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『踊るブロードウェイ』(1935年・MGM・ロイ・デル・ルース)

 MGMのドル箱となった『ブロードウェイ・メロディ』シリーズ第2作『踊るブロードウェイ』(1935年・MGM・ロイ・デル・ルース)をアマプラでスクリーン投影。やはりミュージカル映画は、なるべく大きな画面で観るのが楽しい。ヘッドフォンの音量を大きめにして、1935年の銀幕の”ブロードウェイ模様”のファンタジックな世界を味わった。

【ブロードウェイ・メロディ・シリーズの背景】

 初作の『ブロードウェイ・メロディー』(1929年・MGM・ハリー・ボーモント)は、映画界初の全編オール・トーキーによるMGMミュージカルの第一作。脚本、ミュージカル・ナンバーともに、映画のために書き下ろされたオリジナルだった。

 この初作から"Broadway Melody""You Were Meant for Me""Wedding of the Painted Doll"といった、繰り返し映画で歌われるスタンダード・ナンバーが誕生。作曲はナシオ・ハーブ・ブラウン、作詞はプロデューサーとしてMGMミュージカル黄金時代を築くことになるアーサー・フリード。トーキー映画として初めてのアカデミー作品賞を受賞したMGMにとってはモニュメンタルな作品だった。耳馴染みの曲なのは、のちにMGMミュージカルの金字塔『雨に唄えば』(1951年・ジーン・ケリー、スタンリー・ドネン)が、これらのフリード&ハーブ・ブラウンの楽曲をフィーチャーしたリスペクト映画だったからである。

 6年後の1935年8月25日に第2作”Broadway Melody of 1936”『踊るブロードウェイ』を製作、公開した。これはワーナーブラザースが『ゴールドディガーズ』(1933年・マーヴィン・ルロイ)をシリーズ化、第2作『ゴールド・ディガーズ36年』(1935年・バズビー・バークレイ)を1935年3月16日に全米公開、大ヒットしたことが大きい。

ロビーカード

 この頃、パラマウントでは、ビング・クロスビーをフィーチャーした『ラヂオは笑ふ』(1932年・ジョン・F・サイツ)を第1作にオールスター・ミュージカル”The Big Broadcast”をシリーズ化。1935年9月20日に第2作”The Big Broadcast of 1936”『1936年の大放送』(ノーマン・タウログ)を製作、公開した。

 ワーナー、パラマウントに続いてMGMが、モニュメンタルな"Broadway Melody"をシリーズ化。各社ともに1930年代末にかけて、この三大シリーズを製作していく。ちなみにMGMでは、1937年に"Broadway Melody of 1938"『踊る不夜城』、1940年に"Broadway Melody of 1940"『踊るニュウ・ヨーク』と全4作を製作していくことになる。シリーズ映画とはいえ、いずれもタイトルとミュージカル・ナンバー以外は、前作とのストーリーの関連はない。

【エレノア・パウエル】

 さて『踊るブロードウェイ』では、1940年代にかけてMGMのショウ・ストッパーとなるエレノア・パウエルのMGM初出演にして初主演作。”クイーン・オブ・タップ”と呼ばれたエレノア・パウエルの華麗なるタップ・ダンスは世界中の映画ファンを魅了。パウエルは『踊る不夜城』『踊るニュウ・ヨーク』と続く"Broadway Melody"シリーズの顔となり、『踊るアメリカ艦隊』(1936年)、『ロザリー』(1937年)、『踊るホノルル』(1939年)に主演。RKOのフレッド・アステアと並び称されるタップダンサーとしてミュージカル映画黄金時代をリードしていく。

エレノア・パウエル

 主演はMGMのトップスターの二枚目、ロバート・テイラー。ブロードウェイの若き演出家を演じ、ヒロインのエレノア・パウエルとのロマンチック・コメディが展開される。ブロードウェイの社交界を舞台に、タキシードと美しいドレスを纏った美男美女。ロマンスとスペクタクル・ナンバー、そしてジャック・ベニー、シド・シルヴァースの人気コメディ・スターによる笑い。さらにはフランセス・ラングフォードの唄、ジューン・ナイトの色香などを散りばめたバラエティ豊かな構成は、眺めているだけでも楽しい。

 ブロードウェイの若き演出家、ロバート・ゴードン(ロバート・テイラー)は、大金持ちのリリアン・ブレント(ジューン・ナイト)から新作舞台の出資を受けることに。リリアンはロバートを自分のものにしたいという目論見もあった。

 トップシーン、マンハッタンのゴージャスなビルのルーフトップのナイトクラブでのパーティで、"Broadway Rhythm""You Are My Lucky Star"など、アーサー・フリード作詞、ナシオ・ハーブ・ブラウン作曲のお馴染みのスタンダードが手際良く紹介される。

 そのナイトクラブでリリアンとロバートが、ビジネストークの後にデュエットで唄うのが、本作のための新曲"I've Got a Feelin' You're Foolin'"(作詞・アーサー・フリード 作曲・ナシオ・ハーブ・ブラウン)である。アンソロジー『ザッツ・エンターテインメント』(1974年)で紹介され、僕らの世代はそのゴージャスさに見せられた。

