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『美人劇場』(1941年・MGM・ロバート・Z・レナード)

 MGMミュージカル研究。RKOでアステア&ロジャース映画を製作していたパンドロ・S・バーマンプロデュースによる大作映画『美人劇場』(1941年・MGM・ロバート・Z・レナード)を、久しぶりに堪能。米盤VHS、LD、DVDも持っているのだけど、アマプラで字幕入りで配信されているのは有難い。この時代のミュージカル映画はプロジェクターでスクリーン投影すると、ゴージャスな画面設計が味わえる。大劇場での上映を想定してのスペクタクルなので「そこまでやるのか!」と驚嘆してしまう。

 原題は”Ziegfeld Girl”。ブロードウェイの大プロデューサー、フローレンツ・ジーグフェルド製作による豪華レビューは、ジーグフェルド・ガールズと呼ばれる美しい女性たちがステージいっぱいに設えた大階段や、ウエディングケーキのようなセットに登場。ゴージャスな衣装を身に纏って、観客たちの”目の保養”となっていた。1907年から1932年にかけて、ブロードウェイのニュー・アムステルダム劇場で、毎年上演された「ジーグフェルト・フォーリーズ」は、時代の象徴となっていた。

またジーグフェルドのショーからは、エディ・キャンター、ファニー・ブライス、妻となったビリー・バークといったスターが生まれ、初のドラマチック・ミュージカルとなった「ショウボート」(1927年)や、エディ・キャンターの代名詞となった「フーピー」(1928年)なども製作。1929年の世界大恐慌で財産を失い、晩年は不遇となるが、その借金を妻・ビリー・バークが20年以上かけて返済した。ビリー・バークは、ジュディ・ガーランド主演の『オズの魔法使』(1939年)でタイトルロールの魔法使グリンダを演じている。

  MGMでは、1936年に、ロバート・Z・レナード監督による、フローレンツ・ジーグフェルドの伝記映画『巨星ジーグフェルド』を製作。ウイリアム・パウエルがジーグフェルドを演じ、マーナ・ロイがビリー・バークを演じた。つまり当時、MGMの人気シリーズ「影なき男」シリーズのウイリアム・パウエルとマーナ・ロイの黄金コンビが主演。ジーグフェルドの生涯を、その伝説のステージの再現とともに描いた185分の大作。第9回アカデミー賞では作品賞と、最初の妻アンナ・ヘルドを演じたルイーゼ・ライナーが主演女優賞、シーモア・フェリックスがダンス監督賞を受賞した。

 つまり MGMにとっては「ジーグフェルドもの」は特別な作品。ということで、今回は、憧れのジーグフェルド・ガールに抜擢された三人の女性、女の子たちの生々流転のドラマを主軸に、ゴージャスなナンバーが展開する「ミュージカル・メロドラマ」として製作。

ジュディ・ガーランド、ヘディ・ラマー、ラナ・ターナー

 三人のヒロインには、若手ナンバーワンのジュディ・ガーランド、セクシーな魅力が売りのラナ・ターナー、そしてオーストリア出身のエキゾチックな魅力の大人の女優・ヘディ・ラマーをキャスティング。タイプの違う三人の女性の「バックステージと恋愛」をさまざまなエピソードを重ねて描いていく。

 ジュディの父で根っからのボードヴィル芸人にチャールズ・ウィニンガー、ラナ・ターナーの恋人のトラック運転手にジェームズ・スチュワート、ヘディ・ラマーの夫で売れないバイオリニストにフィリップ・ドーン。それぞれの「家庭の事情」が、ジーグフェルド・ガールに抜擢されたことで大きく変わって「家庭の危機」が訪れていく。

 またゴージャスなミュージカル・ナンバーを手がけたのがバズビー・バークレイ監督。1930年代初頭、ワーナーで『42番街』『ゴールドディガーズ』(1933年)、『泥酔夢』(1935年)などのミュージカル映画で、俯瞰からダンサーを撮影する「万華鏡」のような「バークレイショット」を確立。コーラスガールのダンスのスキルを見せるのではなく、そのボディラインの美しさ、美女たちのクローズアップなどで夢幻の映像を創出。「ミュージカル映画の革新」をもたらした。

