between You and Me (1939)
作詞・作曲:コール・ポーター
*ダンス:エレノア・パウエル、ジョージ・マーフィ
♪アイブ・ゴット・マイ・アイズ・オン・ユー
Got My Eye on You (1939)
作詞・作曲:コール・ポーター
*唄・ダンス:フレッド・アステア
♪ジュークボックス・ダンス Jukebox Dance (1939)
作曲:ウォルター・リュイック
*ダンス:エレノア・パウエル、フレッド・アステア
♪貴方に夢中 I Concentrate on You (1939)
作詞・作曲:コール・ポーター
*タイトル・ミュージック
*唄:ダグラス・マクファイル
*ダンス:エレノア・パウエル、フレッド・アステア
♪ビギン・ザ・ビギン Begin the Beguine (1935)
作詞・作曲:コール・ポーター
*唄:カーメン・ダントニオ(吹替え・ルイス・ホドノット)、ミュージック・メイド
*ダンス:フレッド・アステア、エレノア・パウエル
♪アイブ・ゴット・マイ・アイズ・オン・ユー
I've Got My Eye on You (1939)
作詞・作曲:コール・ポーター
*唄(リプライズ):コーラス
*ダンス:フレッド・アステア、エレノア・パウエル、ジョージ・マーフィ
♪婚礼の合唱 Bridal Chorus (1850) from "Lohengrin"
曲:リヒャルト・ワーグナー「ローエングリーン」より
*簡易結婚式でのBGM
♪ウェディング・マーチ Wedding March (1843)
From "A Midsummer Night's Dream"
曲:メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」より
*簡易結婚式でのBGM(スイング・バージョン)
♪錨を上げて Anchors Aweigh (1906)
曲:チャールズ・A・ジンマーマン
*”All Ashore ”ナンバーのエンディングに演奏
♪波濤を超えて Sobre las Olas (Over the Waves) (1887)
曲:フベンティーノ・ローサス
*トリクシー・フリスキーのジャグリング芸のBGM
♪イルバーチョ”くちづけ” IlBacio
曲:ルイージ・アルディーティ
*シャルロット・アレンがソプラノでオーディションで唄う