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 「若い人」は 昭和8 (1933)年から 昭和12 (1937)年にかけて発表された 石坂洋次郎初の長編小説。石坂が秋田県立横手高校の国語教師時代に「三田文学」に断続的に連載した、当時としてはセンセーショナルな作品だった。初めて映画化されたのが、昭和12(1937)年の豊田四郎監督による東宝映画版『若い人』。それから石坂洋次郎原作映画はおよそ80本作られている。

 日活でも浅丘ルリ子の『愛情』(1956年・堀池清)を皮切りに、石原裕次郎の『乳母車』(1956年・田坂具隆)、『陽のあたる坂道』(1958年・同)、『あじさいの歌』(1960年・滝沢英輔)、『あいつと私』(1961年・中平康)など29本もの石坂文学の映画化をしている。

 『若い人』は本作を含めて4度映画化されている。 前述の初作は大日方伝(間崎先生)と市川春代(恵子)、2度目は昭和27(1952)年の東宝作品で池部良(間崎先生)と島崎雪子(恵子)、3度目が本作、4度目が昭和52(1977)年の東宝作品で小野寺昭(間崎先生)と桜田淳子(恵子)だった。

 さて、この日活版『若い人』が公開されたのが、1962(昭和37)年。『銀座の恋の物語』(3月4日公開)、『憎いあンちくしょう』(7月8日)など代表作が続々作られていた時期、『零戦黒雲一家』(8月12日)に次いで10月6日に公開されている。

 九州、長崎のミッションスクールを舞台に、若い数学教師・間崎慎太郎(裕次郎)と、屈託のある女生徒・江波恵子(吉永小百合)、そして歴史教師・橋本スミ子(浅丘ルリ子)、三人の微妙な関係を明るいムードの中で描いている。恵子は、母・ハツ(三浦充子)の恋愛遍歴のなかで生まれた私生児。その境遇を享受しているようで、反面、奔放な母親に強烈な反発を覚えている。屈託のない間崎慎太郎を恋愛対象として憧れることで、こころの均衡を保っている。

 やはり間崎に心を寄せている橋本スミ子は、女性として恵子に対し、強いライバル意識を感じている。美しい風景や、明るい雰囲気とは対照的に、主人公を廻るドラマは「さわやか」とは言いがたい。テーマの重さと、主人公たちの若さのエネルギー。石坂文学の永遠のテーマでもある。

 裕次郎が演じる教師像は、後にテレビで繰り返し登場することになる青春熱血教師とはいわないまでも、その屈託のなさは、そうした教師の原型ともとれる。裕次郎は『やくざ先生』(1960年・松尾昭典)で教護院の型破りな教師や、『青春とはなんだ』(1965年・舛田利雄)でも理想的な教師をスクリーンで演じている。原作の間崎慎太郎は、偽善性や卑怯な部分を持つ、日本人の典型的なタイプとして描かれているが、日活映画のヒーローとしての裕次郎は、そこまでの弱さは見られない。むしろ、恵子の恋愛感情を受け止めかねている青年という雰囲気。

 修学旅行の雨の夜、行くところもなく彷徨っていた恵子の激情を、抱きしめることで受け入れてしまう瞬間のパッションは、人間の弱さからくる享受ではなく、青春のなかの恋愛という印象を受ける。青春映画の旗手として、数多くの日活青春映画の佳作をものしている西河克己監督は、こうした感情の捉え方が実にうまい。この修学旅行先の東京、お茶の水のニコライ堂付近の名場面は、市川準監督の『あしたの私のつくり方』(2006年)に影響を与えている。

 そのパッションは、小百合だけでなく、ルリ子の嫉妬や、彼女に失恋した小沢昭一扮する伯父さんなどなど、さまざまな登場人物のシークエンスにもある。そのパッションゆえに、ドロドロした男と女の世界や、肉親の憎み合いといった重いテーマが、登場人物たちのエネルギーによって乗り越えられるのでは? という印象を受ける。

 修学旅行先に訪ねて来た、島森敬(小沢昭一)と酒を酌み交して、酩酊で帰ってくる間崎が「規則は破るためにある」とご機嫌で叫ぶ。この言葉が、石坂文学における登場人物たちとモラルの関係を端的に表している。ハツの放蕩ゆえに生まれてしまった恵子の苦悩。それを間崎への恋愛感情にぶつけ、自ら間崎の子を妊娠したと噂を流す心理。そうしたわだかまりが一気に爆発するのが、泥酔したハツとその情人・江口健吉(北村和夫)の修羅場に間崎が立ち会うシークエンス。

 結局、間崎は乱闘に巻き込まれケガをしてしまう。しかし、そこでも問題が提示されるだけで、解決されることはない。むしろハツがケガをした間崎に対し、女性としてアプローチし始める。恵子をめぐる状況は、間崎によって何ら変わることなく、むしろ母子で一人の男性を奪い合うというような状況を予見させる。その苦さと現実の重さ。

 それを救ってくれるのは、裕次郎のみなぎる若さであり、小百合の弾けんばかりの若い肉体の生命力でもある。それがスクリーンに溢れるからこそ、西河演出のパッションによって、ある種の爽快感が全編を貫いている。

 小沢昭一、北村和夫、大坂志郎ら、芸達者なバイプレイヤーによる様々な挿話が物語を賑やかにしている。主題歌「♪若い人」は、映画のみ唄われたオリジナル。もちろん、大人の女性へと変貌を遂げ始めた浅丘ルリ子、フレッシュな吉永小百合、パワフルな裕次郎の主演スターによるところも大きい。日活映画らしい明朗さと、スターの持つ華やかさ、若さのエネルギーに満ちた青春映画の佳作となっている。

 ちなみに、昭和52年に作られた桜田淳子版(河崎義祐監督)では、吉永小百合が特別出演している。

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