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『夜は巴里で』(1938年・ワーナー・レイ・エンライト)

ハリウッドのシネ・ミュージカル縦断研究。バズビー・バークレイのワーナーでの最後の年となった1938年のミュージカル・コメディ”Gold Diggers in Paris"『夜は巴里で』(1938年・ワーナー・レイ・エンライト)を米盤DVDでスクリーン投影。「ゴールドディガーズ」シリーズ第六作目となるが、初期のプレ・コード期のような、ショー・ガール「金持ちの鼻の下を利用して大金をせしめる」”ゴールド・ディガーズ”ぶりはなりを潜めている。

ポスターヴィジュアル

主演はこれまでのディック・パウエルから、ベテラン人気歌手のルディ・ヴァレーへ。ルディは1920年代、自ら結成した”コネチカット・ヤンキーズ”のヴォーカルとして、若い女性に絶大な人気となる。まだマイク導入前で、メガホンを使って、大声ではなく、囁くようなテナーヴォイスでファンを魅了。年齢は変わらないがビング・クロスビーより前の世代のクルーナー歌手である。

ヒロインはローズマリー・レイン。四姉妹で”レーン・シスターズ”を結成してステージで人気を博して、それぞれ映画の道へ。三女・ローズマリーは、ディック・パウエル主演、バズビー・バークレイ舞踊演出『大学祭り』(1937年)に出演。ワーナーと契約、本作のヒロインに抜擢された。今回はバレリーナの役。

今回のキーマンは、パリから「国際ダンス・コンクール」への出演要請のために派遣されたヒュー・ハーバート。早合点のあわて者で、間違えて倒産寸前のナイトクラブを経営するルディ・バレー、アレン・ジェンキンスのところへ。借金でクビが回らなくなっていたルディ・バレーたちは、一計を案じてヒュー・ハーバートを騙して契約する。

ヒュー・ハーバートは、バレエ・チームではなく、ナイト・クラブのショーガールを連れて、パリへ。しかし間違えられた当人のバレエ・カンパニーの校長・クルト・ボワワが激怒。ニューヨークのギャングを連れてパリへ乗り込む。果たしてルディ・バレーたちは、最後まで主催者を騙し通して、国際ダンス・コンクールに出場することができるのか?

といった、ある意味「ひどい話」。まあ「ゴールドディガーズ」シリーズは基本的に「美人局」「保険金目あて」といった”犯罪スレスレ”というか、ほとんど犯罪的な展開が多いのだけど、今回もまた”騙した側が最後まで逃げおおせるか?”という展開。

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音楽は作曲・ハリー・ウォレンと作詞・アル・デュービンのお馴染みのコンビ。 "I Wanna Go Back to Bali","Latin Quarter""Let's Drink to a Dream", "Put That Down in Writing", "Stranger in Paree","Waltz of the Flowers" と、佳曲がずらり。クライマックスのショー場面だけでなく、ミュージカル・コメディとして、ナイトクラブのショーや、ルディ・バレーとローズマリー・レインのラブシーンなど、本編に散りばめられている。

さらに、ハリー・ウォレン作曲、ジョニー・マーサー作詞による"My Adventure" "Daydreaming All Night Long"の二曲が追加された。

シュニッケルフリッツ・バンド

また「冗談音楽」チームとしてステージで人気の”シュニッケルフリッツ・バンド”をフィーチャー。冒頭からクライマックスでほとんどのショー場面でコミカルな演奏を披露。Schnickelfritzとはドイツ語のスラングで”馬鹿な仲間”の意味で、少しのちに一世を風靡するスパイク・ジョーンズとシティスリッカーズのようなビッグバンドではなく、どちらかというと、われらがハナ肇とクレイジーキャッツのようなスタイルである。メイン・ヴォーカルはフレディ・フレッシャー(リコーダー)、坊屋三郎のようなウォッシュボードを駆使するスタンリー・フリッツ(トロンボーン、ドラム、ジャグ)、ネルズ・ラクーソ(コルネット、トランペット)、ポール・クーパー(ピアノ、編曲)、ケネス・トリクソ(ドラム)、チャールズ・コーニグ(ベース、チューバ)の6人組。谷啓さんが観たらハマりそうな、クレイジーな演奏が楽しめる。

ルディ・ヴァレーがミネソタ州セントポールで”シュニッケルフリッツ・バンド”のステージを気に入り、ハリウッドへ招いた撮影途中から参加したため、彼らの演奏シーンは、後からインサートされている。映画の完成前に、バンドは解散して、スタンリー・フリッツが”コーンブラザース”を結成。フレディ・フレッシャーは『夜は巴里で』で披露した曲に因んだナイトクラブ”The Original Colonel of Corn”をハリウッドで開業した。