 バークレイの「俯瞰ショット」「映画ならではの編集」で美女たちの美しさを讃える。というスタンスは、ジーグフェルドの「美女たちのスペクタクル」ステージに通じる。「よくぞここまで」と観客を驚嘆させるという意味でも共通している。

 さてバークレイは、1930年代後半、ワーナーからMGMに移籍。アーサー・フリードに招かれてのことだったが、そこで『オズの魔法使』(1939年・ノンクレジット)や、ジュディ・ガーランド&ミッキー・ルーニーの『ブロードウェイ』(1940年)などのナンバーを演出。

 この『美人劇場』では、メロドラマを得意として『巨星ジーグフェルド』で作品賞を受賞したロバート・Z・レナード監督が「メロドラマ」を演出し、バズビー・バークレイが「ミュージカル・ナンバー」を演出する。最高の布陣で作られたのである。

 日本では、敗戦後、昭和22(1947)年に公開された。『美人劇場』という邦題は、なかなか秀逸である。当時、この映画を観た人たちは、あまりのゴージャスな映像に陶然となったに違いない。漫画家・弘兼憲史の短編集「美人劇場」は、タイトルにインスパイアされている。

シエラ・リーガン(ラナ・ターナー)の場合

 ニューヨーク五番街のデパートでエレベーター・ガールをしているシエラには、コニーアイランドで出会い、婚約中の恋人ギルバート・ヤング(ジェームズ・スチュワート)がいた。警官一家に育ったシエラは、貧しくとも幸せな暮らしができればいい、と思っていたが、ある日、ジーグフェルドに見染められてステージに立ってから生活が一変してしまう。

 舞台を観たポテト王から求愛され、愛人となり、華やかな暮らしを始める。ギルバートはシエラの心変わりがショックで、生活が荒れてギャングの一味になってしまう。

 クローゼットにはたくさんの靴。「もう足を靴に合わせなくても、足に合った靴がこんなに!」「ドレスも汚れたら捨ててしまえばいい!」「貧しい時に、苦労して狼の襟巻きを買ったけど、濡れたら犬の匂いがした」と高級毛皮を床に敷いてその上を贅沢に歩いたり。金持ちにチヤホヤされる生活が最高だと嘯く。

 ラナ・ターナーは、養父母に育てられて辛い少女時代を過ごした。15歳の時に、ハリウッドのアイスクリーム・パーラーでスカウトされて、MGMと契約(これもスタジオが作った伝説かも?)。ジュディ・ガーランド、ミッキー・ルーニーの『初恋合戦』(1938年)などに出演。ハイティーンながらセクシーな魅力で、たちまちスターのラインナップに。この『美人劇場』でのシエラは、ゴシップ誌の記事のようなラナの私生活をイメージさせる。

さて、やがてポテト王に捨てられたシエラは酒に溺れる日々。ステージのリハーサルに遅れ、演出家ゲオフリー・コリス(イアン・ハンター)から舞台を降ろされるが…

サンドラ・コルター(ヘディ・ラマー)の場合

 クラシックのバイオリニスト、フランツ・コルター(フィリップ・ドーン)の夫とつましく暮らしているサンドラは、ある日、夫のオーディションに付き添って、ニューアムステルダム劇場へ。

 そこで、ジーグフェルドのマネージャー、ノーブル・セージ(エドワード・E・ホートン)に、あまりの美しさに見染められて、ジーグフェルド・ガールとなる。しかしフランツはオーディションに落ちてしまい、夫婦仲はぎくしゃくしてしまう。背に腹はかえられないと、ステージに立つサンドラだが、美人の妻だけにフランツは心配でならない。

