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『結婚五年目』(1942年・パラマウント・プレストン・スタージェス)

 プレストン・スタージェスの才気は、どの作品にもはっきりしているが、特に本作は「才気」「才能」「センス」が爆発。「あれよあれよ」のスクリューボール・コメディは、かくあるべし!の傑作。

 プレストン・スタージェスは、イリノイ州シカゴ生まれ(1898〜1959年)。母の再婚相手が株式仲買人だったこともあり、幼い頃はアメリカとヨーロッパを行き来して、映画や演劇に親しんだ。成人して、母が経営する化粧品会社のニューヨーク支店に勤めるも、発明家に転身。やがて幼い頃から親しんでいた演劇に興味を持って劇作家となる。1930年代、ハリウッドに招かれて脚本家として活躍。『力と栄光』(1933年・ウイリアム・K・ハワード)では、主人公の生涯を友人の回想で語る「ナラタージュ方式」を確立。ミッチェル・ライゼン、ウィリアム・ワイラーなどの名匠の作品を次々と手がけた。

 つまり誰もが認めた「才気の人」である。1940年『偉大なるマッキンディ』(未公開)で監督デビューを果たし『七月のクリスマス』(1939年)、『レディ・イヴ』(1941年)など、次々とコメディの傑作を放つ。社会的なメッセージやメロドラマ要素を排して、ひたすらドライに、スラップスティックとソフスティケイテッドな味わいを追求。風変わりでユニークな性格な登場人物たちが「あれよあれよ」と右往左往、こじれにこじれた人間関係が、最後に「ストン」と落ちる「スクリューボール・コメディ」の雄として、めっぽう面白い映画ばかりを手がけていた。

 その代表作の一つが『結婚五年目』である。タイトルバックで、ジェリー(クローデット・コルベール)とトム(ジョエル・マクリー)の結婚式当日のドタバタが描かれる。いったい、どんな事件があったのかは、説明していないが、とにかく「すったもんだ」の挙句に、二人が結ばれたことだけはわかる。それから五年、夫婦には隙間風が吹いていて、いつまでも夢を追い求める夫のせいで、借金暮らし、高級アパートも家賃滞納で追い出される寸前。ここから映画が始まる。

 アパートの管理人が次の入居者を案内してくる。家賃滞納しているので立退しなければならないのだ。次の入居予定は、テキサスのソーセージ王のおじいちゃん。バスルームに隠れていたジェリーが気に入り、ポケットの大金をそのままプレゼント。そのお金で借金を返して、家賃も払い、ほっと一息。

しかし夫・トムは納得が行かない。美しい妻に老人とはいえ懸想した爺さんのお金など要らない。と息巻くものの、背に腹は変えられない。糟糠の妻だったジェリーは、借金精算してスッキリ。夫に三行半をつけて「現実的な人生」を求めて出て行ってしまう。

ジェリーは、パーム・ビーチに行って、まずは離婚手続きをしようとグランドセントラルステーションへ。とはいえ文無しのジェリー、天真爛漫はなんとかなるとタクシー運転手にお願い、汽車にも「うずら猟友クラブ」メンバーの好意でただ乗りしてしまう。

 そのプロセスがおかしく、全く屈託のないジェリーが可愛い。妻に去られたら一大事と、トムは駅まで追っかけるが、ストーカー扱いされて駅員や警察に追い出されてしまう。

失意のまま家に帰ると、くだんのソーセージ王のおじいちゃんが来ていて「なぜ、女房に薔薇の花束を持って迎えに行かない!」と叱られて、またまた大金を貰って、飛行機でパーム・ビーチへ向かう。

 風変わりな金持ちの気まぐれの善意で「なんとかなる」展開をゲーム感覚で描くので、これが面白くってしょうがない。一方、寝台車で「うずら猟友クラブ」のメンバーのマスコットとなったジェリー。メンバーたちが酔っ払って猟銃をぶっ放したり、大騒ぎなので、別な車両に逃げ出す。猟友クラブの狼藉に怒った車掌は、彼らの車掌を切り離す。

 するとジェリーの服も何もかも置き去りになって大弱り。寝台車の下に乗っていた、世界的大富豪・J・D・ハッケンサッカー3世(ルディ・バレー)の好意で、服を買ってもらい、パーム・ビーチまで豪華ヨットで送ってもらうことに。

 ほとんど落語の世界。往年の名歌手・ルディ・バレーが、世間知らずの大金持ちを、ユーモラスに演じていて、なかなか楽しい。案の定、ハッケンサッカー3世はジェリーに一目惚れ。彼女に求婚する。まだ離婚が成立していないジェリーは、夫に事業資金9万9千ドルを送ってから離婚したいと、ハッケンサッカー3世に話す。

 ホテルのナイトクラブでのダンスシーン。バンドが演奏するのは、リチャード・ロジャーズ作曲、ロレンツ・ハート作詞の「ロマンチックじゃない?」。ルーベン・マムリーアン監督の傑作ミュージカル『今晩は愛して頂戴ナ』(1934年・パラマウント)の主題歌で、モーリス・シュバリエとジャネット・マクドナルドが歌ったスタンダードである。そのサビをさりげなく歌うルディ・バレー。ミュージカル好きにとって至福のひとときである。

 なんのことはない、トムのことを今でも愛していて、その事業を成功させるために、離婚までして金持ちを出させようという魂胆である。しかし、嫉妬深いトムは、パーム・ビーチの港で、ヨットを待ち伏せしていて、ジェリーとハッケンサッカー3世の目の前に現れる。咄嗟にジェリーは、トムを兄と偽る。そこに居合わせたハッケンサッカー3世の姉で恋多き女・センティミラ(メアリー・アスター)がトムに一目惚れ。

 事態はどんどんややこしい方向へ。後半の急展開、何回見てもおかしい。こじれにこじれた関係が、最後の最後、映画が終わる30秒前に、とんでもない展開で「ストン」と落ちる。

 その畳み掛けの演出が見事。シチュエーションコメディとしては「御伽噺」なのだけど、とにかくスピーディで、奇妙なキャラクターたちが好き勝手なことをやって、最後はハッピーエンドとなるのが楽しくて仕方がない。


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