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『悪名市場』(1963年4月8日・大映京都・森一生)

 今回の「カツライス」二枚目は、脂の乗り切ったロースカツのような、シリーズ第六作『悪名市場』(1963年4月8日・大映京都・森一生)。朝吉=勝新太郎と、清次=田宮二郎の“悪名コンビ”についにニセモノが登場する。シリーズものが定着して“みなさまご存知”となってくると、本家の評判にあやかろうと“ニセモノ”が登場する。その最初が「水戸黄門漫遊記」だろう。戦前から、水戸黄門映画にはニセモノの黄門様、助さん、角さんが登場する。斎藤寅次郎監督、エンタツ・アチャコの『水戸黄門漫遊記』(1938年・東宝)では、水戸黄門(徳川夢声)に対して、ニセ黄門(柳家金語楼)が登場したり。戦後の月形龍之版でも、杉狂児がニセ黄門としてしばしば騒動を巻き起こしていた。

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 この『悪名市場』では、ついに朝吉と清次を語るニセモノが四国に現れる。演ずるは、芦屋雁之助と芦屋小雁。「番頭はんと丁稚どん」(1959年〜1961年・毎日放送)「らーめん親子」(1960年〜1961年・毎日放送)などの花登筺作のテレビコメディで大人気のコメディアン兄弟である。しかも、ワンシーンとかではなく、今回の映画の騒動の火種として、最初から最後まで出ずっぱり。依田義賢のシナリオは、どこまでも「悪名」シリーズのリアリティのなかで、こうしたキャラクターを躍動させる。やはり関西コメディの雄、茶川一郎もまた然り。『新・悪名』『続・新悪名』に続いて、おかまのお銀を演じてきたが、今回、四国に現れても不自然でないのは、『続・新悪名』で旅役者になっているから。観客も納得なのである。しかも、芦屋雁之助、小雁、茶川一郎のスリーショットは「番頭はんと丁稚どん」のトリオでもあり、それが観客の嬉しさを倍増させる。

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 そういう意味では、パチンコ屋のシーンだけだが、出前持ちの少年役で、朝吉にパチンコのノウハウを伝授する白木みのるも、出てくるだけで観客は沸いたろう。ちょうど、この映画の前年、昭和37(1962)年に朝日放送でスタートした「てなもんや三度笠」(1962年〜1968年)の珍念役で大人気だったからだ。相棒の藤田まことは? と観客が思っているとラストに意外や以外の役で満場の笑いを独占。「奥歯手ぇ入れて、脳みそガタガタ言わしたろか?」のギャグを、清次と朝吉にかましてくれる。というわけで、今まで、いちばん喜劇映画テイストあふれる爆笑篇となっている。

 前作『第三の悪名』(1963年1月3日・田中徳三)では月丘夢路がゲスト出演していたが、毎回、マドンナ的にゲスト女優が登場するようになってきた。これもシリーズが安定してきた証拠。今回は、『こつまなんきん』(1960年・松竹・酒井辰雄)などで活躍していた嵯峨美智子が、男まさりのパチンコ屋の主人で、バーの雇われマダムとなる咲枝役でゲスト出演。勝新と丁々発止のやりとりが小気味いい。

 前作のラストで、カポネ一家をやり込めたので、身の危険が及ばないように、旅に出た清次(田宮二郎)から、久しぶりに手紙が届いた。朝吉(勝新太郎)と、清次の義姉・お照(藤原礼子)が、ハガキの住所を訪ねるが一向に住まいが分からない。そこで巡査(曾我廼家五郎八)に道案内を頼むと、なんと清次は刑務所の中だった。松竹新喜劇のベテラン・曽我廼家五郎八のとぼけた味わいが楽しい。ちなみに五郎八の娘・西岡慶子は、この頃、大映映画によく出ていて、本作でも初子役で出演している。

 清次は、柿本と名乗るペテン師(田中春男)とインチキ商売、今でいう出資法違反の罪で、自分一人で罪を被って未決囚となる。朝吉は、その柿本が四国のとある港の菱屋運輸にいると聞いて、お照と別れて連絡船へ。たどり着いた港では、なんと偽の朝吉(芦屋雁之助)と偽の清次(芦屋小雁)が、我が物顔で、菱屋運輸の社長(花沢徳衛)からショバ代をせびっていた。拍子抜けした朝吉は「モートルの貞」を名乗って、ニセモノの様子を伺うが、さほど悪どいことをしているわけではないので、何くわぬ顔で、ニセの朝吉一家に草鞋を脱ぐことに。ニセモノに遭遇してギョッとなる、勝新の芝居がおかしい。

