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『悪名幟』(1965年5月1日・大映京都・田中徳三)

 シリーズ第十作目となる『悪名幟』(1965年5月1日・大映京都・田中徳三)は、藤本義一脚本のドライなタッチの現代アクションの前作『悪名太鼓』(1964年8月8日・森一生)から一転、原点回帰を目指した。脚本は第一作『悪名』から第九作『悪名一番』まで手がけてきたベテラン依田義賢が再登板。キャメラも、田中徳三とは名コンビの宮川一夫が担当。タイトルバックも、初期シリーズと同じ雰囲気で、時代遅れの男・朝吉(勝新太郎)寄りのしっとりとした映像が味わえる。

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 トップシーンの清次と朝吉は、前作『悪名太鼓』の九州から戻ってきて久々の大阪を満喫している。大阪堂島川の渡辺橋のあたりを歩く2人。高速道路の工事が行われている。昭和40(1965)年の大阪風景が味わえる。

 今回のヒロインは、第四作『続・新悪名』まで朝吉の想い人・琴糸を演じていた水谷良重(今の二代目・水谷八重子)だが、今回は新世界の「びっくり鍋」の娘・お米として登場。お米の父・正太郎は「びっくり鍋」の親父であると同時に、昔ながらの親分で、内田朝雄が好演している。また、町工場の女主人で博打で借金を作ってしまうお政に、『新・悪名』以来のミヤコ蝶々。今回は、ともかく朝吉寄りのお話で、昔ながらのやくざの親分と勝ち気な娘と朝吉の交流がメインに展開していく。

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 朝吉は「堅気になる」決意をして、お米が奔走して2人で「おでん屋台」を引いて地道な商売を始める。水谷良重とのカップルは、観客にも「言わずもがな」のお似合いとして受け入れられるので、わずかのシーンだけど、朝吉が「おでん屋台」の親父になるシーンはなかなか楽しい。寅さんが堅気になって「額に汗して働く」パターンと同じなのだけど・・・

 一方、内田朝雄の子分でありながら、そのシマを狙ってえげつないことを繰り返す現代ヤクザ・遠藤に佐藤慶、その配下・直治郎に千波丈太郎。こいつらが悪いのなんの。清次は、朝吉に「徳島の田舎に帰って堅気になれ」と言われ、2人は決別するのだけど、中盤になって、清次は例によって、なぜか直治郎の身内として、朝吉の屋台の立退きにかかりにやってくる。いつもの「清次の裏切り」である。さすが宮川一夫のキャメラはしっとりとしていて、時代が昭和40(1965)年の現代なのか、もっと前なのか、わからないほど。なのでかつての「悪名」を観ている楽しさがある。

 東京でひと暴れして、久しぶりに大阪へ舞い戻った朝吉(勝新太郎)は、もはや「悪名」を売ってやんちゃな暮らしをしている場合ではないと、足を洗う決意をしている。弟分・清次(田宮二郎)と別れの宴をしようと、昔なじみの新世界の「びっくり鍋」へとやってくる。店は代替わりしていたのか、少し勝手が違うが、朝吉はきっぷの良い仲居(水谷良重)のサービスで、清次との別れを味わう。しかし仲居は、「びっくり鍋」店主(内田朝雄)の娘・お米た。朝吉は財布の中身を、故郷・徳島への旅費として清次に渡してしまったために、飲食費が払えずに、店で働かせてくれと頼む。ならばとお米は、朝吉と清次を、素人の女性ばかりの賭場に案内する。そこで朝吉はつきまくり、町工場の社長・お政(ミヤコ蝶々)を相手に百万円以上も勝ってしまう。

 ブラシ工場の経営が苦しいお政は、現金の持ち合わせがなく小切手を乱発してしまうが、このままでは不渡りになり、銀行取引が停止されてしまうので、朝吉に「小切手を胴元から回収して欲しい」と懇願する。困っている人がいると「見て見ぬ振り」が出来ない朝吉は、胴元・遠藤(佐藤慶)に小切手を返して欲しいと頼むが、拒まれてしまう。ならばと朝吉は遠藤の親分に話をつけに行くと、なんと「びっくり鍋」の親父・正太郎(内田朝雄)が親分だった。

 正太郎は、朝吉の男気に惚れて、お政の小切手を返すように遠藤に指示するが、遠藤は、正太郎から破門された直治郎(千波丈太郎)と結託して、お政に法外な利息で金を貸し付けようとする。もちろんお政には返せるはずもないことを目論んで、工場を抵当に入れさせる。

 そんな悪事が進んでいるとは知らずに、朝吉は、お米の奔走で「おでん屋台」の親父になる。朝吉が小さな幸せを噛み締めているところに、地回りのヤクザになった清次が現れる。清次は故郷に帰らずに、直治郎の配下になって肩で風を切っていた。と、いつもの展開となる。やがて遠藤たちの悪巧みが露見、正太郎は激しく怒るが、仁義よりも私利私欲を優先させる遠藤と直治郎は、正太郎を裏切り、お政の息子を誘拐して工場の権利書を要求するが・・・

 クライマックスもいつものように、朝吉と清次が仲直りをして、ワルどもを一網打尽にする。今回は「原点帰り」を意識して拳銃が出てこない。シリーズ初期のような「大喧嘩」なのである。その爽快さ! 田宮二郎のキビキビした動き、勝新太郎のパワフルなアクション。この後、たくさんの映画やドラマで、憎々しげな「知的な悪役」を演じていく佐藤慶のクールな悪役ぶりが際立っている。

 前半の女だけの賭場に集まるマダムを、シリーズではお馴染みのミス・ワカサ、大映「蛇女優」毛利郁子が演じている。水谷八重子のお米と朝吉のほのかな恋愛関係もしっとりとした味わいがあり、眺めているだけでも楽しい。


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