 この曲は日本でも大流行。『エノケンの千万長者』(1936年・P .C.L.・山本嘉次郎)では二村定一が歌い、『風流演歌隊』(1937年・P .C.L.・伏水修)ではリキー宮川と神田千鶴子が歌うなど、定番のジャズソングとして親しまれていく。

【ジャック・ベニーとシド・シルヴァース】


 さて、そのパーティを向かいの新聞社のオフィスから覗いているのが、ゴシップ専門コラムニストのバート・キラー(ジャック・ベニー)とアシスタントのスヌープ・ブルー(シド・シルヴァース)。「火のないところに煙を立たす」キラーは早速、ロバートがリリアンを口説いてショウのための出資をさせるとスキャンダラスな記事を書き立てる。

 ジャック・ベニーは、1930年代から50年代にかけてラジオ番組やテレビ番組でシットコムの原型を作り、その毒舌や皮肉は、同時期のラジオから生まれたスター、ボブ・ホープと共に、アメリカの放送文化をリードしていった。わが徳川夢声や、戦後の森繁久彌のような「放送人→映画スター」である。

 シド・シルヴァースは、1920年代、相棒のフィル・ベイカーとコンビを組んでヴォードヴィルの人気者になり、ブロードウェイのレレビューでコミカルなキャラクターとして活躍。作詞家・劇作家としても活躍。この『踊るブロードウェイ』で映画初出演。本作でも女装をしたり、ロバート・テイラーに殴られるルーティーン、ジャック・ベニーのツッコミに対するナイスなボケと、芸達者ぶりを発揮している。

 さて、ロバートのオフィスに、彼の高校時代の恋人で、ブロードウェイのスターを夢見てニューヨークへやってきたアイリーン・フォスター(エレノア・パウエル)が訪ねてくる。サプライズと思って、アポなしで来訪したのでなかなか会えない。ロバートの秘書、キティ・コルベット(ウナ・マーケル)は、アイリーンと意気投合、なんとか彼女の望みを叶えようとあの手この手で協力していく。

 ウナ・マーケルはサイレント時代から活躍してきたコメディエンヌで、『42番街』(1933年・ワーナー)『メリー・ウィドウ』(1934年・MGM)など相当数の作品に出演しているベテラン。本作ではシド・シルヴァースを相手に芸達者なところを見せてくれる。

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【バディ・イブセン】

 さて、ロバートにまともに会えずに意気消沈したフォスターは、アパートの屋上で、売れないけど陽気な芸人コンビと出会う。長身の兄・テッド・ブレイク(バディ・イブセン)と妹(ヴィルマ・イブセン)である。朝食を作りながら二人が歌って踊るのは"Sing Before Breakfast" (作詞・アーサー・フリード 作曲・ナシオ・ハーブ・ブラウン)

 ミッキー・マウスのトレーナーを着て、アクロバティックなダンスを展開するバディ・イブセンは、若い頃からブロードウェイのダンサーとして活躍。”ベビー・アステア”のニックネームで、ジーグフェルドの舞台「フーピー」「ジーグフェルド・フォーリーズ・オブ1934」などに出演。1935年にMGMのスクリーンテストを受けて契約。本作が初出演となった。以後『踊るアメリカ艦隊』『踊る不夜城』、FOXに貸し出されてシャーリー・テンプルとの『テンプルの燈台守』(1936年)、ジュディ・ガーランドとの『踊る不夜城』などに出演。『オズの魔法使』(1939年)のブリキ男に抜擢されるも、メイクの銀粉が身体に合わずに降板することとなる。

 さて、バディ・イブセンが、劇中、ミッキー・マウスのトレーナーを着ているのには理由がある。イブセンのダンス・テクニックに注目したウォルト・ディズニーが、1929年から1939年にかけて短編アニメ「シリー・シンフォニー」シリーズのミッキー・マウスのダンスを、バディ・イブセンのダンスを撮影してトレースしていた。つまり、僕らが見てきたミッキーのダンスは、バディ・イブセンのダンスだったのである。俳優としては後年になるが『ティファニーで朝食を』(1960年・パラマウント・ブレーク・エドワーズ)で、ホリー(オードリー・ヘップバーン)の別れた亭主を演じていたのが印象的。

 このイブセン兄妹が、舞台に抜擢されてリハーサルで唄って踊るナンバーも書き下ろしの新曲"On a Sunday Afternoon"(作詞・アーサー・フリード 作曲・ナシオ・ハーブ・ブラウン)。バディ・イブセンのMGMお目見えにはふさわしいユーモラスなプロダクション・ナンバー。

【ロマンチック・コメディ・ミュージカル】

 さて、ニューヨークでの暮らしを始め、かつての恋人ロバートと語り合った夢を実現させようと、ロバートの新作への出演を希望するアイリーンは、ようやくオーディションのチャンスに恵まれる。しかし、いざ、という時に、ロバートはリリアンに呼び出され「ちょっと待ってて」と言われて、劇場で待ちぼうけ。

