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『ワンダー・バー』(1934年3月31日米公開・ワーナー・ロイド・ベーコン)

ハリウッドのシネ・ミュージカル史縦断研究。5月8日(日)は、バズビー・バークレイが油の乗り切っていた時期の”Wonder Bar”『ワンダー・バー』(1934年・ワーナー・ロイド・ベーコン)を米盤DVDでスクリーン投影。タイトルはドイツ語で「素晴らしい!」の意味のwunderbarを引っ掛けたもの。主演は『ジャズ・シンガー』(1927年・ワーナー)でトーキー・ミュージカルの時代の幕開けをしたアル・ジョルスン。花の都パリでナイトクラブ「ワンダーバー」を経営する伊達男。この「ワンダーバー」を舞台に、ある日、一夜の様々な客とパフォーマーたちの引き交々のドラマが展開する。

原作は、ゲザ・ヘルツエグ、カール・ファルカス、ロバート・カッチェル合作、マックス・ラインハルトが演出した舞台劇の映画化でもある。

bポスターヴィジュアル

不倫をしている人妻・ケイ・フランシス、ラテン系のダンサーのドロレス・デル・リオ、そのパートナーのリカルド・コルテス、バンドリーダーで歌手のディック・パウエル。泥酔してばかりの金持ち・ディック・パウエルと、その友人・ヒュー・ハーバートなど豪華キャスト。人妻を籠絡するジゴロの描写、夫を裏切る有閑マダム、ゴールドディガーズたちの金持ちナンパ、そして愛憎の果ての殺人などなど、アンモラルなエピソードの数々まさにプレ・コード期直後の作品。

特にダンスをしているカップルに近づいたジゴロが「踊りませんか?」とダンスに誘う。女性は自分が誘われたとうなづくが、実は誘われたのは男性の方だった。その様子を見たアル・ジョルスンが"Boys will be boys! Woo!"。ヘイズ・オフィスのプロダクションコードによりカットされそうになった。

ロビーカード

またアル・ジョルスンとハル・ルロイによるフィナーレ”Goin' to Heaven on a Mule”は、黒人(アルが黒塗り)が天国に召されて、魂が救済されるというシチュエーションのプロダクション・ナンバーだが、登場する黒人たちの描写が人種的ステレオタイプで、現在では考えられないヴィジュアルが展開される。

パリで評判のナイトクラブ”ワンダー・バー”を経営するアル・ワンダー(アル・ジョルスン)は、クラブのメインショーで人気のラテン系のダンサー、イネス(ドロレス・デル・リオ)に密かに思いを寄せている。若きバンドリーダーで歌手のトミー(ディック・パウエル)もまたイネスに熱烈な愛情を抱いている。しかしイネスは、ダンス・パートナーのハリー(リカルド・コルテス)に夢中である。ハリーは根っからのジゴロで、フランス人銀行家・ルノー(ヘンリー・コルカー)の妻・リアン(ケイ・フランシス)と不倫をしている。しかもハリーはリアンとアメリカへ駆け落ちしようと計画。しかしその資金もなく、リアンのダイヤモンドを盗んで、アルに売って金を作ろうとする。

またアメリカ人のブラット(ヒュー・ハーバート)とシンプソン(ガイ・キビー)はいつも酒を飲んで酔っ払っている。そんな二人に近づくゴールドディガーズ(フィフィ・ドルセイ)たち。ブラットとシンプソンの妻たちも、ジゴロからの誘いに乗って… 