 案の定、ジーグフェルドのスター歌手、フランク・メルトン(トニー・マーティン)がサンドラに猛烈なモーションをかける。既婚者同志だからと安心していたサンドラだったが、フロリダ公演のホテルで、フランクを受け入れてしまう…

 ヘディ・ラマーは、オーストリア・ウィーン出身で、1933年『春の調べ』(オーストリア)で全裸シーンに挑戦。日本でも話題になったが、同年に結婚引退。しかし夫との不仲により1937年、夫から逃げ出してパリへ。そこで MGMのトップ、ルイス・B・メイヤーに見出されて MGMと契約。グレタ・ガルボに続く、ヨーロッパ出身女優として「世界で最も美しい女性」のキャッチフレーズで売り出された。本作での糟糠の妻から、ブロードウェイのトップ女優へと転身していく役柄もまた、ゴシップ誌で描かれた彼女の私生活を観客に連想させた。

スーザン・ギャラガー(ジュディ・ガーランド)の場合

 17歳にして芸歴10年のベテラン、スーザンは、ボードヴィリアンの父・ポップ・ギャラガー(チャールズ・ウイニンガー)と演芸場のステージに立っていたが、念願のジーグフェルド・ガールのオーディションに合格。父と離れて舞台に立つことに。しかし根っからの芸人のポップは、スーザンに昔ながらの歌い方を強要したりと、演出家のコリスたちの悩みのタネ。

 スーザンは、コリスの指導でめきめき頭角を表して、歌って踊れるトップスターとなっていく。そんな娘のために、ポップは昔の仲間の腹話術師(アル・ショーン)と組んで、ニューヨークを離れ、地方公演へ。悲しみにくれるスーザンを励ますのは、シエラの弟・ジェリー(ジャッキー・クーパー)だった…

 ジュディ・ガーランドは、この映画の2年前、MGMの大作『オズの魔法使』(1939年・ヴィクター・フレミング)のドロシー役で、世界中のアイドル的確な存在となった。MGMは、それまでハイティーン・ミュージカルに出演していたジュディの”大人への脱皮”をはかる。

 この『美人劇場』のスーザン役もまた、ヴォードヴィリアンだった17歳の女の子が、ジーグフェルド・ガールとして美しい蝶に変身する。前半、チャールズ・ウィニンガーとジュディ・ガーランドがハーレム・ボードヴィル劇場のステージで歌う"Laugh? I Thought I'd Split My Sides"(作詞・作曲・ロジャー・イーデンス)は、まさにショウ・ストッパー。そのスピーディな芸にジュディの天賦の才を感じる。

 さて、泥臭い歌い方をしていた女の子が、美しい歌姫となり"I'm Always Chasing Rainbows"を歌う。中盤、カリビアン・サウンドのナンバーのクライマックスで、"Minnie from Trinidad"(作詞・作曲・ロジャー・イーデンス)をリズミカルに歌うシーンは、本作のハイライト。見ているだけでウキウキしてくる。ジュディ・ガーランドの歌手、パフォーマーとしての力量が、このナンバーに凝縮されている。

『美人劇場』のミュージカル・ナンバーの魅力

 サンドラに夢中になってしまうジーグフェルドのトップスター歌手、フランク・メルトンを演じたトニー・マーティンは、歌手としてのキャリアは長く、フレッド・アステアの『艦隊を追って』(1936年・RKO)『テンプルの福の神』(1936年・FOX)などに出演。1940年代にはMGMミュージカルに出演。『マルクス兄弟デパート騒動』(1941年)『雲流るるはてに』(1946年・未公開)に出演。私生活ではシド・チャリースと結婚。2008年にチャリースが亡くなるまでおしどり夫婦として知られた(トニーは2012年に98歳で没)。

 主題歌"You Stepped Out of a Dream"(作詞・ガス・カーン 作曲・ナシオ・ハーブブラウン)を、トニー・マーティンが朗々と歌うなか、ジーグフェルド・ガールズが、美しい衣裳をまとって階段を降りてくる。一人一人をエスコートする姿が様になっている。中盤の"Caribbean Love Song" (作詞・ラルフ・フリード 作曲・ロジャー・イーデンス)もラテンのリズムでゴキゲンなナンバー。

