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『第三の悪名』(1963年1月3日・大映京都・田中徳三)

 今回の「カツライス」は、カツ単品で、勝新太郎&田宮二郎主演、シリーズ第五作『第三の悪名』(1963年1月3日・大映京都・田中徳三)をスクリーン投影。今東光原作から設定だけというか、映画版独自のクロニクルとして、依田義賢がシナリオを執筆。タイトルの「第三の悪名」は、日活からフリーになったばかりの長門裕之のこと。

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 キャメラは、第二作『続・悪名』(1961年)以来となる名手・宮川一夫。『続〜』のラスト近く、朝吉の宿敵・新世界のカポネ(藤山浩二)の差金で、モートルの貞(田宮二郎)が刺殺されるショッキングなシーンを、俯瞰撮影したのが忘れ難い。今回は、それから10年後、その貞の死のシーンがリフレインされる。惚れ惚れする名場面である。宮川一夫が捉えた大阪の街のロケーション、セット撮影も素晴らしく、これぞ「悪名」のルック!という感じである。

 というわけで、今回は『続・悪名』の10年後、再び、カポネ(南道郎)が朝吉の前に立ちはだかる。さらに『続〜』で朝吉が組を任された時の松島の元締(中村鴈治郎)が亡くなり、その後釜を、見るからに狡猾で嫌らしい西村晃が演じている。例によって、貞の弟で、朝吉の子分・清次(田宮二郎)は、時流に乗って、軽薄さに拍車がかかっている。今回はキャバレーの支配人となって上機嫌。しかし、そのキャバレーの社長はカポネだったという皮肉。朝吉は、貞の女房・お照(藤原礼子)の家の居候になっている。プレスシートなどでは、清次も同居しているように記されているが、清次はどこかに寝ぐらがあるようだ。

 今回も朝吉は、どこの組織も属さずにフリーランスを決め込んでいる。松島の遊郭街で、朝吉は松島組に乱暴をされている支那そば屋の親父・を助ける。チンピラを連れて肩で風を切っているのは、松島組の舎弟となった、朝吉の陸軍時代の小隊長・粟津修(長門裕之)だった。回想シーンで、インテリの上官・長門裕之と一等兵・勝新のやりとりが描かれるが「兵隊やくざ」シリーズ(1965年〜1972年)の前段というか、長門裕之が渥美清の先輩兵を演じた『拝啓天皇陛下様』(1963年4月28日・松竹・野村芳太郎)を思い出すが、こちらの方が早い。余談だが『兵隊やくざ』でのインテリの上等兵と粗野な一等兵のコンビというのは、有馬頼義の原作があるにせよ、長門裕之の上等兵と、渥美清の一等兵コンビの『拝啓天皇陛下様』(棟田博原作)が影響を与えているような気がする。

 さて、朝吉は、松島組の元締め(中村鴈治郎、本作には未出演)の一周忌法要で、粟津一家の女親分・お妻(月丘夢路)と出会う。実はお妻は、先代の後妻で、修の義理の母親だった。粟津組の縄張りが欲しい元締めは、復員後堅気にならずにやくざの道を選んだ修と盃を交わしていた。しかしお妻は、大学まで出た修にやくざになって欲しくない。相談を受けた朝吉は、かつての“小隊長殿”を説得しようとする。というのが今回の人間関係。

 一方、カポネたちは、老舗の白粉会社の登録商標を奪って商売をするために、その跡取りのバカ息子・小杉静男(矢島陽太郎)を拉致して懐柔。暗躍するのが、カポネの懐刀・垣内(天王寺虎之助)が暗躍して、まんまと息子に権利譲渡させようと、自分の愛人のところに静男を匿う。朝吉は、その父・小杉久右衛門(菅井一郎)のために人肌脱ぐことに。その時に、朝吉はあんたのような経営者に、自分たち河内の庶民たちは搾取されてきた。それであんたらが大きくなった、と戦前からのえげつない商売について意見をする。で、いうだけ言ってスッキリしたと、協力を買って出る。というわけで、朝吉は再び、カポネたちと一戦交えることとなる。

 お照も朝吉も、清次のキャバレーの社長が、貞の仇と知ったら、清次が何をするかわからないと気を使うが、当の清次は最初「兄貴は兄貴、ワシはワシ」と屁とも思わない素振りをして、朝吉をがっかりさせる。ドライな清次と、情に厚い朝吉。戦後派若者と、浪花節的な戦前世代の拮抗は、前作に続いて、今回も強調される。しかし、クライマックス、清次がカポネの指示で子分に、兄貴のように刺されそうになって初めて気づく。ここでようやく、朝吉とともに戦うことになるが、二人がわかりあうシーンがイイ。もちろん浪花節の世界で、目に涙を溜めた清次と、目頭が熱くなっている朝吉が抱き合う。これがこのシリーズのカタルシスでもある。

キャバレーのバンドが演奏する「東京ブギウギ」は、R・ハッターこと服部良一がアメリカで録音したインスト盤の音源に聞こえる。 第三作『新・悪名』(1962年)では昭和21(1946)年なので、田端義夫の「街の伊達男(ズンドコ節)」が流れ、第四作『続・新悪名』では、昭和22(1947)年に流行った、ドリス・デイの「センチメンタル・ジャーニー」をのど自慢大会で少女・ひろみ(赤城マリ)が歌った。そして今回は、昭和23(1948)年のヒット曲、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」である。厳密にいうと、このインスト盤は、1950年に服部&笠置が渡米した時にレコーディングしたものだが、映画の中ではあくまでも、清次のキャバレーのバンドが演奏しているのでノープロブレム(笑) 実は「悪名」シリーズはちゃんと音楽で時代考証をしているのだ。このあたり、大映京都の映画作りの見識を感じる。

 関西喜劇人のキャスティングも楽しい。前作に続いて島田洋介・今喜多代コンビが出演。島田洋介は、カポネの腹心・勘やん役で凄味を利かせているが、今喜多代はワンシーンだけ。前半、松島で朝吉のことを聞いて回っている男がいるとの噂を聞いた朝吉が、名乗らずに「八尾の朝吉知っとるか?」と聞き込み。そこで噂話をするおばちゃんの役。松島ではすでに朝吉は伝説となっていて「ノモンハン事件で戦死した」とか、みんな勝手なことを言ってるのがおかしい。また、夢路いとし・喜味こいしコンビが、彫師の役で出演。修の背中に般若の彫り物を入れる。大映京都作品では、人気コメディアンのゲスト出演でも、ちゃんとした役を演じていることが多い。

 こうしたコメディアンの客演は、60年代後半になっても『妖怪百物語』(1968年・安田公義)のルーキー新一、『妖怪大戦争』(1968年・黒田義之)の若井はんじ・けんじ、『東海道お化け道中』(1969年・安田公義)の島田洋介・今喜多代へと伝統的に続いていく。

 クライマックスは2月3日の節分。水商売の世界では「おばけ」と言って、客もホステス、芸者も仮装しての無礼講。この日に乗じて、朝吉と清次は、カポネ一味の悪辣な陰謀に対して「成敗」に現れる。勝新太郎も田宮二郎も、乱闘シーンの切れ味が良く、切った張ったではなく、あくまでも「喧嘩」というのがいい。観客は(子供も含めて)、世の理不尽へのカタルシスを味わったことだろう。


 

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