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『君と別れて』(1933年4月1日・松竹蒲田・成瀬巳喜男)

 成瀬巳喜男のサイレント『君と別れて』(1933年4月1日・松竹蒲田)をスクリーン投影。大森の三業地「大森新地」を舞台に、芸者稼業に身をやつしながら、息子・義雄(磯野秋雄)を女手一人で育ててきた菊江(吉川満子)。義雄だけが生きがいの菊江だが、息子は母が水商売をしていることに反撥して、学校をサボり与太者の仲間に。

 そんな菊江を母のように慕い、義雄を兄のように想っている若い芸者・照菊(水久保澄子)も、義雄のことを心から心配している。照菊は、東京からほど近い漁村の貧しい一家の長女。飲んだくれの父(河村黎吉)と母(富士龍子)、妹(藤田陽子)と弟(突貫小僧)、そして生まれたばかりの赤ん坊の暮らしを支えている。

水久保澄子

 三業地とは花街のこと。料亭、待合、置屋の三業で成り立っているので三業地と呼ばれていた。大森新地は、都土地会社が、旧東海道の美原商店街の東側の浅瀬一万坪を埋め立て、昭和元(1926)年に完成させ「都新地」と名付けられた。関東大震災後は、芝浦などから芸者置屋が移転。1930(昭和5)年には置屋が31軒も連ねていた。なので、震災後、昭和に入ってからできた新しい花街で、蒲田や横浜方面から、ブルーカラーの労働者や、松竹蒲田撮影所のスタッフたちが常連客となった。

 その大森新地は、京急の平和島近く、現在の大森本町二丁目にあった歓楽街。町工場の経営者やサラリーマンたちのパラダイスでもあった。菊江や照菊が身を置いている置屋の女将は飯田蝶子。女将は商売そっちのけで、競馬に夢中。雑誌や新聞と睨めっこして、予想に余念がない。この置屋の芸者たちを、松竹蒲田ではお馴染みの女優の若水絹子、若水照子、 藤田房子、光川京子が演じている。また芸者遊びをするサラリーマン役では、お馴染みの竹内良一、小林十九二、日守新一、江川宇礼雄が顔を揃えている。

 さて、菊江と義雄が住むアパートの近くに、照菊も住んでいて、菊江と照菊は母娘のように仲がいい。義雄も照菊のことが好きで、教科書にツーショットの写真を忍ばせている。

 しかし不良仲間となった義雄は、ナイフをポケットに忍ばせ、菊江が座敷に出ている間に、仲間たちと盛り場で、屋台の万引きや、気の弱そうな男からカツアゲをしている。学生帽を脱いで、カバンから取り出したハンチングを被って、夜の街に繰り出す。この盛り場は、国鉄蒲田駅界隈。夜店を冷やかす庶民たち。与太者に目を光らせる刑事に若き日の笠智衆。つまり、松竹蒲田撮影所の近く、スタッフ、キャストにとってのホームグラウンドで撮影しているのだ。

 前半は、義雄のために苦労を重ねてきた照菊江が、芸者として曲がり角にきて「老い」を感じさせる描写を重ねていく。学校をサボって不良となっている義雄とのすれ違い。母と息子、それぞれの「孤独」。そんな母と息子を心配する照菊の「優しさ」。演じる水久保澄子が実に愛らしく、可愛い。

 九十年前の女優なのだけど、今のアイドルみたいにフレッシュで瑞々しい。甘栗が大好きで、いつも袋を持っている。昼間は菊江の部屋に顔を出し、菊江の悩みや愚痴を聞き、白髪を抜いてあげたり。水久保澄子は、1930(昭和5)年、東京松竹楽劇部(のちのSKD)に第6期生として入団。同期に逢初夢子、大塚君代、渋谷正代がいる。1932(昭和7)4月に、自ら志願して松竹蒲田撮影所へ。すぐに成瀬巳喜男の『蝕める春』(5月27日)に、長女・若水絹子、次女・逢初夢子とともに三女役で出演。注目を集めた。

運河にかかる小橋

 さて、映画に戻ろう。午後三時、二人が支度をして置屋に向かうシーンがある。今は埋めたてられてしまった運河にかかる橋で、二人の芝居場がある。遠くに見える工場、漁師たちの小舟。大森が江戸前の海だったことを感じさせてくれる。この磯の香りが、照菊の実家のある海辺の町に繋がっている。