 やがてシエラは、ステージをクビになり、酒に溺れて酒場で心臓病で倒れてしまう。かつて腐れ縁だった、やさぐれボクサーがその場に居合わせる。そのボクサー、ジミー・ウォルターズを演じているのがFOX入社前の若き日のダン・デイリー。

 三人のジーグフェルド・ガールの生々流転は、MGMの女性映画ではお馴染みの展開。転落するもの、私生活で幸せになるもの、トップスターとなるもの。クライマックス、ジーグフェルド・ガールのトップスターとなったスーザン(ジュディ)が"You Never Looked So Beautiful"(作詞・ハロルド・アダムソン 作曲・ウォルター・ドナルドソン)を歌うシーン。この曲は『巨星ジーグフェルド』の曲だが、同作のスペクタクル・ナンバーを巧みにインサートして大作の風格を出している。特に『ザッツ・エンターテインメント』でもハイライトとなった"A Pretty Girl Is Like a Melody"のショットを流用。デコレーションケーキのトップをジュディ・ガーランドに差し替えている。

 MGMでは、この映画の四年後、アーサー・フリード製作による大作『ジーグフェルド・フォーリーズ』(1946年・ヴィンセント・ミネリ)の製作を始める。『巨星ジーグフェルド』の主演、ウィリアム・パウエルが天国から「もしも、今、ジーグフェルド・フォーリーズを作ったら? という設定のヴァラエティショウだったが、あまりの超大作ゆえ、現場が混乱、仕上げに手間取り公開は1946年となった。

【ミュージカル・ナンバー】

序曲 "Overture" 

演奏 MGMオーケストラ

ラフ? "Laugh? I Thought I'd Split My Sides"

作詞・作曲 ロジャー・イーデンス
唄とダンス ジュディ・ガーランド、チャールズ・ウィニンガー

ユー・ステップ・アウト・オブ・ドリーム "You Stepped Out of a Dream"

作詞 ガス・カーン 作曲 ナシオ・ハーブブラウン
唄 トニー・マーティン、コーラス

虹を追って "I'm Always Chasing Rainbows" 

作詞 ジョセフ・マカーシー 作曲 ハリー・キャロル
唄 ジュディ・ガーランド

カリビアン・ラブ・ソング "Caribbean Love Song" 

作詞 ラルフ・フリード 作曲 ロジャー・イーデンス
唄 トニー・マーティン、コーラス

トリニダードから来たミニー "Minnie from Trinidad" 

作詞・作曲 ロジャー・イーデンス
 唄 ダンス ジュディ・ガーランド、アントニオ&ロザリオ、コーラス

ミスター・ギャラガー&ミスター・ショーン "Mr. Gallagher and Mr. Shean"

  唄 チャールズ・ウィニンガー、アル・ショーン

ジーグフェルド・ガールズ/ユー・ゴッタ・プル・ストリングス
"Ziegfeld Girls/You Gotta Pull Strings"

作詞・作曲 ロジャー・イーデンス
唄 ジュディ・ガーランド

ユー・ステップ・アウト・オブ・ドリーム(リプライズ)
"You Stepped Out of a Dream (reprise)"

 唄 トニー・マーティン

ユー・ネバー・ルックド・ソー・ビューティフル
"You Never Looked So Beautiful"

作詞 ハロルド・アダムソン 作曲 ウォルター・ドナルドソン
唄 ジュディ・ガーランド、コーラス

【アウトテイクス】

私たちに音楽を  "We Must Have Music"

唄 ジュディ・ガーランド
撮影されたもののカットされたが、完成度が高いため、1942年のMGM短編映画”We Must Have Music ア・セルロイド・ロマンス”で復活。1990年代にリリースされたLDに収録された。


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