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『若い川の流れ』(1959年・田坂具隆)

 昭和34(1959)年、正月第二弾として公開された『若い川の流れ』は、年一作のペースで、文芸大作を手がけてきた田坂具隆監督による、石坂洋次郎原作の青春大作。翌年、東映に移ることになる田坂にとっては、古巣日活での最後の作品となる。『乳母車』(1956年)、『今日のいのち』(1957年)、『陽のあたる坂道』(1958年)、そして『若い川の流れ』が作られてきた三年半は、石原裕次郎にとっても、日活にとっても、重要な時間が流れていた。

 “太陽族”の若者から、日本映画のトップスターになり、“理想の青年像”とまで言われるようになった石原裕次郎。そのイメージは、すべて日活のスクリーンのなかで培われてきた。

 この『若い川の流れ』は、これまでの文芸大作に比べると、スケール感も含めて、後に日活で作られていくことになる、『あいつと私』(1961年)などの石坂洋次郎原作の青春映画のテイストに近くなっている。石坂洋次郎の原作は、週刊明星(タイトルで週間となっているのはご愛嬌)の創刊を記念して、創刊号から12回に渡って連載されたものを、石坂が推敲加筆して、角川書店から発売された同名小説。石坂が“「若い川の流れ」に期待する”と題して、プレスシートに言葉を寄せている。<一群の若い男女の生態を、ユーモラスに且つ率直に描写したものである。都会風の滑稽趣味をねらったこの作品は、私の系列上でもまったく目新しいものである。>と、あるように、これまでの石坂文学にあった地方都市と、古いモラルによる旧弊、主人公をめぐる出生の屈託、といった要素はない。

 社会人二年生のホワイトカラーのサラリーマンと、BG(ビジネスガール)の恋愛感と結婚感を、石坂らしい戦後のリベラルな新しいモラルのなかで描いている。“都会派”“モダン”という言葉が相応しいテイストに溢れている。『乳母車』や『陽のあたる坂道』に見られた、暗さや屈託がまったくない。そういう意味で、のびのびとした青春映画であり、この後に沢山作られることになる、サラリーマン映画のルーツとしても楽しめる。

 曽根健助(石原裕次郎)は、丸の内にある東洋軽金属株式会社の総務部庶務課につとめる入社二年目のサラリーマン。秋田県の造り酒屋の一人息子で、東京の大学を出て、自由が丘に下宿している。その同僚の北岡みさ子(北原三枝)は、専務の川崎大三(千田是也)一家と、個人的な付き合いをしている。ある土曜日、健助は専務の依頼で、“大切なもの”を自宅に届けて欲しいと頼まれる。専務の自宅では美しい年頃の娘・川崎ふさ子(芦川いづみ)が、健助の来訪を待ち構えていた。実は、専務の仕組んだいたずらで、ふさ子の花婿候補として健助を差し向けたのだった。

 女の子にはまったく興味のなさそうな健助のキャラクターを印象づける、冒頭のエピソード。ふさ子との計略見合い、そしてテニスコートでのふさ子とのデートまで、実に心地よくテンポ良く展開する。もちろん、みさ子も健助に好意を寄せていて、これが安易な三角関係に発展することなく、裕次郎、北原三枝、芦川いづみの三人による、本当の彼氏、彼女探しが、ユーモラスに描かれていく。もちろん石坂文学であり、日活映画なので、それぞれの心理を言葉にして、明確な自己主張をしていく、ダイヤローグの魅力に溢れている。

 丸の内の若いサラリーマンやBGのライフスタイルや、日活スコープの画面いっぱいに広がる、東京の風景は眺めているだけでも楽しい。タイトルバックが開けて、日本橋のデパート白木屋の屋上が大写しとなる。キャメラが縦に横に写すのが、日活本社屋上から撮影した晴海通りの雑踏。劇中に登場する日本橋の上には、まだ首都高速が走っていない。

 みさ子と健助が初めてデートをするアフター5。丸の内を歩き、皇居のお堀端を歩く。そこで二人はチンピラ学生に絡まれる。実は、みさ子の弟・北岡靖男(川地民夫)というオチも愉しい。二人が入るステーキハウス。そして、みさ子の“満腹になるとシアワセな気分で空の散歩したくなる”癖で、夜のビルで二人が歩くシーンには、1959年の東京の夜の空気を感じることができる。そして二人が立ち話をするのが、この『若い川の流れ』も封切られた、日活映画の殿堂・丸ノ内日活劇場の前。

 健助を訪ねて上京していく秋田の両親。父・曾根正吉(東野英治郎)は入り婿で、母・曾根とみ子(轟夕起子)の尻に敷かれている。それに甘んじることが、父にとっての幸福な人生だったという解釈。この母のキャラクターが、この映画の見物の一つ。父に似て、女性心理はてんでダメな健助への、女性の扱い方指南、そして二人のヒロインの品定め。轟が理想的なお母さんをユーモラスに演じている。

 ドラマの要となるのが、ふさ子の誕生パーティ。健助はそこで、大学の同級生で、今はCR放送の音楽プロデューサーをしている室井敬三(小高雄二)と再会。彼がふさ子をめぐるライバルと知る。そこで健助が、ご自慢の「秋田音頭」を歌うシーンも楽しい。パーティの客として、ノンクレジットながら赤塚親弘=赤木圭一郎が出演しているので、注目していただきたい。

 さて、様々なドラマを重ねて、健助とみさ子、そしてふさ子は、ベストパートナーを見つけることができるのか? この映画の裕次郎たちの若々しさ、爽やかさは、時を経ても色あせない。『若い川の流れ』は 1959年型“婚活”ムービーとしても楽しめる。

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Web京都電影電視公司「華麗なる日活映画の世界」



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