 ある朝、朝帰りの菊江と些細な言い合いをして、学校に行くフリをしてアパートを出た義雄に、照菊は「また、学校サボるの? 今日は私に付き合って」と、海辺の実家に誘う。こうしたシーンの水久保澄子がとにかく可愛い。例えていうなら『めぐりあい』(1968年・東宝・恩地日出夫)の酒井和歌子クラスの「萌え」である。

義雄と照菊

 蒲田から電車に乗る二人。おそらく照菊の実家は三浦半島だろう。電車で隣同士になり、少し照れている義雄。明治ミルクチョコレートを出して、義雄と一緒に食べる照菊。その表情は愛らしく、かわいい。「私たち、どんな関係に見える? 兄妹? 恋人同士?」。照れる義雄。「兄妹ね」。リリカルな名場面である。

明治ミルクチョコレート タイアップ!

 漁師町。ヨーヨーの行商が、漁師にヨーヨーをすすめて、二人で試してみるが、てんでダメ。そこへ、照菊の弟・突貫小僧が一升瓶を抱えて通りかかる。得意げに自分のヨーヨーを器用に回す突貫小僧。行商もかたなし。この年、東京の子供たちにヨーヨーが流行していたのだろう。成瀬の「夜ごとの夢」にも、子供と斎藤達雄がヨーヨーで遊ぶシーンがあり。

ヨーヨーの大流行
突貫小僧

 照菊の実家は、飲んだくれの親父(河村黎吉)が娘が水商売で稼ぐ金をあてにして、一向に働こうとしない。近く、次女(藤田陽子)も芸者に出そうとしている。若くして、その苦労を身をもって知っている照菊は、それだけはさせたくないと、両親に宣言するために帰省してきたのだ。義雄に、自分の親の現実、その酷さを見せて、いかに義雄の母・菊江が素晴らしい母親かに、気づいて欲しくて、連れてきたのだ。

 父と口論となり、家を飛び出た照菊と義雄が、磯場に座って蜜柑を食べながら、そんな話をする。蜜柑をむいて、半分に割って「はい」と義雄に渡す照菊。十代の男の子にはたまらないシーン。成瀬巳喜男は、こうした機微を描くのが実にうまい。妹弟さえいなければ、私は、義雄さんと「どこか遠くへ行ってしまいたい」と切ない本音を告げる。しかし現実はそんなに甘くない。「いつまでも、私の相談相手になってね」「うん」。いつの世も青春は変わらない。

 それからしばらくして、菊江は、長年世話を受けてきた旦那(新井淳)から、事業が厳しいからという理由で、別れを示唆される。菊江よりも若い芸者の方がいいという本音。やるせない気持ちで酒を煽って泥酔する菊江を介抱する照菊。義雄も改心して、与太者仲間から抜け出そうとする。しかし「掟に背いた裏切り者」として、義雄は不良(関口小太郎、若宮満)たちから呼び出され、リンチに遭う。最初は耐えていた義雄だったが「お前の母親は不見転芸者」と雑言を浴びせられ、怒りに震えて、不良にナイフを向ける。そこへ照菊が止めに入って、不良が構えたナイフが、彼女の腹に… ああ、なんという展開!

 幸い、一命は取り留め、菊江も義雄も安堵する。しかし照菊は「このまま死んでしまいたい」と。これから妹の代わりに、自分が住み替えをすることになったと、義雄に告げる照菊。愛し合いながらの別れである。青年にはどうすることもできない現実の壁。今から九十年前の作品だが、その後九十年、数々の映画や小説、青春ドラマで繰り返されてゆく「恋の痛み」である。

品川駅の別れ

 そして別れの日。品川駅のホーム。このロケーションが時層探検者にはたまらない。「しなかは」とホームに書いてある。逆さに読めば「はかなし」。照菊の行末、義雄の恋の顛末の「はかなし」の暗喩ともとれる。入線してくるのは、蒸気機関車ではなく電気機関車。この別れのシーンは切ない。これがタイトルの「君と別れて」なのかと、思ったところで「完」となる。

「しなかは」→「はかなし」

 

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