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『コンチネンタル』(1934年10月12日・RKO・マークサンドリッチ)

ハリウッドのシネ・ミュージカル縦断研究。僕は、小学生の時に『ザッツ・エンターテインメント!』(1974年・MGM)を丸の内ピカデリーで70ミリ上映を体験して、シネ・ミュージカルの魅力の虜になった。なかでもフレッド・アステアを紹介するコーナーでは、MGMでの『ダンシング・レディ』(1933年)、『踊るニュウ・ヨーク』(1940年)でのエレノア・パウエルとの「ビギン・ザ・ビギン」、『ジーグフェルド・フォーリーズ』(1946年)でのジーン・ケリーとのデュエット、そして『バンドワゴン』(1953年)でのシド・チャリースとの「暗闇に踊る」のナンバー! 全てに蕩然とした。

そこで紹介されたジンジャー・ロジャースと久しぶりにコンビを組んだ『ブロードウェイのバークレー夫妻』(1949年)「誰にも奪えぬこの想い」(ジョージ&アイラ・ガーシュイン)の素晴らしさ! 僕はここで初めてフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのコンビをスクリーンで観た。

久しぶりに”The Gay Divorcee”『コンチネンタル』(1934年10月12日・RKO・マークサンドリッチ)をスクリーン投影。アマプラの無料配信はPD素材なので画質が良くなくて、アメリカ盤、ワーナーホームビデオから正規品としてリリースされたDVDに切り替えた。

前作『空中レヴュー時代』で、初コンビを組んだアステア&ロジャースだが、あくまでも脇役だった。しかし同作の「カリオカ」のダンスが圧巻で、映画は大ヒット。すぐに、RKOの製作主任のパンドロ・S・バーマンによって企画されたのが、二人の初主演作『コンチネンタル』だった。アメリカでは1934年10月に公開され、日本では昭和10(1935)年5月にロードショー。これが大ヒット。日本中のダンス・ホールや演芸場に「和製アステア&ロジャース」がたくさん出現した。

本作は、フレッド・アステアが1932年に主演した舞台”Gay Divorce”「陽気な離婚」(作・ドワイト・テイラー)の映画化である。この「陽気な離婚」はブロードウェイで248回のロングラン公演後、ロンドンのウエスト・エンドで上演された。映画デビュー前のアステアのミュージカル・スターとしてのイメージを仕上げた作品である。舞台の音楽は全編コール・ポーターが手がけていて名曲”Night and Day”「夜も昼も」は、このミュージカルから誕生。スタンダードとなった。パンドロ・S・バーマンは、映画化権を3万5000ドルで獲得。フレッド・アステアの初主演作に、かなりの力を入れていた。

『空中レヴュー時代』の撮影を終えたアステアはロンドンでクレア・ルースと「陽気な離婚」出演中に、バーマンから次回作の打診を受け快諾。しかし当時は舞台の映画化では二番煎じになるかもしれない。ジンジャー・ロジャースとの再共演では新鮮味がない。とアステアは懸念して出演を躊躇する。最大の理由は「陽気な離婚」のプロットが映画向きではないと考えていたが、交渉の末、折り合いがつく。なんといってもギャラの他に、興行収益の1%歩合が約束され、またミュージカル・シーンの振り付け、演出は、全てアステアに一任するという条件が大きかった。

RKOでは、映画化に際して「夜も昼も」以外のポーターのナンバーをカットして、映画用の新曲に置き換えた。それが幸して、主題歌"The Continental"「コンチネンタル」(作曲:コン・コンラッド 作詞:ハーブ・マジドソン)は、1934年に創設されたばかりのアカデミー賞主題歌賞を受賞することに。「夜も昼も」は、映画オリジナルではないという理由でノミネートされなかった。新たに書き下ろされた楽曲、”Don't Let It Bother You””Let's K-nock K-nees”(ハリー・レヴェル、マーク・ゴードン)と、”A Needle In a Haystack”"The Continental"(コン・コンラッド、ハーブ・マジドソン)は、観客にとってもアステアにとっても新鮮だった。

映画版のタイトルは”Gay Divorce”(陽気な離婚)ではなく、”The Gay Divorcee”(陽気な離婚者)。これは創設されたばかりのヘイズ・コードによる倫理規定をクリアするために変更した。「離婚」を奨励するのではなく、あくまでも「主人公が離婚する」という意味合い。アステアが「映画向きではない」と懸念したプロットは、基本的には舞台のまま脚色された。

舞台版から、ブロードウェイのダンサーのガイ・ホールデン(アステア)、トネッティ(エリック・ローズ)、地質学マニアのウエイター(エリック・ブロア)の三人のキャストはそのまま移行。なのでエリック・ローズが演じた「離婚訴訟用の偽の愛人役」でイタリア系の陽気で少し間抜けなトネッティは、ほぼ舞台の雰囲気だろう。前作『空中レヴュー時代』にもマイアミのホテル・ハイビスカスのウエイターで登場したエリック・ブロアは、アステア&ロジャース映画のコメディ・リリーフとなっていくが、彼も舞台の雰囲気をまとっていたことがわかる。

