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『帰らざる波止場』(1966年・日活・江崎実生)

にぎりしめ、抱きしめたひとつの愛・・・・・
非情の銃口がひきさく運命のブリッジ!
裕次郎・ルリ子の慕情コンビで贈るメロ・アクション!!

製作=日活/東京地区封切 1966.08.13/8巻 2,438m 89分/カラー/ワイド/併映:あなたの命

 昭和41(1966)年は、裕次郎のムード・アクションが成熟した年でもあり、緩急自在の演出でその世界観を作り上げた立役者のひとりが、江崎実生監督。数ある石原裕次郎と浅丘ルリ子の共演作のなかでも、ムード、ドラマの展開、ラストシーンの余韻も含めて、最高作の一つが『帰らざる波止場』だろう。フランソワーズ・アルヌール主演の『過去を持つ愛情』(1954年・アンリ・ヴェルヌイユ)がベースになったとは、江崎監督から伺った話。

 もとは篠田正浩監督が書いたシナリオに、山田信夫が手を入れて、それを江崎監督が全面的に改稿。そういう意味では、江崎監督のロマンチシズムと思い入れが一番深い作品かもしれない。

 舞台は、『俺は待ってるぜ』(1957年・蔵原惟繕)以来、裕次郎映画の哀愁、ムード作りに貢献して来た港町横浜。江崎監督の師匠にあたる舛田利雄監督の傑作『赤いハンカチ』(1964年)や、江崎監督が初めて手がけた裕次郎映画『黒い海峡』(1964年)でも横浜は重要なバックグラウンドだった。

 裕次郎は、売れっ子のジャズピアニスト・津田志郎。物語は、三年前の事件から始まる。津田が仕事を終えて戻ってくると、恋人・京子(原良子)が何者かと争っている。その結果、津田は京子を誤って殺してしまい、男はその場から逃走してしまう。誤りとはいえ、殺人を犯してしまった津田は刑務所で、三年の刑に服すこととなる。

 そして津田が出所。その後を執拗に追うのが神奈川県警の江草刑事(志村喬) だった。津田はかつてのマネージャー・新村(杉江弘)から、ギャラの取り分を巻き上げると、そこへ京子と争っていた男、ジョッキーのジローこと長江(深江章喜)が入ってくる。横浜中華街で地回り(野呂圭介)から、長江の素性を聞き出した津田は、競馬場へと向かうが、そこで美しき水沢冴子(浅丘ルリ子)を目撃する・・・

 裕次郎は、他のムード・アクションの主人公と同様、自分の“過去”を取り戻すために“現在”の戦いを続ける。長江は麻薬組織の人間で、京子のかつての恋人だった。その黒幕は沢田(金子信雄)で、一大シンジケートを築いている。長江を執拗に追い続ける津田と、津田を泳がすことで麻薬組織の全貌を掴もうとする江草刑事。

 裕次郎と名優・志村喬の関係は、フランスのフィルムノワールのアラン・ドロンとジャン・ギャバンのように味わい深い。自分のための戦いを続ける男と、それを利用しようとする老獪な刑事。この図式は『赤いハンカチ』の裕次郎と金子信雄の刑事にもそのまま当てはまる。裕次郎が恋人を喪失してしまった現在、その真相をつかむことで、自身を取り戻そうとするのは、『錆びたナイフ』(1957年)とも重ねることができる。

 本作を傑作たらしめているのは、ヒロインの浅丘ルリ子の存在。男と男の闘いのアクションより、メロドラマや男と女の争いに興味があるという江崎の真骨頂である。冴子は、夫が急逝してしまい、その莫大な財産を手にしている水沢財閥の未亡人。しかし、彼女はどことなく憂いを秘めている。津田と冴子は水上バスで再会する。彼女は、そのとき、大きな指輪を海の中へと落とす・・・

 ドラマとしてのお膳立てが整ったところに、“過去を持つ”ヒロインを登場させ、その存在が主人公の“現在”の希望へとつながってくる。しかし、その二人の心はなかなか通わない。そのプロセスこそ、江崎監督のロマンチシズム溢れるムード・アクションの醍醐味でもある。

 津田に嗅ぎ回られるのが迷惑な組織は、津田を国外逃亡させようとパスポートと金を手配するが、江草刑事は、津田を国内に留まらせるべく、それを阻止する。一方の冴子は、横浜から世界一周の航海に出ようとしている。津田にそのパートナーにならないかと持ちかける。こうして、それぞれ過去を持つ、男と女が出会い、運命を伴にしていくことになる。

 本作の魅力の一つが音楽。裕次郎の歌う主題歌「♪帰らざる波止場」の効果的なリフレインにある。随所にサックスをフィーチャーしたモチーフが効果的に流れるが、裕次郎の歌声が素晴らしい。津田と冴子が、津田の行きつけのイタリアンレストランで、ウエイターに乞われるまま、津田が「♪帰らざる波止場」を歌うことで、観客の感情を昂らせてくれる。

 美術の千葉和彦による、このイタリアンレストランのセットが、実に素晴らしい。海に面したテラスと店内の間には、風にそよぐカーテンしか間仕切りがない。この開放感は、日活アクションの主人公の持つ、海外への憧れ、明日への希望の具現化だろう。ここでの「♪帰らざる波止場」の歌唱シーンは、津田と冴子の心理の綾を巧みに表現する装置となっている。

(1)最初は主題歌(2)冴子への弾き語り(二人の第一の幸福)(3)冴子といったん別れた津田が単独で歌っていると、そこへ冴子が現れる(二人の現在のための再会)(4)そしてエンディング(希望と絶望)。この手法は、翌年の『夜霧よ今夜も有難う』(1967年・江崎実生)でさらなる成熟を遂げる。

 やがて単身、敵のアジトに乗り込んだ津田が復讐をとげ、冴子との未来が約束される旅立ちのために、横浜の大桟橋に向かう。最後のシークエンスの志村喬と裕次郎の会話は、日活ムード・アクションのなかでも最高の一つ。希望に満ちた表情の冴子の美しさ! しかし・・・ 津田の過去、そして現在の戦いを観て来た我々は、その未来への希望を信じたいと思いつつ、それが絶望に変わることを知っている。それゆえ最後の「♪帰らざる波止場」は、実に切ない。

日活公式サイト

web京都電視電影公司「華麗なる日活映画の世界」

佐藤利明著「石原裕次郎 昭和太陽伝」(アルファベータブックス)




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