見出し画像

『忍びの者 続・霧隠才蔵』(1964年12月30日・大映京都・池広一夫)

 シリーズ第5作は、東京五輪後の余韻が残る昭和39(1964)年12月30日に昭和40(1965)年のお正月映画として、勝新太郎の『座頭市関所破り』(安田公義)磐石の「カツライス」二本立て公開された。この時の正月映画は各社次の通り。

東宝は12月20日にゴジラ映画『三大怪獣地球最大の決戦』(本多猪四郎)と植木等『花のお江戸の無責任』(山本嘉次郎)。東映は12月24日に大川橋蔵『黒の盗賊』(井上梅次)と鶴田浩二『博徒対テキ屋』(小沢茂弘)。松竹は12月26日にハナ肇『馬鹿が戦車でやって来る』(山田洋次)と長門勇『忍法破り必殺』(梅津明治郎)。日活は12月31日に石原裕次郎『黒い海峡』(江崎実生)と吉永小百合『若草物語』(森永健次郎)。

画像1

 今の感覚では人気ジャンル、人気スターが勢揃い、まことに賑やかであるが、昭和39年の映画人口は4億3145万4000人。前年度比では84%。史上最高の映画人口11億2千万人を突破した昭和33(1958)年の38.8%となっていた。映画の斜陽はますます歯止めが掛からなくなっていた。そうした時代、大映を支えたのが市川雷蔵と勝新太郎の人気シリーズ二本立てだった。「忍びの者」と「座頭市」の二本立ては、幅広い世代に受けいれられていた。映画界は斜陽だが、「カツライス」全盛でもあった。大映は「カツライス」頼みだったのである。

 さて『忍びの者 続・霧隠才蔵』は、前作『忍びの者 霧隠才蔵』(7月11日・田中徳三)のラスト「大阪夏の陣」から始まる。徳川家康(小沢栄太郎)による包囲網で、豊臣秀頼(成田純一郎)と淀君(月宮於登女)が追い詰めいく。ほとんどのショットを前作のライブフィルムを使用しているが、徳川家康だけは、二代目・中村鴈治郎から小沢栄太郎に変わっている。このシリーズ、ほぼ固定キャストだが、徳川家康役は、永井智雄(第二作)→三島雅夫(第三作)→中村鴈治郎(第四作)→小沢栄太郎(第五作)と、ベテラン俳優がそれぞれ老獪な家康を演じていて楽しい。

 大阪城落城の直前、霧隠才蔵(市川雷蔵)は、豊臣家に殉死を覚悟した真田幸村(城健三朗)に「生きて、家康を殺そう」と説得。息子・真田大助(小林勝彦)と三人で、密かに用意していた船で、安治川から脱出をする。これが前作のラストシーン。家康は、真田幸村の行き先は「薩摩以外にない」と、見つけたものに即刻五百石の褒章を与えると激する。霧隠才蔵にしてやられた、家康に仕える忍者・服部半蔵(伊達三郎)を叱責する家康。罵られ屈辱を味わった半蔵たちは、リベンジのために才蔵を船で追うことに。

 脚本はシリーズ第一作から手がけている高岩肇。助監督時代から市川雷蔵が全幅の信頼を置いていた、池広一夫監督の演出は、スタイリッシュ。第1作から描かれてきた忍者の悲しみ、孤独のテイストを守りつつ、クールでかっこいい、スマートな忍者・霧隠才蔵がとにかくカッコいい。一方、伊達三郎演じる服部半蔵は、第2作『続・忍びの者』からのレギュラーで、雷蔵(第三作まで石川五右衛門役)とは好敵手として、シリーズを支えてきた。今回は、それまでの盟友的存在から、才蔵を倒すためならあらゆる手段を選ばない非情の忍者となっている。それがまたいい。

画像4

 真夜中、海上で、才蔵の船に半蔵の船が近づく。それに気づく半蔵は、水中に飛び込み、追手の忍者たちと水の中で戦う。これまでの映画なら、スモークを炊いて「なんちゃって水中」にして芝居をするのだが、ここではプールにカメラを入れて、雷蔵が敵と本当に戦う。水中でのアクションシーンを見せ場にした『007/サンダーボール作戦』(1965年・テレンス・ヤング)が公開されるのが、翌年12月なので、こちらが先取りということになる。ヴィジュアル的には、007に匹敵するほど、水中アクションシーン、スタッフも雷蔵も頑張っている。今回はこうした忍者アクションのあの手この手が、次々と展開される。ストーリーはシンプルなので、アクションシーンが際立っている。

 その闘いで、敵方の手裏剣で真田大助が絶命してしまう。ショッキングな展開だが、史実では真田大助(真田幸昌)は、落城の時に秀頼に殉じたとされるので、これはフィクションなのだけど。才蔵は、幸村とともに、薩摩藩へ身を寄せる。島津義弘(沢村宗之助)と息子・島津家久(五味龍太郎)は、真田幸村に助成して、関ヶ原以来の遺恨である家康打倒を決意する。徳川を倒すためには、種子島久尚(林寛)が密かに開発している新型鉄砲がどうしも必要となる。