アステア&ロジャースのデュエットは、前半のロマンチックな”Night and Day”「夜も昼も」と、後半、17分にも及ぶプロダクション・ナンバー"The Continental"「コンチネンタル」で堪能できる。というか、この二曲の成功が、ここから連作されていくアステア&ロジャース映画の道を作ったといえる。またアステアは、冒頭、パリのレストランで”Don't Let It Bother You”でソロタップを披露し、ホテルでの”A Needle In a Haystack”を優雅に歌って踊る。アステア映画は、必ずヒロインとのデュエット2曲、アステアのソロ2曲(作品にもよる)が定番になっていくのも、本作を踏襲してのこと。

ダンサー、ガイ・ホールデン(アステア)と親友の弁護士・エグバード・フィッツジェラルド(エドワード・エヴァレット・ホートン)は、船でロンドンに向かう途中、パリで下船。ナイトクラブでひととき楽しむ。ステージではパリの踊り子たちが”Don't Let It Bother You”を楽しく歌い、客席では踊り子を象った指人形で客達が遊んでいる。さて、お勘定となった時に、ちょっと抜けてるエグバードは「財布がない!」と大騒ぎ、ならばとガイが払おうとするもポケットに財布が見当たらず。すわ無銭飲食か?というときに、ガイが身分を明かす。ならば「踊ってみてください」と給仕長。軽くステップを踏むガイに「それぐらいなら誰でも」と相手にしない。そこでガイが本気を出してステージ中央へ出て、”Don't Let It Bother You”を超絶タップで踊る。観客は大歓声、拍手の嵐。給仕長は請求書を破る。その時、エグバードの胸ポケットから財布が出てくるも遅し。というオチ。

ここでフレッド・アステアのキャラクターとダンスを一気に見せてしまう演出は見事。エドワード・E・ホートンの間抜けなキャラクターは、アステア映画の定番となっていくが、全く見事なオープニングである。

さて、船はロンドンに到着。船の税関のところで、ガイは美しい女性と出会う。ミミ・グロソップ(ジンジャー・ロジャース)は、叔母・ホルテンス(アリス・ブラディ)を迎えに来たところ、叔母が閉めたトランクにスカートを挟まれて往生していた。そこでガイが「なんとかする」と力任せにスカートを引くと、スカートは破れてしまう。カンカンになるミミ。それでもガイはめげずにコートを貸してやる。ナンパしたくてたまらないのだ。しかし彼女はガイの滞在ホテルの住所を聞いただけで去っていく。

ガイは、彼女がコートを返しにくるに違いない。その時にナンパが成功すると確信しているが、彼女は匿名でコートを返してくる。ならば、ロンドン中を探そうと決意するガイ。しかし彼女を探すのは「藁の中の針」を探すようなもの。そこでアステアが歌うのが”A Needle In a Haystack”。アステアの甘い歌声、軽いステップ。優雅で楽しいナンバーである。

ある日、ガイがロンドンの街角でクルマを運転していると、ミミとバッタリ再会。ミミはクルマを飛ばして郊外まで逃げるが、ガイは諦めずに田舎道まで追いかける。「きっとキミはボクを好きになる」というガイの妙な自信は、われらが植木等さんの無責任男に通じる。根拠のない自信である。

実はミミは既婚者で、結婚以来会っていない地質学者の夫シリル・グロソップ(ウィリアム・オースティン)との離婚を考えている。既婚者であることを、ガイには知られたくないのだ。その離婚を確実に成立させてくれる弁護士がいると、ミミの叔母・ホルテンスが連れて行くのは、なんとエグバードの事務所だった。恋多き女の叔母さんは、かつてのエグバードの恋人で、人間関係がややこしくなってくる。

で、海辺のリゾートホテルで、ミミとエグバードが仕込んだニセの恋人との密会を、探偵に目撃させて離婚を成立させようという作戦。あまりにもセコイが、エグバードは慣れたもの。そこで雇われたのが、ニセの恋人役専門のイタリア人・トネッティ(エリック・ローズ)。これがトンチキでおかしい。自信満々だけど、合言葉も覚えられない、どこか抜けている。

ホテルに到着したばかりのシーン。ロビーで水着姿のエグバードがくつろいでいると、可愛いブロンドの女の子が声をかけてくる。「膝をくっつけて、踊りましょう」と歌い出す。この女の子、なんと1940年代「ピンナップ・ガール」として「アメリカ兵士の恋人」となるベティ・グレイブル! 1916年生まれだから、この時17歳❗️ここで”Let's K-nock K-nees”のナンバーとなる。グレイブルのスクリーン・デビューは13歳のとき、エディ・キャンター主演『ウーピー』(1930年)のゴールドウィン・ガールの一員としてだった。続いて『突貫勘太』(1931年)、『カンターの闘牛士』(1932年)にも出演。アステア&ロジャース映画では『艦隊を追って』(1936年)で、シンガー役で出演している。

