見出し画像

 昭和36(1961)年1月、石原裕次郎は志賀高原のブナ平スキー場で、女性スキーヤーと衝突して、右足首粉砕複雑骨折をしてしまう。このスキー事故での 長期休養の間、2月21日には赤木圭一郎が事故死してしまう。そのため、裕次郎・小林旭・赤木・和田浩治のダイヤモンドラインによる主演作のローテーション“ピストン作戦”は大打撃を受け、前年末にダイヤモンドライン参加が決まっていた宍戸錠に、4月には二谷英明も加わり、第二次ダイヤモンドライン路線で、この危機に対処することとなった。

 この年、『街から街へつむじ風』(1月14日・松尾昭典)以来、半年ぶりに公開された裕次郎映画が、9月10日公開の『あいつと私』だった。
石坂洋次郎といえば、『乳母車』(1956年・田坂具隆)や『陽のあたる坂道』(1958年・同)などエポック作品の原作者でもある。復帰第一作として坂上静翁プロデューサーをはじめとする日活首脳陣が『あいつと私』を選んだというのも、納得できる。派手なアクションより、明朗な青春篇というのは、肉体的負担への配慮はもちろん、青春スター裕次郎の再生という思惑もあったことだろう。

 本作の特報には、裕次郎の復帰を祝う日活スターの姿が活写されている。そのセレブレーションの気分と明朗青春映画はピッタリ。さらに『狂った果実』(1956年)で内外の映画人にも影響を与え、航空アクション快作『紅の翼』(1958年)で裕次郎映画の新機軸を打ち出した中平康が監督にキャスティングされたことで、この復帰第一作の成功が約束されたともいえる。

 映画は、前年の 昭和35(1960)年の初夏から秋にかけての物語。60年安保を迎え、日本中が騒然としていた政治の季節。学生たちも連日デモに参加し、変わりゆく政治への抵抗をしていた。そんななか、経済的にも裕福な恵明大学のブルジョワ学生である黒川三郎(裕次郎)とクラスメートの浅田けい子(芦川いづみ)たちの一夏を、リリカルに描いた作品となっている。

 さわやかといっても、そこは石坂洋次郎。『陽のあたる坂道』同様、一見屈託のない登場人物の複雑な出生の秘密と、年頃の男女が直面するセックスという問題を、サラリと描写している。

 リベラルな父親のもと、女系家族で何不足なく育ったけい子が、黒川三郎という“男”に出会って、母親の庇護から巣立ち“女”としての自覚をするという構成。

 その感情の高まりを昭和35年6月15日の夜に持って来たところに、本作の時代性がはっきりと出ている。この夜、安保条約に反対する学生約8000人が国会に詰めかけ、警官隊と衝突。東大文学部の女子学生が圧死する事件が起こった。

 クラスメイトの加山さと子(笹森礼子)の結婚式の夜。折しも60年安保闘争が最高潮の盛り上がりをみせ、学生をはじめホワイトカラー、労働者たちが国会周辺を取り囲んでいる。さと子に失恋した金沢正太(小沢昭一)は自棄な気持ちでデモに乱入、ノンポリである三郎も騒然とする国会周辺の現実を目の当たりにする。

 けい子は、母親の庇護との決別を宣言し、三郎とのセックスへの願望と感情の高まりをデモにぶつけていく。イデオロギーと騒乱。恋愛感情とセックス。その夜、デモに参加した女学生が先輩達に陵辱されてしまう。そうした出来事に直面するヒロインのモノローグが強烈な印象を残す。本作が優れているのはこうした石坂洋次郎イズムを、適確なショットと場面構成で映像化していく中平康の映画的視点である。

 夜が明けて、三郎、けい子、正太の三人が日比谷公園で飲む牛乳が実にうまそうである。しかも立て続けに何本も飲む。何かを洗い流すように、消費してしまったエネルギーを取り戻すかのように。

 溢れ出るダイアローグ。登場人物たちのディスカッション。これぞ石坂洋次郎の魅力であり、中平康の醍醐味でもある。クライマックス、ホテル王・阿川正男(滝沢修)が黒川家を訪ね、三郎の母親・モトコ(轟夕起子)の誕生日パーティのシークエンスで、長年のわだかまりが一挙に爆発する。エゴイスティックだが可愛い女性でもある母親・モトコと、髪結いの亭主を地でゆく父親・甲吉(宮口精二)。チャップリンを思わせる風貌の宮口はコミカルに、仕事の出来る女房を持つ男の悲哀を好演。それなりに均衡を保っていた夫婦の前に、母のかつての恋人・阿川が現れたことで起こる波紋。その危機を乗り越えるために三郎が下した決断とは? 日活映画らしい“個のあり方”と、アイデンティティの獲得、そしてさわやかなハッピーエンドは、実に鮮やかである。

 キュートな芦川いづみはもとより、女優陣が華やかなのも本作の魅力。芦川の妹に吉永小百合と酒井和歌子。まだあどけない酒井和歌子は、後に東宝映画でフレッシュアイドルとして活躍することになる。末妹の尾崎るみ子を含めての四姉妹は『若草物語』的でもあり、細川ちか子のユーモラスなおばあさんに、高野由美のお母さんは、日活映画の女優陣の充実ぶりを再認識させてくれる。

 主題歌「あいつと私」は、谷川俊太郎作詩、六条隆(黛敏郎)の作曲で、公開に併せてテイチクレコードからリリース。劇中では、タイトルとエンディングのほか、夏期休暇の前のクラスの余興大会で唄われている。

web京都電視電影公司「華麗なる日活映画の世界」


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。