”シュニッケルフリッツ・バンド”としての映画出演は、本作が最初で最後となったが、その演奏シーンがふんだんに観られるだけでも貴重な映像資料となっている。

またルディ・ヴァレーの別れた妻で、最初はヒロインとの恋路を邪魔する役で登場して、最後はルディ・ヴァレーたちのピンチを救う救世主となるモナを、ワーナーの中堅女優・グロリア・ディクソンが演じている。美人だけど意地悪で、最初は元夫とローズマリー・レインの間を邪魔するも、彼女の純情を知って人肌脱ぐ”姐御肌”なキャラが、なかなかいい。

キャラが立っているという店では、ナイトクラブのシガレット・ガールで、主人公の相棒・アラン・ジェンキンスに恋をしているメイベル・トッドがチャーミング。しゃべる大型犬を連れて、フランス行きの客船に乗り込んだために、インチキ・バレエ団一行の運が開ける。トラブル・メーカー的なキャラクターが、実は重要な役割を果たしている。これもハリウッド・コメディの手であるが、楽しい展開となる。

ポスター

モーリス・ジロード(ヒュー・ハーバート)は、フランス当局のメッセンジャーとしてパリで開催される「国際ダンス・コンクール」の出演要請のために、ニューヨークの「アカデミー・バレエ・オブ・アメリカ」へ向かう。しかしタクシー運転手がいい加減な男で、連れてこられたのが破産寸前のナイトクラブ”クラブ・バリ”だった。

♪バリ島に帰りたい I Wanna Go Back to Bali

トップシーン、この”クラブ・バリ”のショー場面がいい。”シュニッケルフリッツ・バンド”のメンバーのコミカルな”Listen to the Mockingbird"の演奏、ルディ・ヴァレーの甘い歌声で本作の主題曲”I Wanna Go Back to Bali”(ウォレン&デュービン)が展開される。ブラインド越しに演奏するバンドのメンバーが、海軍帽を次々と隣の演奏者に手渡しをしていく。キャメラは帽子を捉えてゆっくりパン移動。帽子は観客、ショーガール、ウエイターの手を経て、クラブのオーナーで歌手のテリー・ムーア(ルディ・ヴァレー)の頭に。そこでエキゾチックな”I Wanna Go Back to Bali”のナンバーが展開。この曲はラストのパリでのショーの場面で”I Wanna Go Back to Paris”に。バリが転じてパリとなるのである。

さて、銀行残高ゼロ、もはやなすすべもないテリーと共同経営者のデューク・デニス(アレン・ジェンキンス)の目の前に、「国際ダンス・コンクール」出演契約書を持って、モーリスがやってくる。「背に腹は変えられない」と、モーリスの間違いをいいことに、デュークたちはパリへ行くことに。しかし、ナイトクラブのショーのチームではバレエは無理ということで、適当にみつけたバレエ講師のルイ・レオニ(フリッツ・フェルド)と、唯一の生徒で美しきケイ・モロー(ローズマリー・レイン)をプリマドンナとして即席バレエ団を結成。夜逃げ同然でフランス行きの豪華客船に乗船。

♪デイドリーミング Daydreaming

ところが、テリーの別れた女房・モナ(グロリア・ディクソン)が”金の匂い”を嗅ぎつけて、なんと客船に乗り込み、あろうことかケイと同室となってしまう。洋上でロマンチックに”Daydreaming (All Night Long)”(ウォレン&マーサー)をデュエットして、恋を語るテリーとケイだったが、飛んだつや消しになる。

♪コーン大佐 Colonel Corn

客船のサロンでは、ゴールドディガーズに囲まれて酒を飲み、上機嫌のモーリス。シリーズでお馴染みのコメディ・リリーフのヒュー・ハーバトの悪ノリぶりがいい。そこで「ビッグサプライズ!」とデュークが連れてくるのが、”シュニッケルフリッツ・バンド”。前述のように別撮りのインサートなので、ここでコミカルな”Colonel Corn"のナンバーをたっぷり演奏してくれる。

しかし好事魔多し。本物「アカデミー・バレエ・オブ・アメリカ」の校長・パドリンスキー(クルト・ボウワ)が怒り心頭、船のモーリスに「あいつらは偽物」と電報を打ってくる。これで万事休す?というときに、テリーとデュークの機転で、シガレット・ガールのルティシァ(メイベル・トッド)が連れてきた大型の”喋る犬”のおかげで、なんとかモーリスを誤魔化すことに成功。