さて、このホテルでガイは、ミミとの念願の再会を果たす。しかしミミは隠し事があるのでつれない態度。誰もいないホテルのラウンジで、ガイは甘く優しく囁くように唄い、ダンスに誘う。ここでコール・ポーターの名曲”Night and Day”「夜も昼も」のナンバーとなる。アステアとロジャースのゆったりとしたステップ。ちょっとした仕草も計算し尽くしていて「絵になる」のである。ロジャースをエスコートしながらの体重移動。ダンスが終わっての指先の位置まで「絵になる」のだ。世界中の観客は、この優雅なデュエットに魅了され、この映画からさらに「夜も昼も」は大ヒットしていく。

強がりは言っても、ミミはガイに惹かれはじめていたが、ガイが放った一言が、エグバードが決めた「合言葉」だったことから、ミミはガイを「ニセの恋人役者」と思い込んでガッカリする。それでも、探偵に目撃させるために、ホテルの部屋で一夜を過ごす必要があるので、ガイを深夜、部屋に招く。ここからさらに面白くなる。ミミに夢中のガイ、しかしガイに失望したミミの感情のすれ違い。だけど二人で過ごすうちに、なんとなくいい雰囲気になる。そこへようやくトネッティがミミの部屋にたどり着く。不思議な三人の空間。

愛妻家で子沢山のトネッティは、ミミには全く興味を示さず「朝まで部屋にいるように」というエグバードとの約束を守るために、ミミを部屋に閉じ込める。ならばとガイも付き合う。急接近するミミとガイ。ホテルの庭では”The Continental”の演奏が始まり、客たちが優雅に踊り出す。どうしても踊りたくなった二人。しかしトネッティがいるので部屋からは出られない。そこでガイは、雑誌を人型に切り抜いて、レコードのターンテーブルに乗せて、照明をあてて、二人が部屋で踊っているように見せかける。

まんまと部屋を脱出した二人は、”The Continental”を踊り出す。ここで17分に及ぶ、ハリウッド・ミュージカル史上、最も長くて優雅なダンス・スペクタクルが展開される。最初のアカデミー主題歌賞受賞も納得である。「♪素敵な音楽、危険なリズム」のフレーズが蠱惑的で、世界中で大流行。東京のダンスホール「フロリダ」でもこの「危険なリズム」が盛んに演奏された。エンタツ・アチャコの『あきれた連中』(1937年・P.C.L.・岡田敬)でも劇中、カフェーのシーンでこの曲が流れる。それほど定着していたのだ。

一方、エグバードは、いつものように「ついうっかり」で探偵の手配を忘れていて、ロンドンに戻ることに。エグバードとよりを戻したい叔母さんも同行することに。で、この二人が、朝には結婚して戻ってくるのだから、これぞミュージカル・コメディ!

楽しい夜が明けて、ミミはルームサービスで朝食を頼む。もちろんガイとトネッティと三人分である。「私、男の人二人と朝食なんて初めて」とミミ。思わせぶりなセリフである。プレ・コード期ならありそうな描写だが、1934年ではギリギリ。その朝食を運んでくるのが地質学マニアのウエイター(エリック・ブロア)。ここでコメディアンとしてのエリック・ブロアの「ボケ芸」が堪能できる。彼は三年前に、このホテルに滞在した地質学者夫妻と仲良くなり、地質学の蘊蓄を身につけていた。これがラストのどんでん返しのフリとなる。

そこへ、ロンドンからエグバードと叔母さんが戻ってくる。連れてきたのは探偵ではなく、ミミの夫で地質学者のシリル・グロソップ(ウィリアム・オースティン)。妻の不貞現場を観て激怒するも「今日は勘弁してやるから帰ろう」とミミを連れ出そうとする。そこへウエイター「フランス人の奥さん元気ですか?」と。なんと不貞をしていたのはシリルだった。これでミミの離婚が無事成立。ハッピーエンドと相なる。

エンディングがまたまたいい。少年ポーターが四人並んでいて、アステアが彼らにチップのコインを次々投げる。ポーターの帽子にコインが入る。くるくるとアステア踊りながら、ジンジャー・ロジャースをエスコートして、部屋中のソファーやテーブルを登ったり降りたりしながら踊る。その体重移動は見ていて気持ちがいい。で、二人が部屋を出て行ったところでエンドマーク。鮮やかな幕切れである。

【ミュージカル・ナンバー】

♪気にしない気にしない Don't Let It Bother You(1934)

作詞・作曲:マック・ゴードン、ハリー・レヴェル
*ダンス・パフォーマンス:フレッド・アステア

♪藁の中の針 A Needle In a Haystack(1934)

作詞・作曲:コン・コンラッド、ハーブ・マジドソン
*唄・ダンス:フレッド・アステア

♪レッツ・ノック・ニーズ Let's K-nock K-nees(1931)

作詞・作曲:マック・ゴードン、ハリー・レヴェル
*唄・パフォーマンス:ベティ・グレイブル、エドワード・E・ホートン、コーラス

♪夜も昼も Night and Day(1932)

作詞・作曲:コール・ポーター
*タイトルバックに流れる
*唄・ダンス:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース

♪ザ・コンチネンタルThe Continental(1934)

作詞・作曲:コン・コンラッド、ハーブ・マジドソン
*唄・ダンス:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース、リリアン・マイルズ、コーラス


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