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『ヴィナスの接吻』(1948年10月28日ニューヨーク公開・ユニバーサル・ウイリアム・A・サイター)

ハリウッドのシネ・ミュージカル史縦断研究。5月3日(火)は、クルト・ワイルの名曲を散りばめた至福の作品、エヴァ・ガードナーとロバート・ウォーカー主演のファンタジックな傑作One Touch of Venus 『ヴィナスの接吻』(1948年10月28日ニューヨーク公開・ユニバーサル・ウイリアム・A・サイター)をアマプラでスクリーン投影。この映画はVHS→LD→DVDと繰り返し観てきた大好きな作品だが、日本語字幕で観るのはこの30数年で初めてかもしれない。

とにかくエヴァ・ガードナーが息を呑むほど美しくて、しかもチャーミング。というか可愛くてしょうがない。しがないデパート勤務の青年・ロバート・ウォーカーが、アンティークの石像のヴィーナスに接吻すると、なんとヴィーナスが生身の人間となって出現! 彼に恋をしてしまうのだ! 

カラーで撮影されたスチール。彫像は劇中に登場するもの

原作は1943年に初演されたブロードウェイ・ミュージカル”One Touch of Venus”。「三文オペラ」のクルト・ワイルがドイツから1935年に渡米して以来、8年がかりで手がけたブロードウェイ・スタイルのミュージカル。作詞と劇作はオグデン・ナッシュと、S・J・ペレルマン。イギリスの作家・トーマス・アンスティ・ガスリーの”The Tinted Venus”(1885年)をベースに劇化した。クルト・ワイルの名曲”Speak Low”(1943年)はこのミュージカルから誕生。

メアリー・マーティンとケニー・ベイカーが初演で歌ってスタンダード・ナンバーとなった。もちろん映画版でもたっぷり歌われる。ワイルの曲は、実に色気があって、アメリカのスタンダード・ナンバーとはまた違う体温を感じる。エヴァ・ガードナー(吹替・アイリーン・ウィルソン)が囁くように”Speak Low”を歌い、それが恋するさまざまな男女に伝搬していくミュージカル・シーンだけでも価値がある。エヴァ・ガードナーの歌声が、やがてディック・ヘイムスの歌声にバトンタッチされていく。この演出は何度見てもゾクゾクする。

ミュージカルの映画化ではあるが、劇中で歌われるのは、この”Speak Low””Don't Look Now But My Heart is Showing””That's Him”の3曲のみだが、いずれも演出が素晴らしくて、ああ、ミュージカル映画は楽しい!という気分にさせてくれる。

映画版の脚色は、のちにベティ・ハットンの『嘘クラブの女王』(1949年)やビリー・ワイルダーの『情婦』(1957年)、オードリー・ヘップバーンの『おしゃれ泥棒』(1966年)などを手がけるハリー・カーニッツ。そしてジェーン・マンスフィールド主演の傑作『女はそれを我慢できない』(1956年)やジェリー・ルイス主演作などハリウッド・コメディの騎手となる才人・フランク・タシュリンが執筆している。なので、コメディとしてのツボ、そして本作の最大の味わいである「官能」が最大限に引き出されている。官能といってもあからさまな描写はなく、エヴァ・ガードナー演じるヴィーナスの天真爛漫さ、無垢な彼女からムンムン出てくるお色気が、何よりも作品の魅力を倍増させている。

ロビーカード

エディ・ハッチ(ロバート・ウォーカー)は、サヴォリー百貨店の装飾係で、同じ店で働く売り子・グロリア(オルガ・サン・ファン)と婚約している。結婚願望の強いグロリアは、1日も早く、エディと結婚したいのだが、薄給の身なのでそうもいかない。エディの同僚で親友のジョー・グラント(ディック・ヘイムズ)はグロリアに恋心を抱いているが、自分でも気づいていない。

デパートの社長・ウィット・フィールド(トム・コンウェイ)は、美術品コレクターでもあり、デパートのプライベートルームにはコレクションがぎっしり。社長の秘書で恋人のモーリー・スチュワート(イブ・アーデン)のアドバイスで、社長はエディを呼び出す。昇給につながる大仕事か!と張り切るエディは、社長が大枚20万ドルを叩いて購入した「ヴィーナス像」をパーティで披露するので、そのステージの装飾、カーテンの修理を命じる。

エディは、ヴィーナス像があまりにも美しいので、思わずキスをしてしまう。すると愛の女神・ヴィーナスが目覚め、生身の人間隣、エディに一目惚れしてしまう。彼女が抜け出してしまったために「ヴィーナス像」が盗まれたと社長は大騒ぎ。探偵・ケリガン(ジェームズ・フレイヴン)を呼び出して捜査が始まる。容疑者エディ・ハッチは指名手配されてしまう。

エディは仕方なくヴィーナスをアパートに連れ帰るが、そこへグロリアとジョーが現れてしまったので、彼女を隠すので大慌て。結局、エディはヴィーナスを連れてデパートへ戻り、モデルハウスで彼女を寝かせることに。美しいヴィーナスはエディに夢中で、色々とモーションをかけてくる。しかしグロリアに義理立てしてエディは、迷惑そうに振る舞う。このあたり、のちにフランク・タシュリンが監督となってからのコメディではお馴染みの展開、『女はそれを我慢できない』で、ジュリー・ロンドンがレコードから抜け出して”Cry Me a River”を唄うシーンは、この『ヴィナスの接吻』のリフレインだろう。