♪ストレンジャー・イン・パリ A Stranger in Paree

フランスに到着したシーン、客船のデッキで、ルディ・バリーが唄う”A Stranger in Paree”(アレン&デュービン)の楽しさ。後半、ルディ・ヴァリーがモーリス・シュヴァリエのモノマネをしてカタコトのフランス訛りの英語で唄うが、これが絶品。モーリス・シュヴァリエの完コピである。

やがて一行は憧れのパリへ。移動のバスの中でローズマリー・レーンが、やはりフランス訛りで”A Stranger in Paree”のリプライズを唄い、メイベル・トッドがそれに続いて、アレン・ジェンキンス、グロリア・ディクソン、ヒュー・ハーバート、シュニッケルフリッツ・バンド、コーラス・ガールたちの唄が広がっていく。楽しいナンバーとなる。

♪タイガー・ラグ Tiger Lag

そして主催者側による盛大なレセプションが開催。「何かオーケストラで演奏を」のリクエストに、テリーが自信を持って紹介するのはシュニッケルフリッツ・バンド! そこでめちゃくちゃな”Tiger Lag”を演奏するが、これもなかなか破壊的。コンテストの担当者であるピエール・ルブレック(メルヴィル・クーパー)は一抹の不安を抱く。ここで正体がバレてしまえば身も蓋もないと、デュークはバーで知り合ったアメリカのギャング、マイク・クーガン(エドワード・ブロフィ)に、ピエールの始末を依頼する。しかしクーガンは間違って、一行の頼みの綱であるバレエ講師のルイ・レオニを襲撃。

さらには怒り心頭のバレエ団の校長・パドリンスキーがパリに本物のバレエ団を連れてきてしまう。絶体絶命のなか、モナの機転で、書類のサインを偽造してしまい、パドリンスキーと、そのボディガードのマイク・クーガンが偽物として、パリ警察の指名手配となる。

といったように、コメディとしてもかなり面白い。テンポもよく、ハイテンションで「国際ダンス・コンクール」のクライマックスへと盛り上がっていく。後半、モナが大車輪の活躍で、テリーとケイの恋も、ショーへの参加も全部「まとめてめんどうみよう」となる。この爽快さ!

♪ラテン・クォーター The Latin Quarter

そして「国際ダンス・コンクール」の本番。いよいよ、アメリカ代表としてテリー率いる、ケイとショーガールたちの”The Latin Quarteri”のプロダクション・ナンバーとなる。バズビー・バークレイの演出は、パリの風物をセットに取り入れて、エキゾチックに展開。ルディ・ヴァレーが画家の役で、パリにやってきた女の子・ローズマリー・レインを美術館に案内する。美しい絵画の女性が、キャメラがパンをすると絵画から抜け出して微笑む。1940年代から50年代にかけてMGMミュージカルで多用される「手」だが、これもバークレイのアイデア。ショーガールたちが、画面の対角線上にラインナップされるショットなど、バークレイらしい幾何学的な構図が展開され、やがて巨大なパリの街角のセットで、コーラスガールたちが群舞。『四十二番街』(1933年)のクライマックス”42nd street"のモンマルトル版である。観客が期待するバークレイらしいケレンはないが、ナンバーとしてはよくまとまっている。もちろんはシュニッケルフリッツ・バンドもたっぷりとフィーチャーされている。

【ミュージカル・ナンバー】

♪デイ・ドリーミング Daydreaming (All Night Long)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:ジョニー・マーサー
*唄:ルディ・バレー

♪ラテン・クォーター The Latin Quarter

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄・パフォーマンス:ルディ・バレー、ローズマリー・レイン、アレン・ジェンキンス、メイベル・トッド

♪マイ・アドベンチャー My Adventure(クレジットのみ)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:ジョニー・マーサー
*クレジットのみで劇中未使用。

♪コーン大佐 Colonel Corn

作:フレディ・フィッシャー
*パフォーマンス:シュニッケルフリッツ・バンド

♪バリ島に帰りたい I Wanna Go Back to Bali

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ルディ・ヴァレー、ショーガールたち
*演奏:シュニッケルフリッツ・バンド

♪プット・ザット・ダウン・イン・ライティング Put That Down in Writing

作曲:ハリー・ウォレン
*テリーのアパートの部屋に、モナが忍び込んでいたシーンのBGM

♪ストレンジャー・イン・パリ A Stranger in Paree

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ルディ・ヴァレー、ローズマリー・レイン

♪リッスン・トゥ・ザ・モッキンバード Listen to the Mockingbird

作曲:リチャード・ミルヴァーン 作詞:セプティムス・ウィナー
*パフォーマンス:シュニッケルフリッツ・バンド


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。