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『お人好しの仙女』(1935年・ユニバーサル・ウイリアム・ワイラー)

 プレストン・スタージェス研究。1935年、ユニバーサルでスタージェスがシナリオを執筆したウイリアム・ワイラー監督のロマンチック・コメディ『お人好しの仙女』The Good Fairy(1935年)を堪能した。

 1931年にブロードウェイで上演された、フランツ・モルナール作、ジェーン・ヒントン脚色の舞台「グッド・フェアリー」(元の芝居はAjótündér)の映画化。モルナールの戯曲から遥か離れて、スタージェスが映画的なシナリオに換骨奪胎。のちのスクリューボール・コメディの「あの手この手」の原点が凝縮されている。ちなみにスタージェスの脚本は、1951年に、この芝居のブロードウェイ・ミュージカル版「メイク・ア・ウィッシュ」(作詞・作曲・ヒュー・マーティン)に使用されている。

 モルナールのウィットに富んだ「ハッピーエンドの物語」をスタージェスが「あれよあれよ」のスクリューボール・コメディに仕立て、1930年代後半から40年代にかけてのハリウッド・コメディのスタイルを作ったモニュメンタルな作品。

 ウイリアム・ワイラーとしては、ユニバーサル時代の最後期の作品でもあり、この後、サミュエル・ゴールドウィン・スタジオで『孔雀夫人』(1936年)、『大自然の凱歌』(同年)、『黒蘭の女』(1938年)、『嵐ヶ丘』(1939年)などの快進撃を続ける端緒となった傑作である。

 舞台はブタペスト。孤児院で育ったルイーザ・ギングルブッシャー(マーガレット・サラヴァン)は、「仙女のおとぎ話」で幼い女の子たちを喜ばせていた。幸福に憧れ、夢見る少女である。ある日、市内のゴージャスな映画館の案内係に抜擢されて就職。高級ホテルのウェイター、デトラフ(レジナルド・オーウェン)に誘われてホテルのパーティへ。

 このデトラフのキャラクターがスタージェス的で、たまの休みには横柄な態度で自由を謳歌している。普段は抑圧されたウエイターが、ガラリと変わった横柄な態度というのがおかしい。そのデトラフが、孤児院育ちで、外の世界を知らないルイーザのために”ナイト”を買って出る。彼が誘う直前、劇場の裏口でナンパ目的で出待ちをしていたキザな男ジョーに、シーザー・ロメロ。ワンシーンのみだが、FOXに移籍前、こんな役をやっていたのかと。

 さて、そのホテルのパーティで、美しいルイーザに目をつけるのが、南米精肉会社の社長、実業家・コンラッド(フランク・モーガン)。下心丸出しで、コンラッドはルイーザを口説く。それを阻止しようとするデトラフがおかしい。ウエイターなので上得意には無下にもできない。だけど彼女の貞操を守ろうと懸命になる。

 しかしコンラッドは、ホテルの特別室でルイーザを追い詰めて、彼女は絶体絶命。ルイーザは咄嗟に「結婚している」と嘘をつく。「ならばご主人の仕事を手助けしてあげる。金持ちにしてあげる」と懲りないコンラッド。

 これは「知らない誰かを幸せにできるチャンス」とルイーザは、喜んで、電話帳の適当なページを開いて「神様の言う通り」で決めた、いかにも貧しそうな弁護士・マックス・スポラム博士(ハーバート・マーシャル)を「自分の夫」にしてしまう。

 翌朝、律儀なコンラッドは、マックス・スポラム博士を訪ねて会社の顧問弁護士として契約。破格のギャラを決めて、前金を渡す。自分がコツコツ頑張ってきたことが実を結んだと思い込んだスポラム博士は、大喜び。

 その様子をこっそり見に来て、ご満悦のルイーザ。貧しい弁護士をリッチにすることができたのだ。まさに「お人好しの仙女」である。しかし事情を説明しなければならない。ルイーザはスポラム博士に説明をしようとするが…

 電話帳で適当に指さした弁護士と、幸せを知らない少女。結局、弁護士は事情を知らないまま、二人は恋に落ちて…

 ここからの展開は、まさにスクリューボール・コメディ。のちのスタージェス喜劇ではマストとなる「貧しい主人公に、金持ちからの棚からぼた餅」パターンはここで確立。偽の妻が、本当に相手を愛し始めていく展開の心地よさ。「結果オーライ」「全てはオチのために」物語は突進していく。

 スケベ丸出しだけど好人物のフランク・モーガン。変人極まりといった感じのハーバート・マーシャル。頑固一徹のレジナルド・オーウェン。ヒロイン、マーガレット・サラヴァンをめぐる三人の男性が入り乱れて、場外乱闘のようなバトルになるクライマックス。こじれにこじれた人間関係が、「ストンストン」とオチていくラストは、実に心地良い。

 スタージェス喜劇でもお馴染みとなるエリック・ブロアが飲んだくれの環境大臣・メッツ博士をユーモラスに演じていて、出てくるだけで楽しい。ちなみにのちのミュージカル映画のスター、タップダンサーのアン・ミラーがノンクレジットで、劇場の案内係の女の子の一人で出演している。

「人のために良いことをすれば、それは必ず返ってくる」という「幸福の循環」を信じるヒロイン、マーガレット・サラヴァンがとにかく可愛い。撮影は1934年9月13日から12月17日にかけて行われた。撮影中、ウイリアム・ワイラー監督とマーガレット・サラヴァンは恋に落ちて11月25日にアリゾナ州ユマで結婚式を挙げている。


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