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『いたづら小僧』(1935年10月1日・P.C.L.・山本嘉次郎)

英百合子、宮野照子、伊藤薫、大村千吉

  ユーモア作家の佐々木邦の原作を山本嘉次郎監督が脚色、演出した、自由すぎる1935(昭和10)年のワルガキの痛快行状記『いたづら小僧』(1935年10月1日・P.C.L.)を久々に。これは何度観ても面白い。東京郊外の小田急線沿線、成城学園前。中村太郎(伊藤薫)は、中学受験を控えているが、学校は大嫌い。今朝も腹痛を言い訳に、小学校をサボる心算。太郎の部屋の前には「中村太郎研究室 無断で入るべからず」と張り紙が。

 太郎にとっては、つまらない学校よりも、勉強部屋の研究室に篭って、電気工作や化学実験をする方が、大切なこと。そんな太郎を「自分に似ている」と寛大に見守る父(藤原釜足)と、心配性の母親(英百合子)が全く正反対なのがおかしい。

 1935(昭和10)年、まだおっとりとした時代で、この中村家もなかなかリベラルである。長女・花子(神田千鶴子)は適齢期で、許婚者で医者の卵・森川(小沢栄)と1日も早く結婚したのだけど、森川がなかなか試験にパスできなくて開業への道はほど遠い。小沢栄(栄太郎)ものんびりとした好青年で、花子との結婚がのびのびになっているも、致し方ない、といった感じ。

 次女・歌子(高尾光子)は、母が勝手に決めた縁談に反撥している。その相手というのが、金持ちの御曹司で、キャデラックを乗り回してい富田(嵯峨善兵)。これがまたズレた勘違い青年。歌子が密かに恋をしていのは、工場勤めの技術者・今井(加賀晃二郎)で、太郎は二人のラブレターのメッセンジャーをしている。今井は太郎にとっては、研究の師でもあるから。モーターのコイルの巻き方を教えてくれ、設計図も書いてくれる頼もしいアニキなのである。

 そして三女・春子(宮野照子)は、生意気盛りの女学生。自分を「ボク」と名乗り、いつも母に小遣いを強請っているちゃっかり屋である。

 というわけで、上に姉が三人、釣りが趣味の放任主義の父、そして何かにつけて口うるさいママ(と呼んでいる!)との賑やかな中村家。わがままな(と言ってもポリシーがある)太郎を、何かにつけて甘やかしているのが女中・キヨ(清川虹子)なのだが、太郎は彼女の人の良さをいつも利用している。

のちの『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年・山本嘉次郎)では主演に!

 トップシーン、小学校の同級生たちが「中村さーん」と太郎を迎えにくる。女の子の一人は自転車を押している。みんな制服を着て、かなりセレブである。しかし太郎は「お腹が痛いから、学校を休む」と、部屋にこもっている。また仮病と、母はガミガミ言うが、父は「森川医師に往診してもらいなさい」と優しい。結局、森川医師がやってきて、花子は大喜び。

 太郎が学校をサボったのには理由があった。この日、10時に憧れの流線型の機関車のテスト走行があるからで、車夫(生方賢一郎)の倅で、駅前で駄菓子屋の息子・チュー公(大村千吉)と一緒に見学する約束をしていたからだ。チュー公を演じているのは特撮ファンにはお馴染みの大村千吉さん。若いといってもまだ子役。しかし芝居はナチュラルで上手い。自分のことを「アタイ」というのが、時代を感じさせる。P.C.L.時代から戦前東宝映画を観ていると、伊藤薫くんと、大村千吉くんが、少年から若者、個性派になっていく成長を体感することができる。これも映画の楽しみ。

 さて、チュー公は、家が貧しいので学校に通っていない。なので、朝は、好きな時間に起きる自由な暮らし。家では家計の助けにと、駄菓子屋を副業で。カルピスや明治チョコレートの看板、当時の子供たちの好きなものである。そのチュー公、姉(夏目初子)にいつも「奉公に出しちゃうよ」と脅かされている。この時代、小学校に通えない子もたくさんいた。だけど太郎とチュー公は、無二の親友というか相棒で、太郎からエスケープして、東海道線沿線まで遠出をする。

 ここで登場するのが、国鉄自慢の近代型蒸気機関車・C55-21型の流線形。1937年までに62両が製造された。シャープなフォルム、そのスピードに息を呑む太郎とチュー公。まさに「流線形時代」である。颯爽たるC55-21型は、まさに時代の花形。世界各国の鉄道やクルマの流線形ブームを反映して、さらなる高速化を図るために空気抵抗を軽減するのが目的。当時の価格で一両十万円した。本格導入が1936(昭和11)年だから、この時は本当の意味で試運転だった。太郎は、自分の機関車模型を流線型に改造することを決意。思い立ったら即行動なのである。

大村千吉!
流線形C55-21型の試運転

 二人が、興奮気味に帰ってくると、家の前にはピカピカのキャデラックが駐車してある。「流線型だ!」「よし、運転してみよう」。勝手にドアを開けて、見よう見まねで太郎がクルマをスタートさせる。もうむちゃくちゃ! そのころ、中村家では、次女・歌子との縁談に大乗り気の冨田が来訪していて、母を芝居見物を誘ったりとゴマスリ作戦。それが嫌でたまらない歌子。そのシーンに、外のクルマのエンジン音が聞こえてくる。「あれ?」と気が気じゃない冨田。そのうち、ドッカーンと爆発音。キヨが「冨田さまのおクルマが」と慌てて応接間へ。 