 ニセの朝吉一家は、港近くの映画館に事務所を構えている。上映している映画は『愛欲と戦場』(1955年・米・ラウォール・ウォルシュ)。日本公開は昭和30(1955)年6月14日なので、前作『第三の悪名』から一足飛びに7年後の世界に? それまで割と時代考証をちゃんとしていたのだが、まあ、娯楽映画なので。事務所には、三船敏郎主演の大映映画『馬喰一代』(1951年・木村恵吾)のポスターが貼ってある。この事務所で、朝吉とニセの清次、ニセの朝吉がご対面するのだが、そのシーンがおかしい。

 本物V Sニセモノ、というのは、僕らの世代では「ウルトラマン」第18話「遊星から来た兄弟」(1966年)のウルトラマンV Sニセ・ウルトラマン、『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年・東宝・福田純)のゴジラV Sゴジラ(メカゴジラが化けている)などを連想するが、まさに朝吉V Sニセ朝吉、勝新V S芦屋雁之助は、最高のモーメントでもある。

 さて、清次を陥れた柿本という男は、菱谷運輸にはおらず、実は、地元の高利貸し・鷺原(追手組の村井(松居茂美)の子分だった。この港町でも、日本海浜協会を名乗り、商店街の人々を騙して、五万円ずつ出資させて、店舗を建て替えて、地元を活性化させると怪しい話を持ちかけている。残りの積立金は、鷺原からの借金という形で、商店街を土地ごとパクろうという計画だった。

 そうとは知らずに、女手一つでパチンコ屋「ビーナス」を経営している咲枝たちが騙されて、商店街は大ピンチ。さらに咲枝は、村井の口車に乗せられて、離れた町で鷺原が経営するバーの雇われマダムとなるが、昔の女郎同然の監禁生活を余儀なくされる。そのバー「ビーナス」のバーテン兼用心棒に、あの大魔神の中の人となる、橋本力が演じている。咲枝が逃げ出さないよう監視役も兼ねているバーテンの目つきは、さすが大魔神、眼光鋭く、怖いのなんの。しかし、鷺原の悪行に腹を立てた朝吉が、咲枝を連れ戻しにやってきて、バーで大暴れ。「大魔神対朝吉」の壮絶なアクションシーンはみもの。朝吉は、自分の背丈より大きなバーテンを、何度も何度も投げ飛ばす。その爽快さ!

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 やがて、お照が保釈金を積んで、清次が釈放され、朝吉を追って、四国へとやってくる。そこで、ニセの清次を見て怒り心頭の清次。田宮二郎さんの“軽さ”にさらに拍車がかかって、これまたおかしい。清次V Sニセ清次のご対面シーンに、当時の観客は大爆笑したことだろう。

 クライマックスは、鷺原が世話人となって、四国一体の親分衆を集めての会合シーン。ニセの朝吉に「河内音頭を歌え」と指図する親分衆だが、ニセモノゆえに歌えず「裸踊りで勘弁してくれ」と屈辱を味わう。もちろん、因島のシルクハットの親分(永田靖)も同席していて、ニセものに豪をにやしている。そこへ、本物の朝吉が現れて、親分衆に啖呵を切るシーンがいい。ニセモノと知っての侮辱は、自分への侮辱と同じだ!と朝吉。ならば本物の「河内音頭」をと、清次の太鼓で歌い出す。こういうシーンは、たいてい、本職が吹き替えるのだが、さすが勝新太郎、清元の師匠だけある。抜群のセンスで「河内音頭」を本寸法で披露するのだ。シリーズ屈指のハイライトである。

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 そしてシルクハットの親分が間に入って、朝吉と鷺原が勝負をつけることに。このクライマックスの喧嘩シーンがまたまた壮絶。咲枝が、バーの客で朝吉の軍隊時代の班長、今は工事現場の監督に頼んでのダイナマイト作戦。見ていて溜飲が下がるというか、とにかく楽しい。全てが終わって、大阪へ向かう連絡船の中で、藤田まことが登場。これまたニセの清次で、田宮二郎の本物が大いにクサる。シリーズに脂が乗り切っている証拠の鮮やかなラストは、爆笑のうちに幕、である。



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