エヴァ・ガードナーの魅惑の表情

デパート店内のモデルハウスは、この頃のハリウッド映画によく出てくる。理想の電化住宅である。ボタンひとつで操作ができる「夢の住宅」は、フランク・タシュリン好み。おそらく彼のアイデアだろう。レコードをかけようとボタンを押すと、なぜかベッドが出てくる。その時のエヴァ・ガードナーの目つき! エディは慌ててベッドを戻して、もう一度、ボタンを押す。するとまたまたベッドが出てくる。

このシーンで、ヴィーナスが歌い出すのが、本作のショー・ストッパー”Speak Low”! これにはエディでなくともメロメロになってしまう。2コーラス目は、エディのアパートで、彼が帰ってこないのでイタリア料理店でテイクアウトしてきたほうれん草のスープをジョーが温め、グロリアとディナーとなる。そこでジョーを演じているディック・ヘイムズが唄う。その甘い歌声がクライマックスに達した時に、ジョーはグロリアにキスしてしまう。まさに”Speak Low”は愛の媚薬的ナンバー!

エディはデパートにヴィーナスを残したまま帰宅。翌朝、早くデパートに行こうとするが、ベッドで寝ているヴィーナスの寝顔をみて、社長が彼女に一目惚れ。秘書のモーリーに、ヴィーナスをホームレスと勘違いして、彼女に「デパートの何を与えてもいいから着飾ってくれ」と命じる。そこでグロリアが早朝出社して、ヴィーナスのヘアメイクを始める。モーリー、グロリア、ヴィーナス。3人のヒロインが一堂に会するこのシーンで、ヴィーナスがエディへの恋心を募らせて”That's Him”を歌いだす。するとグロリアは昨夜キスをしたジョーへの愛を意識して、モーリーも社長への愛を改めて実感する。3人がそれぞれの”That's Him”への想いを唄う。これもなかなか楽しいナンバーである。この曲は、ジャズ・スタンダードとして様々なアーティストにカヴァーされているが、僕はアビー・リンカーン&ケニー・ドーハムの1957年の録音がお気に入り!

やがて社長は、ヴィーナスがエディに恋をしていることを知って、嫉妬に燃えて、探偵たちに指示をしてエディ包囲網を強化する。なんとしてもヴィーナスを自分ものにしたい社長。秘書として従うけど、本心ではヴィーナスに嫉妬してしまうモーリー。エディの親友のジョーが本気で好きになってしまったグロリア。それぞれの思惑が交差するなか、エディもヴィーナスへの愛を意識し始める。

その夜、ヴィーナスと公園デートをするエディ。甘く囁き合う恋人たちであふれる公園で、ロマンチックな時間を過ごすエディとヴィーナス。同じ公園でグロリアもジョーとデートしてダンスを踊っている。そこでヴィーナスとエディが唄う”Don't Look Now But My Heart is Showing”。これもジョー、グロリアに唄が伝搬していく。この公園のシークエンスも楽しい。ボートに横たわり愛を語り合うヴィーナスとエディ。「何が欲しい?」「ポップコーンが食べたい」とヴィーナス。この時のエヴァ・ガードナーの表情がキュート。しかし捜査網は、公園のエディをマークしていて、ヴィーナスの目の前でエディが逮捕されてしまう! 

リンクのディック・ヘイムズの”Don't Look Now But My Heart is Showing”は映画のサウンドトラックの音源である。

エヴァ・ガードナーの美しさ!

ここからの展開は、ぜひ映画をご覧頂きたい。ロマンチック・コメディとしても本当によくできている。果たして三組のカップルの愛の行方は? ラストのオチも素晴らしい。ハリウッドを代表するビューティーのエヴァ・ガードナーの美しさ、可愛さが際立つ傑作である。

【ミュージカル・ナンバー】

♪スピーク・ロウ Speak Low

作曲:クルト・ワイル 作詞:オージェン・ナッシュ 新たな作詞:アン・ロネル
*タイトルバック
*唄:エヴァ・ガードナー(吹替:アイリーン・ウィルソン)、ディック・ヘイムズ

♪ドント・ルック・ナウ・バット・マイ・ハート・イズ・ショウイングDon't Look Now But My Heart is Showing

作曲:クルト・ワイル 作詞:オージェン・ナッシュ 新たな作詞:アン・ロネル
*タイトルバック:コーラス
*唄(リプライズ):ディック・ヘイムズ、オルガ・サン・ファン、ロバート・ウォーカー、エヴァ・ガードナー(吹替:アイリーン・ウィルソン)、コーラス(公園のシーン)

♪ザッツ・ヒム That's Him

作曲:クルト・ワイル 作詞:オージェン・ナッシュ 新たな作詞:アン・ロネル
*唄:エヴァ・ガードナー(吹替:アイリーン・ウィルソン)、オルガ・サン・ファン、イブ・アーデン


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