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『霧笛が俺を呼んでいる』(1960年・山崎徳次郎)

 赤木圭一郎は、日活ダイヤモンドラインに参加した昭和35(1960)年2月の『拳銃無頼帖・抜き射ちの竜』から、遺作となった昭和36(1961)年2月の『紅の拳銃』まで13本の作品に出演。その代表作といえるのが『霧笛が俺を呼んでいる』だろう。

 舞台は港町横浜。『俺は待ってるぜ』(1957年・蔵原惟繕)で裕次郎が、兄の帰りを待ちわびた港であり、幾多の日活アクションの舞台として男のロマンを奏でてきた港町でもある。日活“第三の男”赤木圭一郎は、愛称トニーの通り、どこか日本人離れした甘いマスクが魅力的で、この作品のキーワード「霧笛」「夜霧」「ヨコハマ」がよく似合う。監督は小林旭の「流れ者」シリーズの山崎徳次郎。脚本は後に数多くの名作を世に送り出す助監督時代の熊井啓。

 赤木圭一郎扮する主人公は“すずらん丸”の二等航海士・杉敬一。エンジンの故障で出航が一週間遅れ、横浜で少年院時代からの親友・浜崎守雄(葉山良二)の自殺を知る。浜崎の死に疑問を持った杉が、その真相を探るために立ち上がる。というミステリー仕立てとなっている。日活アクションを構成してきたさまざまな要素をちりばめ、赤木の持つ「孤独な影」や「ロマンチシズム」のイメージをうまく取り込んで名ゼリフを残している。

 極め付きは森本刑事(西村晃)に「どこへ行くんだ」と問われ、遠く霧笛が鳴り響き、杉が「そうさな、霧笛にでも聞いてみるんだな。どうやら霧笛が俺を呼んでいるような気がするぜ」と答える。キザだけど決まっている。本作は、こうしたダイアローグの魅力に溢れているのだ。

 また、映画全体を包み込む「夜霧」「霧笛」のイメージ。ファースト・シーン、船から圭一郎が降りてくるシーンから深い夜霧に包まれている。トラック運転手の案内でやってきたバー「35ノット」も紫煙に包まれて、よりいっそうこの映画のムードを高めている(ちなみに「35ノット」は横浜ラーメン博物館に一部再現、現在は閉店)。

 ヒロインは芦川いづみ。裕次郎映画の快活なヒロインとはまた違う、影のある女性・美也子を演じている。美也子の追う影が、かつての恋人の死であり、その恋人こそ、杉が探し求めていた消息不明の旧友・浜崎であることが判明。二人の目的が一致して、行動を共にすることになる。その美也子と杉の淡いロマンスも作品を彩っている。浜崎の死体が揚がった桟橋に立つ杉。そこで初めて言葉を交わすヒロインとヒーロー。ロングショットで二人を写しているが、このロングショットは日活アクションに情感をもたらす重要な要素。

 二人が浜崎の墓の前で会話するシーンに主題歌「霧笛が俺を呼んでいる」(作詞・水木かおる、作曲・藤原秀行)の旋律が効果的に流れる。随所に「霧笛が俺を呼んでいる」の旋律が流れ、“夜霧”“霧笛”と共に映画のムードとイメージを豊かなものにしている。

 ムードといえば芦川いづみの職業がシャンソン歌手という点もムードを高めている。クラブ「カサブランカ」で唄う美也子、それを見つめる杉(例によってこのクラブも悪の組織の経営なのだが)。二人の会話は、しばらく敬語で交わされる。これが大人としての距離感を表現している。

 杉が終始礼儀正しいのは、他の日活アクションのヒーローのようにアウトローではないからだろう。彼は、少年院の出身とはいえ、今は外国航路のパーサーである。いわばエリート。浜崎の妹・ゆき子(吉永小百合)の前でも彼は紳士として振る舞う。まるで洋画の主人公のよう。

 やがて、浜崎が麻薬の密売人の元締めで、今もなお生きていることが判明。ニヒリストになっている旧友が犯罪王という設定は、名作『第三の男』(1949年・英)のオーソン・ウエルズを連想させる。『赤いハンカチ』(1964年・舛田利雄)の二谷英明に連なるキャラだろう。

 ヒーローは刑事ではない。旧友が生きていたからと、警察に渡すつもりはない。むしろ、美也子と浜崎を逃そうとする。絶望をした杉は「友情なんてものはガキのハシカみたいなものさ」と浜崎を前に切って捨てる。この映画のヒーローは、独自のモラルで行動をしている。そのモラルを覆すのが森本刑事の存在。麻薬禍の恐ろしさを訴えるのは、社会派・熊井啓。

 クライマックスに日比谷のホテルが出てくるが、ここは石原裕次郎と北原三枝が結婚式を挙げた、日活ホテルのある日活国際会館。一階にアメリカンファーマシーのあるこのビルは、その後日比谷パークビルとなり、数年前取り壊されて、現在はザ・ペニンシュラ東京に建て替えられた。

 ラストシーン。再び霧にむせぶ港。船員服に身を包んだ杉と、清楚な美也子。二人の会話はまたしても敬語。「目まぐるしい数日間で、悲しいこともありましたが、貴女と一緒で楽しいこともありました」。杉は初めて美也子をバンド・ホテルで見かけた晩の「霧笛は今でも耳に残っています」と語る。去っていく杉の言葉に託した思い。どこまでもダイアローグの魅力に溢れた作品である。

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