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『サーカス五人組』(1935年10月1日・P.C.L.・成瀬巳喜男)


成瀬巳喜男監督研究。1935(昭和10)年3月、P.C.L.に移籍して『乙女ごころ三人姉妹』(3月1日)を皮切りにハイペースで作品を発表してきた成瀬。この年4本目となる『サーカス五人組』(1935年10月1日)をスクリーン投影。

古川緑波による芝居「悲しきジンタ」を原作に、伊馬鵜平と永見柳二が脚色。ロッパらしいユーモアと哀愁に満ちた小品である。東京で食いつめたジンタ五人組。

ジンタとは明治時代半ば、ドラム、クラリネット、ラッパなどのハンディな楽器で流行歌を演奏して、広告宣伝や売り出しを行なった「市中音楽隊」。江戸時代からの広目屋が発展したチンドン屋とともに、市中で演奏する学士たちのグループのこと。

リキー宮川、藤原釜足、大川平八郎、御橋公、宇留木浩

この五人組を演じるのは、ハリウッド帰りのP.C.L.のトップスター・大川平八郎(クラリネット)、日活から移籍してきた好漢・宇留木浩(ドラム)、P.C.L.きってのコメディアン・藤原釜足(トロンボーン)、ニューヨーク帰りのバンドリーダーでダンサー・リキー宮川(トランペット)、築地小劇場出身でP.C.L.のバイプレイヤー・御橋公(小太鼓)。いずれもP.C.L.でお馴染みのメンバーが顔を揃えている。

のちに齋藤寅次郎監督が手がける『明朗五人男』(1940年・東宝)『東京五人男』(1945年・東宝)などの「五人男もの」のルーツでもある。とはいえ「五人男」といえば歌舞伎や芝居のオールスターの顔見せものとしては伝統でもある。河竹黙阿弥の歌舞伎「青砥稿花紅彩画」「白浪五人男」から、「秘密戦隊ゴレンジャー」に始まる「スーパー戦隊もの」まで、連綿と続いている。

この五人組は、東京で食いつめた楽士たちで、伊豆の小さな町から町へと渡り歩いている。彼らがひょんなことから、旅まわりのサーカス団と出会い、急遽、楽士として雇われる。わずか数日の出来事を、ロッパの芝居らしい笑いと、旅周りの芸人の哀感とともに描いていく。

「ダイナ」を唄うリキー宮川

サーカス一座の花形は、堤真佐子と梅園龍子の姉妹。『乙女ごころ三人姉妹』の次女と三女のリフレインで、その父で団長・丸山正夫の強権的な横暴に、自由を奪われてしまっているのも、同作の母親との確執のリフレインである。

笑いとペーソス、そして叙情。伊豆下田ロケーションが効果的で、わずか65分の小品であるが、眺めているだけでも楽しい。真夏の伊豆でのロケなので、昭和10年夏の日差し、のどかなローカリズムが味わえる。

下田のなまこ壁。堤真佐子、梅園龍子、大川平八郎

サイドキャラも味わい深い。いかにも狡猾なサーカス団のマネージャー・松本には、ムーラン・ルージュ新宿座で活躍した森野鍛冶哉。団員たちが団長の横暴と待遇に叛旗を翻してストライキ。仕方なく、主人公たち”ジンタ五人組”を雇うのだが、その慇懃な頼み方が、いかにも小狡い感じでいい。

ジンタ五人組のキャラもいい。宿の女中だろうと、街で見かけた娘だろうと、ところも相手も構わずに口説いては玉砕している女好きの甚吉(藤原釜足)。いつもジャズソングを口ずさんで、モダンボーイの成れの果てのような六太(リキー宮川)と、ヌーボーとしているが宿屋の浴衣をそのまま持ってきてしまうようなチャッカリ男・虎吉(宇留木浩)の名コンビ。

一番年上の清六(御橋公)は、十数年前に食えなくて、女房に逃げられ、生まれたばかりの娘を手放した過去がある。その後悔の念にかられ、夜な夜な酒に溺れている。その酒の相手をしているのが、作曲家で身を立てたいと志を抱いているインテリ・バイオリン奏者・幸吉(大川平八郎)。

この五人組が、伊豆の小さな町でありついたチンドン屋の仕事で練り歩くところから映画が始まる。わずかの報酬を貰って、三里(12キロ)を歩いて、ようやく辿り着いた小学校。依頼されていた「運動会」が来春に延期となって大いにクサる。まさに「悲しきジンタ」である。

主題歌は、徳山璉の「悲しきジンタ」(作詞・佐伯孝夫 作曲・佐々木俊一)、能勢妙子の「サーカス娘」(作詞・佐伯孝夫 作曲・紙恭輔)が公開直前、昭和10年9月新譜としてリリースされている。

仕事もないまま、海辺の宿屋に泊まった五人組。甚吉は早速女中を口説いて大失敗。六太と虎吉は「世界漫遊旭大曲馬団」見物へ出かけ、一座の花形・千代子(堤真佐子)と澄子(梅園龍子)に魅了される。清六と幸吉はカフェー「クロネコ」にノシて酩酊。小さな女の子が「お土産買って」と売りに来る。銀座のバーの花売り娘のような物売りである。その女の子に、清六は自分が捨ててしまった娘のことを思い出して、幸吉にその話をする。

おかしいのは、終演後、夜道を歩いていた澄子が、男に襲われて、六太と虎吉が助ける。男と格闘して浴衣の袖が破れる。あとで、それが甚吉のものだとわかって、呆れる二人。

といった些細な出来事が、淡々と描かれる。ユーモラスだけど侘しい。風情があるけど切ない。そのムードがいい。やがて「曲馬団」の男たちが、団長に叛旗を翻してストライキ。ジンタ五人組が「サーカス五人組」として座への参加を持ちかけられる。

女好きの甚吉には、おきよ(清川虹子)という恋人がいるが、彼女を袖にしての旅ぐらし。猛女のおきよは、甚吉を諦めきれずに、この町まで追いかけてくる。そうしたサイドエピソードのなかで印象的なのは、玉乗り娘(三條正子)。『乙女ごころ三人姉妹』で門付の養女を演じていた女の子である。その玉乗り娘が楽屋で、団員の財布からお金を抜き取ろうとしているのを見咎めた清六。「おばさんが病気なの」と天涯孤独の少女の告白を聞いて、自分が捨てた娘ではないかと思う。結局、人違いで、この娘は虚言癖で、買い食いしたさに、寸尺詐欺を繰り返していたことがわかる。

バイオリンを弾かせてくれるなら無償でもいいと、マネージャーに申し出た幸吉。晴れ舞台を提供されて、大ハリキリ。しかし、上手とはいえない演奏に、満場の観客たちから罵詈雑言、モノが飛んでくる。ショックのあまり、途中退場してしまう。いきなりの挫折である。意気消沈してバックステージに戻った幸吉を慰める千代。二人が心を通わす場面だが、幸吉の立ち直りの早いこと!

梅園龍子が演じている澄子は、父親の強権に反発している。その恋人の曲芸師・邦夫(加賀晃二)は、インテリでストライキの首謀者でもある。微妙な立場で揺れ動く乙女ごころ。クライマックスは、澄子の空中ブランコ。エノケン一座出身のレビューガール、梅園龍子のアップを多用したモンタージュ。そしてアクシデント!

ラストシーン。全てが解決して、また旅に出る「ジンタ五人組」。幸吉と、ひととき心を通わせた千代子が見送る。古川ロッパ作の喜劇ではあるが、のちの成瀬の「芸道もの」に通じる旅芸人の哀感を感じさせてくれる。

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