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『陸軍中野学校 雲一号指令』(1966年9月17日・大映京都・森一生)

 空前の007ブームが席巻した1960年代半ば、和製スパイ映画として企画された市川雷蔵主演のシリーズ第二作『陸軍中野学校 雲一号指令』(1966年9月17日・大映京都・森一生)

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前作は東京撮影所だったが、今作は全編神戸ロケーション、大映京都撮影所で作られた。監修者・日下部一郎は、昭和13(1938)年陸軍自動車学校(予備士官学校)卒業後、後方勤務員養成所(のちに陸軍中野学校と改称)に入所。つまり、このシリーズで市川雷蔵が演じた椎名次郎同様、「陸軍中野学校」第一期生である。

 陸軍中野学校は、諜報・防諜・プロパガンダなど秘密戦に関する教育や訓練を目的として、昭和13(1938)年3月に「防諜研究所」として設立され、7月から特種勤務要員19名の学生の教育を開始。創立当初は、九段の愛国婦人会本部の別棟が仮校舎だったが、昭和14(1939)年4月に旧電信隊跡地の中野区囲町に移転。「陸軍中野学校」と改称されたのは昭和15(1940)年。その存在は陸軍内でも極秘扱いの秘密機関だった。

 第一作『陸軍中野学校』(1966年6月4日・脚本:星川清司・監督:増村保造)では、フィクションを交えて、この設立、第1期生19名の教育が描かれている。映画では、この設立に奔走する草薙中佐(加藤大介・東宝)が、イアン・フレミング原作「ジェイムズ・ボンド」シリーズのMのような、非情だが、時には頼もしいリーダーとして登場。陸軍少尉・三好次郎(市川雷蔵)が、名前もその存在も捨ててスパイ「椎名次郎」として活躍する姿を描いている。

 今回のシナリオは、東映の「警視庁物語」シリーズ(1956年〜1964年・全24作)を手がけた長谷川公之。前作のラストで、養成期間を終えて、中国へ派遣された椎名次郎が、草薙中佐(加東大介)から日本へ呼び戻されるところから物語が始まる。神戸港を出港した大型軍用船が、大爆発を起こして沈没する怪事件が続発。陸軍上層部から、事件解決のための命令「雲一号指令」が下され、椎名次郎と同期・杉本明(仲村隆)が秘密捜査を開始する。

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 杉本は神戸港の警備員として潜入捜査、椎名は神戸某所から発信される怪電波の発生源を探るために市内を探索することに。杉本は警備員の元川一郎(越川一)が怪しいと睨んでいた。夜勤明けの元川が必ず立ち寄る支那料理屋の親父・周王洋(伊達三郎)が、山手教会の親父とコンタクトを取っていることが判明。さらに元川が、銭湯の湯船で、元町の売れっ子芸者・梅香(村松英子)から何かを受け取っているのを、椎名が目撃する。昔の銭湯は、男湯と女湯が湯船の中で繋がっていたので、こういう受け渡しが出来たのだ。そこで椎名は、梅香をマーク、陸軍の出入り業者になりすまして、近づいていく。007同様、男性の魅力で女性を籠絡する。というのもこのシリーズの売りの一つ。しかも梅香に、憲兵隊の西田大尉(佐藤慶)が御執心で・・・と、前半にさまざまな伏線が張られていく。

 長谷川公之のシナリオは、子供にもわかりやすく、スパイ映画的な諜報活動の裏側もきちんと描いている。前作では、椎名や中野学校に批判的な、陸軍参謀本部・前田大尉(待田京介)が、イギリス側のスパイの雪子(小川真由美)に、機密を漏らしてしまって。という展開だったが、今回は、やはり椎名たちに敵愾心を燃やす、神戸憲兵隊の西田大尉の脇の甘さが・・・という展開である。シックなモノクロの大映スコープの画面に、スーツ姿の市川雷蔵がスマートに活躍する。神戸ロケーションが効果的で、戦前から残る建物が気分を盛り上げてくれる。007もかくやのスパイ・ガジェットも楽しく、冒頭の軍用船爆破シーンは大映京都の特撮チームが手がけている。

 本作の椎名次郎は、ジェームズ・ボンドのような荒唐無稽のスパイ映画とは対極の非情のスパイの世界に生きる孤高のヒーロー、ということで、このシリーズでも市川雷蔵はニコリともしない。潜入捜査の時はともかく、素顔の椎名次郎は、母親が危篤でも病院に駆けつけることはしない。「眠狂四郎」シリーズなどで培われた「クールな市川雷蔵」のイメージは本シリーズでさらに強化され、本格的スパイ映画として、男性観客たちを惹きつけることとなる。



 

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