クライマックス、ハリーとリアンの関係を知り、嫉妬の炎を燃やしたイネスは、ダンス中にハリーの胸にナイフを突き刺すが…

ことほど左様にアンモラル(を匂わせる)エピソードが展開するなか、バズビー・バークレイ演出による流麗なミュージカル・ナンバーが次々と繰り広げられる。

アル・ジョルスンは、粋なアメリカン・パリジャンを、これまでにない軽快さで演じていて、タキシード姿でオープニング・ナンバーの”Vive La France”(作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン)やロシア語で”Ochi Tchornya (Dark Eyes)”を唄う。そしてクライマックスのプロダクションナンバーでは、トレード・マークのミンストレル・スタイル(靴墨で顔を黒塗りにして)で”Goin' to Heaven on a Mule”(作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン)を演じる。前述のように、このシーンは現在のコンプライアンスではNGであるが、当時はエンタテインメントの一ジャンルとしてヴォードヴィルの舞台から1930年代のハリウッド・ミュージカルでは定番でもあった。

このシークエンスに登場する(やはり黒塗りの)ダンサー、ハル・ル・ロイは1920年代後半からブロードウェイのダンサーとしてキャリアを重ね「1931年のジーグフェルド・フォーリーズ」に出演。1933年には、エド・サリバン脚本によるオールスター・ミュージカル映画”Mr. Broadway”(ジョニー・ウォーカー)にゲスト出演している。

バズビー・バークレイ演出による”Don't Say Good-Night”(作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン)は本編の白眉である。ドロレス・デル・リオとリカルド・コルテスのダンスに始まり、ブロンド(カツラ)のコーラス・ガールたちが例によってオブジェ的にレイアウトされていく。優雅なワルツのリズムで、覆面をした男女のコーラスたちが踊る。やがてバークレイショットとなり、コーラスガールたちの「万華鏡」的マスゲームとなっていく。

リカルド・コルテス ドロレス・デル・リオ

【ミュージカル・ナンバー】

♪オール・ウォッシュド・アップ All Washed Up (1934)

作曲:ハリー・ウォレン
*ダンス・ナンバーのインストゥルメンタル(アル・ジョルスンが"Vive La France"を歌った直後

♪おやすみは言わないで Don't Say Good-Night (1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ディック・パウエル、コーラス
*ダンス:ドロレス・デル・リオ、リカルド・コルテス、コーラス

♪エリザベス Elizabeth (My Queen)

作曲:ロバート・カッチャー
*インストゥルメンタル

♪ロバの背で天国へ Goin' to Heaven on a Mule (1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:アル・ジョルスン、コーラス
*ダンス:ハル・ル・ロイ、コーラス

♪タンゴ・デル・リオ Tango del Rio (1934)

作曲:ハリー・ウォレン
*ダンス:ドロレス・デル・リオ、リカルド・コルテス
クライマックス、ドロレス・デル・リオが、リカルド・コルテスとケイ・フランシスがアメリカに駆け落ちすると知り、ナイフを忍ばせてステージへ。リカルドが鞭を打ち、ドロレスを引き寄せる。性倒錯を匂わせるアンモラルなナンバー。アルゼンチン・スタイルのタンゴを華麗に踊る二人。満場の拍手のなか、ドロレスはリカルドの胸を突く。しかし観客に気取られることなく、二人は楽屋へ戻るが…

♪ヴィヴ・ラ・フランス Vive La France (1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:アル・ジョルスン
「ワンダバー」のオープニング、フランスを称え、パリの夜を愛でるワクワクするナンバー。

♪なぜその夢を見るの? Why Do I Dream Those Dreams? (1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ディック・パウエル

♪ワンダー・バー Wonder Bar (1934)

 作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ディック・パウエル

♪ユア・ソー・ディヴァイン You're So Divine

作曲:ハリー・ウォレン
*インストゥルメンタル("Don't Say Good-Night"の後に流れる)

♪黒い瞳 Ochi Tchornya (Dark Eyes)

曲:ロシア音楽
*唄:アル・ジョルソン(ロシア語)

♪ラブ・ミー・アゲイン Love Me Again

作曲:ハリー・ウォレン
*アルとリカルドがハリーの遺体を車に乗せるシーンに流れる。

♪フェアラー・オン・ザ・リビエラ Fairer on the Riviera

作曲:ハリー・ウォレン
*インストゥルメンタル


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