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出逢い、そして… 『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』(1981年8月8日・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2023年10月7日(土)「土曜は寅さん!4Kでらっくす」(BS テレ東)で第27作『浪花の恋の寅次郎』放映! 拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)から、放映作品をご紹介します。(期間限定) 

 瀬戸内海の小島。広島県呉市豊浜町小野浦で、寅さんがあんパンと牛乳を食べている、のどかな昼下がり、寅さんは、ブラウス姿の美しい若い女性と出会います。墓参をしている彼女を、未亡人とカンチガイした寅さん、その女性とことばを交わします。何気ない旅先でのひととき。こういうときの寅さんは、カッコいいです。人の気持ちに立ち入ることもなく、そっと寄り添って、同じ空気のなかに佇んでいる。そんな感じがします。

 別れ際、渡船に乗る寅さんと女性が、互いに名乗り合います。二度と会うことはない、ひとときの出逢い。瀬戸内海の波光、夏の陽射し。高羽哲夫キャメラマンが捉えた、美しい日本の風景。そして山本直純さんによる、短いけれども印象的な「旅のテーマ」。

 ぼくたちは、こうしたシーンに「男はつらいよ」の世界を感じて、とても暖かい気持ちになります。

 この出逢いは、寅さんにも観客にも深い印象を残します。しばらくして、寅さんが東大阪の石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)で啖呵売。しかし江戸っ子の寅さん、大阪では調子が出ず「ダメだなぁ、大阪は。あきらめて東京に帰るか」と弱気です。

 そこへ、華やかな雰囲気の三人の女性たちが、かしましくやってきます。演ずるは正司照枝さん、正司花江さん。もうひとりが、正司歌江さんだと「かしまし娘」となるのですが、三人目の女性は、なんと、先日出逢った、浜田ふみ(松坂慶子)だったのです。

 寅さんが堅気の女性と思い込んでいたふみは、華やかな、浪花芸者だった、という展開の鮮やかさ。人は見かけに寄らない、ということを逆手にとって、ヒロインをクローズアップさせていく。清楚な堅気の女性が、華やかな花柳界に咲いた「花」だったという展開。寅さんと玄人の女性。リリー(浅丘ルリ子)やぼたん(太地喜和子)もそうでしたが、男と女、人と人の機微が判った女性とは、寅さんは気持ち良いほど相性が良いです。同時に、映画はふみという女性の抱えている影の部分をゆっくりとクローズアップしていきます。

 瀬戸内海の小島での身の上話では、おばあちゃんに育てられたこと。寅さんと奈良県生駒市の宝山寺にデートをしたときには、生き別れになった弟が、大阪に住んでいることなどを、寅さんに話します。

夜の世界では、絶対見せない浜田ふみの素顔。少女時代から変わらない表情を、寅さんの前では、素直に出します。

 出逢ったときの、寄り添ってくれた感覚が、彼女の心を開かせている、そんな雰囲気の生駒山のデートです。しかし、寅さんは、ふみの弟が生きていると聞き「この広い世の中にたった二人の姉弟じゃないか。懐かしくないはずがないよ。会ってやんな」と、会いに行くことを促します。

このとき、寅さんにはさくらとの再会、さくらへの想いが強くあったのでしょう。逡巡するふみのため、寅さんは、江戸っ子らしく即座に、行動します。しかし大阪、此花区の工場街に、弟を訪ねたふみと寅さんは、職場の主任(大村崑)から、つい先月に弟が急逝したことを聞かされます。この展開はショックです。ふみはもちろん、再会を強くすすめた寅さんも後悔します。来なければ良かったと…

 この作品が素晴らしいのはここからです。幼いときの弟のイメージしかないふみに、運転主任や、工場の仲間である吉田(冷泉公裕)たちから、亡くなった時の状況、人柄が語られ、映画には登場しない、ふみの弟・英男という人が見えて来るのです。やがて英男が結婚の約束を交わしていた娘・信子(マキノ佐代子)が、ふみに挨拶をする。

 この一連のシーンは、弟・英男の「生きた証」を、ふみが実感する、悲しいけれども、美しい心が感じられる名場面です。寅さんが「会ってやんな」と言わなければ、英男が幸せに生きていたことも知ることが出来なかったのです。

 ふとしたことで出逢い、お互いの境遇を知り、そして寄り添う。恋愛も友情も、その積み重ねです。この『浪花の恋の寅次郎』は、人の出逢いと、心を通わせていくプロセスを丁寧に描いてます。

 物語はここから切なくも華やかに展開していきます。寅さんとふみ。大人同志はこの後、どうなるのか? 

 華やかな世界の裏にある、悲しみや屈託。その光と影が『浪花の恋の寅次郎』の魅力です。冒頭の瀬戸内海のシーン、中盤の生駒山デート、ラストの長崎県対馬。この映画は、いずれも明るい陽射しのなかで撮影されています。夜の世界と、太陽の陽射し。悲しみと喜び。「男はつらいよ」は人生の縮図でもあります。

 また、英男の許嫁であった信子を演じたマキノ佐代子さんが、この後の作品で朝日印刷のゆかりちゃんとして、最終作まで出演します。

その明るい姿に、信子のその後を見守っているような気持ちにもなるのです。

この続きは「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。

浪速



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