 そこで、リリアンが夢想する幻想のダンスナンバーが、やはり本作のための新曲"You Are My Lucky Star"(作詞・フリード 作曲・ハーブ・ブラウン)。ここで観客はエレノア・パウエルのスペクタクルなダンスを、目の当たりにする。まさにショウ・ストッパーである。カメラ目線で、横移動しながらステップを踏むエレノアのまさに神業が楽しめる。しかし、この超絶ダンスを、すれ違い、行き違い、勘違いの連続で、ロバートはなかなか観ることができないもどかしさ。

 リリアンはどうしても新作舞台の主役をやりたい。しかしロバートはそれだけはしたくない。痺れを切らしたリリアンは、期限までに主役を見つけられなければ、自分が主演する。さもなくば出資を取りやめると宣言。そこでロバートは密かにハリウッドに飛んで女優を探すが、誰もが「映画に夢中」でブロードウェイには見向きもしない。ならば、アイリーンがいるじゃないか!と観客は思うのだが、ロバートはアイリーンには競争の激しいブロードウェイで苦労をさせたくないという思いもあり、また彼女の実力も知らないので、故郷に帰るように説得。

 その頃、キラーはロバートが主演女優を必死に探していることを知り、これは格好のネタとばかりに、架空のフランス女優をでっち上げて、助手のスヌープに(なぜか)女装をさせてホテルに滞在させる。狙い通りロバートが興味を持つも、そんな女優は存在しないのだから、時間切れになることは必至。ここでドタバタの笑いとなる。しかしロバートの秘書、キティーは、キラーの悪巧みを知って、一計を案じる。田舎に帰る汽車に乗ったアイリーンを次の駅で待ち構えて、架空のフランス女優に仕立て上げて、ロバートに引き合わせるが…

 ストーリーはそれだけ。紆余曲折のドタバタがあって、アイリーンが見事に主演女優となり、ロバートと結ばれるまで、ミュージカル・コメディが展開する。

 クライマックス、舞台のリハーサルでフランス女優に化けたアイリーンが、伴奏なしでタップ・ソロを披露するシーン。エレノア・パウエルのダンサーとしての力量の凄さが堪能できる。続いて、ラストシークエンス。前半に登場したルーフトップでの「新作舞台記念披露パーティ」で、展開されるミュージカル・スペクタクルが圧倒的。

 フランセス・ラングフォードが"Broadway Rhythm"を歌い、バディ・イブセン、ヴィルマ・イブセン、ジューン・ナイト、ニック・ロング・Jr.が踊り、いよいよエレノア・パウエルが踊る。タキシードを着たダンサーたちを従えてのエレノア・パウエルのパフォーマンス! エレノア・パウエルというビッグ・スターを得て、いよいよMGMミュージカルの黄金時代が幕開けする。

【ミュージカル・ナンバー】

♪ブロードウェイ・リズム Broadway Rhythm (1935)

 作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・オープニング・クレジット
・ダンス:コーラス(リハーサル場面)
・唄:フランセス・ラングフォード(ナイトクラブ場面)
・ダンス:バディ・イブセン、ヴィルマ・イブセン、ジューン・ナイト、ニック・ロングJr.、エレノア・パウエル(ナイトクラブ場面)

♪君こそ輝く幸運の星 You Are My Lucky Star (1935)

作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・オープニング・クレジット
・唄:フランセス・ラングフォード、コーラス
・唄とダンス:エレノア・パウエル(吹替・マージョリー・レイン)、バレエ・ダンサー
・ピアノ:ロジャー・イーデンス、ダンス:エレノア・パウエル
・唄:ロバート・テイラー、コーラス(エンディング)

♪ブロードウェイ・メロディ Broadway Melody (1929)

作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・唄:ハリー・ストックウェル(ファースト・シーン)

♪アイヴ・ゴット・ア・フィーリン・ユア・フーリン
I've Got a Feelin' You're Foolin' (1935)

作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・唄:ジューン・ナイト、ロバート・テイラー、コーラス
・ダンス:ジューン・ナイト、ニック・ロングJr.、コーラス
・唄:フランセス・ラングフォード(リプライズ)
・エンディングのダンス、エンドクレジットの音楽も。

♪朝食前に歌おう Sing Before Breakfast (1935)

 作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・唄とダンス:バディ・イブセン、ヴィルマ・イブセン、エレノア・パウエル(吹替・マージョリー・レーン)

♪全ての夢をあなたに All I Do Is Dream Of You (1934)

作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・唄 フランス語のレコード(歌手不明)

♪日曜の昼下がりに On a Sunday Afternoon (1935)

 作詞:アーサー・フリード 作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
・唄とダンス:バディ・イブセン、ヴィルマ・イブセン

♪懐かしのスワニー 

The Old Folks at Home (Swanee River) (1851)

 作曲:スティーブン・フォスター
ピアノ:ロジャー・イーデンス


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