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『いつでも夢を』(1963年・日活・野村孝)

 日活映画の主題歌を歌い、ビクターから1962 (昭和37 )年に歌手デビューを果たした吉永小百合が、橋幸夫とのテュエット「いつでも夢を」で1962 (昭和37) 年のレコード大賞を受賞。作曲家・吉田正の薫陶を受け、吉田学校の門下生でもある吉永小百合は、同名映画主題歌「草を刈る娘」や『白い蕾と赤い花』の主題歌「寒い朝」などの吉田正メロディを歌い続けている。

 「いつでも夢を/あすの花嫁」は、吉永にとっては「寒い朝/人の知らない花」 (62年4月)、「草を刈る娘/サンタ・マリアの鐘」(62年7月)に次ぐ三枚目のシングル盤で、62年9月20日に発売され、たちまち大ヒット。明朗な青春歌謡路線の明るいメロティは、老若男女の圧倒的な支持を受けて、62年12月にはレコード大賞を受賞することとなった。

 この頃の吉永は『キューボラのある街』 (62年浦山桐郎)での演技が高く評価されて、NHK最優秀新人賞を受賞。明けて 1963 (昭和38)年、『いつでも夢を』が映画化されて間もなく、プルーリボン主演女優賞に輝くことになる。まさに若手女優としてその美しい輝きを放っていた。日活でも1月3日に正月映画として『青い山脈』(西河克己)が公開され、その一週間後に『いつでも夢を』が公開されるなど、 1963年はまさに“吉永小百合イヤー”でもあった。

 日活では企画としてクレジットされているが、実質的にはプロテューサーにあたるのが、石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』( 57 年井上梅次)や小林旭の『ギターを持った渡り鳥』(59年童藤武市)などの仕掛人でもある児井英生。時流を読み映画をヒットさせることでは随一の児井英生らしい、華やかな歌謡映画となっている。監督の野村孝は、児井企画の小林旭主演『黒い傷あとのプルース』(61年)で、まだあどけなさの残る吉永小百合を、暗黒街を舞台にしたアクションのヒロインに仕立て上げた人。「あすの花嫁』( 62年)でも吉永とコンビを組んでいる。

 さて、映画『いつでも夢を』の舞台は、東京の下町の工場が密集地帯。荒川放水路と隅田川にはさまれた三角洲のなかにある。隅田川に面した“お化け煙突”が画面にしばしば登場する。1925 (大正15)年に、足立区千住に東京電力が建設した火力発電所の煙突。見る角度によって四本に見えたり、三本に見えたり、ニ本に見えたり、本にも見えることから“お化け煙突”と呼ばれていた。

 そうした下町の工員相手の三原医院の准看護婦(当時の呼称)が、ヒロイン三原ひかる(吉永小百合)。愛称はピカちゃん。定時制高校で共に勉強をしているクラスメートの工員・木村勝利(浜田光夫) とは大の仲良しだが、ビカちゃん目当てで診察を受ける工員仲間に、勝利はヒヤかされるばかり。

 懸命に働きながら、夜学に通う若者たち。高度経済成長を労働力として支えてきた若者像が、明朗に活写されている。このニ人を見守るのが、喧嘩っ早くて情にもろいトラック運転手・岩下留次(橋幸夫)。日活の純愛コンビと、「潮来笠」の大ヒットで大人気の橋幸夫の共演。若者に人気のスターを配しながら、日活青春映画は当時の観客層の中心たったプルーカラーの若者、動労青年たちへの応援歌としての役割も果たしていた。この傾向は、昭和40年代に入っても、舟木ー夫映画にも受け継がれ、貧しくとも明るく生きる青春像が描かれていくことになる。

 ひかるは戦災孤児。勝利も父親・長太郎 (織田政雄)が出奔して、母・あい(初井言栄)と勝利が苦労して、弟・和平(市川好郎)を学校に通わせている。名前一つに時代が現れている。兄・勝利は戦時中の生まれ。弟・和平は戦後生まれ。ということが判る。それぞれ過去や状況、問題を抱えている。夜学のクラスメート、松本秋子 (松原智恵子)は無理がたたって病に倒れる。彼ら、彼女たちにとっての「希望とは ?」「生きる喜びとは?」コミカルな描写のなかに見え隠れする深刻な問題。それらを救済してくれるのが、若さと歌でもある。

 吉永と橋の「いつでも夢を」をはじめ、橋の「潮来笠」「おけさ唄えば」「北海の暴れん坊」「若いやつ」、吉永の「寒い朝」といったそれぞれのヒット曲が次々と画面に登場する。いすれも作曲.吉田正作詞・佐伯孝夫の名コンビが手がけた曲ばかり。さらに浜田光夫も挿入歌「街の並木路」(作曲:久慈ひろし作詞:滝田順)を唄っている。実に賑やか、実に華やか。 1962年末に撮影された東京の風景と、当時流行の歌謡曲の数々、まさしく映画は時代の記憶を閉じ込めたタイムマシンでもある。こうした時代を知らない世代にも、その時代の空気を伝えてくれる。

 1963年の日活映画は、まさしく吉永小百合-色。2月には『泥だらけの純情』 (中平康)、3月『雨の中に消えて』(西河克己)、6月『伊豆の踊リ子』(西河克己)、 7月『若い東京の屋根の下』(斎藤武市)、 8月『美しい暦』(森永健次郎)、9月『波浮の港』(斎藤武市)、1 1月『真白き富士の嶺』(森永健次郎)、12月『光る海』(中平康)と、10本もの作品に出演することになる。

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