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『こんにちわ、20才』(1964年・日活・森永健次郎)

 昭和38(1963)年から昭和39(1964)年にかけて、日活は吉永小百合の青春映画を、毎月のように封切っていた。アクション王国日活は、昭和36(1961)年2月の赤木圭一郎の急逝により、石原裕次郎・小林旭・赤木圭一郎・和田浩治の日活ダイヤモンドラインによるアクション映画王国に陰りが見え始めた。宍戸錠・二谷英明を加えてのニュー・ダイヤモンドラインを中心にしたアクションコメディ路線に活路を見出そうとしていた昭和36年6月10日、石坂洋次郎原作、吉永小百合と浜田光夫主演の青春映画『赤い蕾と白い花』(西川克己)が大ヒット。

 宣伝部は二人を「純愛コンビ」と命名して、吉永&浜田の青春路線を強化。もちろん石坂洋次郎作品を中心にラインナップを組んだ。裕次郎との『若い人』(1962年・西川克己)、『青い山脈』(1963年1月・同)、高橋英樹共演の『雨の中に消えて』(同年3月・松尾昭典)、『美しい暦』(同年8月・森永健次郎)、『光る海』(同年12月・中平康)と、石坂作品だけでも五本作られた。

 これらの作品を通して、吉永小百合は、高校生から女子大生、そして卒業していくヒロインを演じ、観客は実際の吉永の成長とダブらせていた。少女から大人へ。日活青春映画での吉永小百合のポジティブさを、かつてスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと対談したときに「明日を感じさせてくれる」ヒロインと評したことがある

 石坂洋次郎の世界では、ヒロインは多弁である。その多弁さゆえに、複雑なハイティーンの心理を、観客が共有することができた。しかも、そのほとんどの脚本は井手俊郎が手かげている。三木克巳も井手のペンネームである。東宝作品のリメイクでは、井手自身が脚本をリライト。新たに執筆したものは、五社協定の関係もあって、三木克巳名義だった。

 そして昭和39年1月、20才となっていた吉永のために企画されたのが、石坂洋次郎「若い娘」の三度目のリメイクとなる『こんにちわ20才』だった。監督は、戦前の日活多摩川時代から明朗な家庭劇を得意としてきたベテラン・森永健次郎。吉永小百合とは『花と娘と白い道』(1961年)、『美しい暦』(1963年)、『真白き富士の嶺』(1963年)でコンビを組んできた。

 タイトルバックに流れる主題歌「こんにちは20才」は、作詞・佐伯孝夫、作曲・吉田正。ビクターから発売された。井手俊郎の脚本は、千葉泰樹監督による初作『若い娘たち』(1951年)を踏襲している。岡本喜八版(1958年)で改変された友子が野村教授の長女という設定は、元に戻されている。

 ここで、三作のキャストを改めてみてみよう。

石沢カナ子(杉葉子→雪村いづみ→吉永小百合)
柴田澄子(若山セツ子→野口ふみえ→笹森礼子)
看護師・友子(島崎雪子→水野久美→進千賀子)

五女・石沢タマ子(高山スズ子→笹るみ子→田代みどり)
野村大助(井上大助→高島稔→太田博之)

母・石沢美保子(村瀬幸子→三宅邦子→轟夕起子)

医学生・川崎豊(池部良→山田真二→高橋英樹)
医学生・橋本三郎(伊豆肇→桐野洋雄→和田浩治)
医学生・田中修一(佐田豊→ミッキー・カーティス→織田俊彦)

父・柴田善吉(河村黎吉→加東大介→桂小金治)
母・柴田千枝(清川玉枝→沢村貞子→賀原夏子)

教授・野村武雄(清水将夫→上原謙→清水将夫)

学生課主事・地井(藤原釜足→沢村いき雄→井上昭文)

 学生課主事は、それまで役名がわからなかったが日活版で地井という名が判明。データベースなどでは、藤村有弘とあるが、実際は俳優座出身のバイプレイヤー井上昭文が演じている。条件もまあまあ揃った三人の学生、川崎・橋本・田中が、石沢家の下宿人の権利争奪のジャンケンをする。井手俊郎脚本は基本同じなので、そのシーンの主事のリアクションと三人の学生の個性が、千葉泰樹、岡本喜八、森永健次郎、それぞれの演出の微妙な違いが楽しめる。

