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『夜霧のブルース』(1963年・日活・野村孝)

孤独の人生に灯が点いたとき、灯は無残にも消された!
男の怒りと悲しみが夜霧に流れて・・・
石原・浅丘の最高コンビで放つアクション大作!!

 この『夜霧のブルース』が公開されたのは、昭和38(1963)年6月30日(併映は『煙の王様』)。ちょうど『太陽への脱出』(4月28日・舛田利雄)のすぐ後。この年初頭に石原裕次郎は石原プロモーションを設立する。お仕着せではない独自の映画製作をしようとまさに意気軒昂だった頃。『太陽への脱出』は、決して主人公は死んではならないという、日活が裕次郎のために作り上げたセオリーを、裕次郎自らが破った画期的な作品でもあった。

 野村孝監督による『夜霧のブルース』も、そういう意味ではこれまでの裕次郎映画とは少々テイストが異なる。横浜港で、船の荷役を牛耳る野上(山茶花究)が、ライバルの岡部組をつぶして、一挙にその利権を手に入れている。そのきっかけとなったのが、数日前の岡部組の暴動騒ぎ。一発の銃声が市民を巻き沿えにしたため、社会的制裁を受けてしまったからである。そこに「野上を殺す」という謎の電話がかかってくる。

 ミステリアスな滑り出し。裕次郎が登場するまでに展開されるシークエンスは、ミステリーでいう「謎の提示」にあたる。野上の命を狙って、岡部組の港湾労働者である西脇順三(裕次郎)が登場してから、その「謎解き」が始まる。

 西脇はなぜ野上の命を狙うのか? そこから西脇のモノローグとなる構成の妙。原作は劇作家・菊田一夫の「長崎」。それを初めて映画化したのが1947(昭和22)年の松竹映画『地獄の顔』(大曽根辰夫)。西脇順三役を水島道太郎が演じている。その『地獄の顔』の主題歌として、戦後間もなく大流行したのがディック・ミネの「夜霧のブルース」だった。ディック・ミネといえば裕次郎の専属レコード会社テイチクの大先輩。この「夜霧のブルース」はテイチク専属作家・大久保徳二郎の作曲による、戦後、裕次郎が日活映画で唄って来たムーディな楽曲のルーツでもある。

 原作と主題歌、それぞれリメイクではあるが、そこは日活ムードアクションというジャンルの初期作品としてのオリジナリティをきちんと創出している。

 西脇順三が語りだす、やくざだった過去。港町神戸の新開地で暴れていた上海帰りの孤児である順三を拾い上げ、親がわりに育ててくれた貝塚興業社長・貝塚鉄次(小池朝雄)との確執。肩で風を切っていた順三を魅了した美しいメロディは、上海で無惨な死を遂げた母の面影匂う。そのメロディを音楽喫茶のオルガンで弾いていた美しい女性・榊田みち子(浅丘ルリ子)との出逢い。丁寧なショットの積み重ねで、主人公の失われた日々が紡ぎだされていく。

 原作では舞台だった長崎を、ヒロインの故郷とした脚色。故郷へ戻るみち子に対する順三の激情。出発した長崎行きの汽車でのシークエンスの高揚感は、本作が優れた恋愛映画であることの証でもある。その順三とみち子の愛の日々、かけがえのない時。これこそ日活映画の最大の魅力である。そうした感覚を共有できるショットが、印象的な音楽とともに展開される。

 そして、その日々がすでに失われたものであることが、順三のモノローグという形式で観客に伝えられる。その喪失感を埋め、失われたアイデンティティを取り戻すために、現在の戦いを続けねばならない主人公の孤独。これこそ、評論家の渡辺武信氏が名著「日活アクションの華麗な世界」(未来社)で定義づけた日活映画のセオリーであり、ムード・アクションの構造的特徴である。

 順三のモノローグを聞かされる悪役・野上源造は、当初、新劇のベテラン俳優・滝沢修が演じることになっており、映画雑誌などで発表されている。結局、コメディアン出身の名バイプレイヤー山茶花究が実に憎々しげに演じることとなった。山茶花といえば第二次「あきれたぼういず」を皮切りに、数々の喜劇映画出演を経て、性格俳優として活躍していた。まったく狡猾な悪役を演じさせたら天下一品。

 なぜ、 順三とみち子が神戸から横浜へ移ってきたか? そのきっかけとなるシークエンスのヴァイオレンスな感覚に裕次郎映画の変節が伺える。そして、ルリ子の気丈なヒロインぶり。二人のささやかな生活。小林旭作品を数多く手がけて来た野村孝監督の唯一の裕次郎映画となった本作だが、丁寧なショットの積み重ねがもたらす、裕次郎とルリ子の過去の描写は実に素晴らしい。クライマックスのアクションとメロドラマの按配も絶妙である。

すべてが終わったラストシーン。誰もいないアパートの部屋のショットが切ない。そこに差し込まれる新聞記事。裕次郎のモノローグとは正反対の、客観的な事実のみが羅列されている記事のアップ。『夜霧のブルース』は、日活ムードアクションのなかで、特に深い印象を残す傑作の一本である。


*DIG THE NIPPON『夜霧のブルース』解説を加筆訂正しました。

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