画像2

 真田幸村と霧隠才蔵が、薩摩藩に身を寄せていることが、なぜか家康に漏れていた。情報を流していたのは、島津家に代々仕えてきた茶の宗匠・宗全(荒木忍)と、示現流師範・海江田一閑斎(浅野進治郎)だった。2人は処刑されるが、一閑斎の娘・志乃(藤村志保)に累が及ばないように才蔵は、彼女を逃がそうとする。ここで僅かのシーンだが、第一ヒロインの藤村志保が登場。シリーズのファンは、第2作で亡くなってしまう石川五右衛門の妻・マキ(藤村志保)の面影をみてしまう(才蔵とは関係ないのだけど)

 自害しようとした志乃を助け「女の幸せをみつけて幸せに暮らせ」と優しい言葉をかける才蔵。結局、志乃は亡くなってしまうのだが。ここでの才蔵は、クールだけど女性には優しい。「眠狂四郎」のようなフェミニストになっている。池広一夫監督は、本作の直前『眠狂四郎女妖剣』(1964年10月17日)を撮っていることもあり、「眠狂四郎」ブームによるキャラクターの変容がここに見られる。

 さて幸村は、種子島久尚が持ってきた試作品の鉄砲に、ポルトガルでは入手できない鉄鋼石が使われていることに疑念を持つ。種子島が密かに他国と密貿易をしている証拠を掴めば、鉄砲を入手し易くなる。そこで才蔵が、種子島に潜入。鉄砲密造の裏を探ることに。この辺りは、ほとんどジェームズ・ボンドである。指令を受けて、敵地に何くわぬ顔で忍びこむ。スパイ映画ブームの影響が随所に見られる。

 種子島の市場で、才蔵の後を半蔵の配下たちが追ってくる。セットに作られた種子島の市場がエキゾチックで南国ムード満点。追手から身を隠すために、才蔵がとある酒場に入る。そこで、怪しい明国人・竜飛(藤山浩二)が狼藉三昧、店の女の子・真鶴(明星雅子)に絡んでくる。その姉・あけみ(藤由紀子)が困っていると、才蔵がそのピンチを救う。ここでボンドガールならぬ、第二ヒロインが登場する。

画像3

 あけみの身の上を聞いた才蔵は、島から出て本州に戻って妹と暮らせとお金を渡す。ここでも眠狂四郎のような、クールだけどフェミニストぶりを発揮。しかし、あけみと真鶴は、実は“くの一”で、前作で才蔵たちを苦しめた徳川方の忍者・武部与藤次(須賀不二男)の娘だということが明らかになる。仙人のような風体に化けた服部半蔵が、あけみと真鶴に、才蔵暗殺指令を下して、奄美大島のハブの毒エキスを渡す。あけみは才蔵を愛し始めていて躊躇するが、真鶴は父の仇敵をこの手で倒したいという一念で、才蔵に近づいていく。この辺りもスパイ映画のようで、パターンとはいえ手に汗握る。

 一方、半蔵は竜飛たち明国人が、種子島久尚と密貿易をしていると睨んで、鉄砲製造所に忍びこむ。ジェームズ・ボンドが、スペクターの秘密基地に潜入する、あのパターンである。そこで知り得た情報を、伝書鳩を使って薩摩の真田幸村に伝えるのもスパイ映画っぽい。当時の少年たちは「伝書鳩」が欲しくてたまらなかった。「少年探偵団」や忍者のように、大切な情報を伝書鳩で送るなんて!と憧れた子も多かったのは、映画やドラマでのこうしたシーンの影響が大きいだろう。

 というわけで“くの一”姉妹による暗殺計画や、鉄砲密造の秘密を探るなど、今回は「歴史ドラマ」よりも「忍者映画」としての楽しさに溢れている。その一方で、老獪な家康は、駿府から使者・金地院崇伝(稲葉義男)を薩摩に送り込み、南晴行と名を変えて潜伏している真田幸村を駿府に差し出すように島津義弘に命ずる。家久は反対するが、義弘は島津家大事にそれに従う。こうして真田幸村は、駿府へと向かうことになる。才蔵は、種子島と明国の密貿易の証拠を掴み、勇んで幸村の元へ戻るが、時すでに遅し・・・

 それまでの労苦が、家康の策謀で一瞬にして瓦解する。今度こそ覚悟を決めた幸村は、島津家に累が及ばないように、自ら駿府へと向かう決意をする。「今日を限りに、血の通った人間になって、新しく生きてくれ」と幸村は才蔵に伝える。しかし才蔵はそれを承服できない。「最後の忍者として家康を仕留めます」と決めているからだ。

 クライマックス、才蔵が幸村を救出に駿府への行列に襲いかかるシーンがすごい。数十人の徳川勢をたった一人で、斬り、刺し、倒してゆく。市川雷蔵の肉体のしなやかさ、池広一夫監督のアクション演出のうまさが堪能できる。子供の頃、このクライマックスをテレビで観た時に、なんてカッコいいんだろう!と驚嘆した。若山富三郎の真田幸村も、多くは語らずに、武士としての覚悟を見せるのもいい。

 そしてラスト、才蔵はいよいよ駿府城に単身乗り込む。堀に縄をかけてスルスルと移動し、屋根裏に忍びこむ。その身軽さ! 子供たちが「忍者のお手本」として雷蔵に羨望の目を向けていただろう。そして、待ち受ける服部半蔵たちが仕掛けた様々なトラップ。果たして才蔵は、寝間の徳川家康を殺すことができるのか?




よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。