 次のカットでは、電信柱に激突して白煙をあげているキャデラック。犯人の太郎とチュー公は、外に出してある梯子伝いに、二階の太郎の部屋へ逃げる。 この一連、さすがエノケン映画の山本嘉次郎監督。「何を見せて、何を隠すか」の巧みな演出で、とにかくおかしいシーンにしている。これぞ喜劇映画の呼吸である。

 ことほど左様に、太郎とチュー公の「いたづら小僧」ぶりがエスカレートしていく。そのおかしさ。 母にしてみれば、チュー公なんかと付き合っているから太郎が悪くなると決めつけて、チュー公に出入り禁止を申し渡し、太郎には部屋から一歩も出てはいけませんと、軟禁状態に。でも太郎にとっては、研究室に閉じ込められるのは、何より嬉しいこと(笑)心配したキヨが密かにサンドイッチとミルクを持ってきたり、中村家にとってはこれが「いつものこと」なのもおかしい。 

さて、日曜日、歌子は朝から一張羅の着物を着て「冨田さんのお宅へ」と嘘をついて家を出る。昨日、太郎が歌子の恋人・今井に手紙を届け、二人が「午前10時、新宿駅で」と約束していたのだ。歌子が出かけた後、母が花子と春子を詰問。歌子が冨田と結婚する気はなく、工場勤めの今井と付き合っていることを知って、ヒステリーとなる。その狼狽えぶりに、太郎は「自分が間違っていたかも」と反省して、チュー公に声をかけて、花子と今井を探すまで、帰らないと家出してしまう。 

ここから太郎とチュー公の大冒険が始まる。新宿駅の改札で張り込んでいれば、帰ってくる二人に会えるとの太郎の知恵も、チュー公の「探偵は冒険するもの」というポリシーに反する。で、行き当たりばったりのチュー公のに従って、二人は新宿駅から郊外まで歩き出す。 

一方、今井と歌子は、チュー公の親父と郊外に釣りに出かけた父のところへ。結婚を許してもらおうと実力行使に出る。というのも、今井の父は歌子の父の友人で、満鉄の優秀な技師で、今井も将来有望な工学士。たまたま工場で研究員として働いていたのを、太郎の「工員だろ」の一言で、母が思い込んでしまったような「職工風情」ではなかったのだ。というわけで「家庭の問題」はここで解決する。

 しかし、何も知らない太郎とチュー公は、多摩川まで歩いていくが、体力の限界を感じたチュー公がリタイア。「もう歩けない」とその場にうずくまってしまう。「だらしない」と熱血漢の太郎、「だって」と言い訳ばかりのチュー公。二人が揉み合って土手を転げ落ちると、目線の先には、なんと工事現場の人夫を運んだトラックが止まっている。

 「あれに乗って帰ろう!」と太郎。もう嫌な予感しかしない。「それしか方法がないだろ」と運転席にもぐりこんで、エンジンをスタートさせる。それに気づいた人夫や現場監督たちが、何事かとトラックを追いかける。チュー公がトラックのドアにしがみついたまま、クルマが走り出す。いやはや、ここからP.C.L.映画初のカーアクションとなる。

明治組のトラック!
もちろん無免許!

 河原をジグザグに走る太郎のトラック。しがみついてパニック状態のチュー公。追いかける数十人の人夫たち。モンタージュ、カットバックがリズミカルで、緊迫感が高まる。しかし、すごいのは撮影とはいえ、本当に伊藤薫くんが、トラックを運転していること! およそ3分近い、カーアクションの果てに、太郎のトラックは飯場の小屋に激突して大爆発! 

 のちの「西部警察」のようなヴィジュアルに唖然とする。山本嘉次郎のアクション演出、恐るべし!

 一方、中村家では、歌子の結婚問題は解決したものの、太郎とチュー公が行方不明となり、誰もが心配している。チュー公の親父、姉も、今井技師、森川医師も集まっている。 そこへ満身創痍のチュー公が、玄関で倒れているのが発見されるが、チュー公の言葉が足らずに事情がわからない。しかも中村家の玄関には、あの工事現場の男たち数十人が押しかけて…その隙間をぬって、ヘロヘロの太郎が…

 『いたづら小僧』のタイトルからの予想を遥かに超えた太郎のいたずらぶりが、この時代のモラル、いや現在のモラルを遥かに超えているのがいい。まるで「こち亀」の両津勘吉の少年時代のようなアナーキーぶり。 で、このトラック爆破の始末、どうつけるの? と心配になるが、ラスト、父が大金の小切手を切るカットに続いて「みんなが楽しみにしていた、今年の避暑はなしだ」の一言で、がっかりする花子、歌子、春子たち。そして、また太郎の部屋からは、豪快な爆発音と白煙が! でエンドマークとなる。

 ユーモアとハートウォーミング、そしてアナーキー! 山本嘉次郎演出のテンポが心地よく、とにかく爆笑の連続。成城学園前界隈の風景も、牧歌的だけど、商店街や道の風情は今に通じる。後半、歌子と今井が待ち合わせする新宿駅は、P.C.L.撮影所のセットだが、これがなかなかリアルで楽しい。

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。