 おかしいのは、信栄堂書店の入婿で澄子の父・柴田善吉を桂小金治師匠が演じていること。「若い娘」のキーワードは「貸間あり」なので、小金治師匠にはぴったり。川島雄三の『貸間あり』(1959年)で「貸間あり」の札を下げることに命がけの小金治師匠を連想しておかしい。ちなみに信栄堂書店があるのは東京都中野区。

 今回の笹森礼子の澄子は、千葉泰樹版の若山セツ子を踏襲して、琴が趣味の古風な女性。和田浩治の橋本は、髭面のバンカラではなく、粗野だが優しい男で、趣味は音楽。和田自身がバンドでドラムを叩いていたので、ドラマーでもある。クライマックスの学園祭では、新婚の二人が琴とドラムでジャズ演奏をするシーンがある。
 
 また、五女・タマ子は、日活グリーンラインのアイドル的存在・田代みどり。前作の笹るみ子同様『青い山脈』で、笹井和子(初作は若山セツ子)を演じており、ボーイフレンド・大助の太田博之とのさわやかな交際も、さらにクローズアップされている。

 森永健次郎が心掛けているのは、川崎が住む石沢家の二階の部屋を、ロケーションでクレーンで撮影。二階の下宿人を印象付ける演出だが、ヒッチコックの『裏窓』のように、建物の外景を撮影しながら、一階から二階へ、高橋英樹や吉永小百合が移動する「間(ま)」も写しているので、リアリティがある。後半、第43回医学部創立記念学園祭の音楽コンテストで、二人が「若い日は二度とない」をデュエットすることになり、その練習をするシーンもクレーンで外から狙っている。「下宿の学生とは結婚しない!」と決意しているカナ子と、彼女が好きだけど意地を張っている川崎。

 橋本に言わせれば「自意識過剰」の二人が、最初は仲良く練習していたのにドレミの音階が違うと大げんかするシーンがおかしい。そこへ進千賀子の友子がやってきて、なだめようとするが、かえってカナ子が頑なになって、結局、音楽コンテストに「出ない!」と拗ねる。なにをそこまで、という感じの吉永小百合のツンツンした態度が可愛い。

 進千賀子は、昭和37(1962)年、日活撮影所見学時にスカウトされて高校卒業後に日活へ入社。青春路線を担った若手女優で、『青い山脈』ではヒロイン・寺沢新子(吉永)に意地悪をするライバル・松山浅子を好演。

 進千賀子、高橋英樹、田代みどり。いずれも『青い山脈』のキャストであるということでも、東宝版を踏襲している。『青い山脈』から『若い娘たち』へのキャストの系譜である。さて、今回、タマ子が母・美保子を誘って観に行く映画は、田代みどりも出演している舟木一夫の『学園広場』(1963年)! 初作ではパロディ『若い息子たち』、二作目では公開前の『青春白書 大人は判ってない』(1958年)が上映されている、この映画館のシーンで、美保子は大助と一緒の野村教授と出会うことになっている。

 吉永小百合映画らしいのは、少年たちの草野球に飛び入り参加して、ヒットを打つも、セーフかアウトかで、子供と論争になる。『風と樹と空と』(1963年)などでもお馴染み「小百合と野球」がここでもリフレインされる。

 こじれにこじれた川崎とカナ子。最悪の状況のなかの学園祭となる。結局、川崎は音楽コンクールの出場を断念。会場ではダンスパーティが始まる。重い気持ちのまま、学園祭にやってきたカナ子は、川崎と友子の睦まじい姿をみて、諦め顔で帰途につく。これまでは、そこで友子がカナ子に「私も川崎さんが好き」と宣言して発奮させるのだが、ここは日活青春映画、友子が川崎をうながし、川崎がカナ子に愛の告白をする。これまでの映画とは少しだけ違うが、日活映画の王道なので、新鮮だけど安心して観られる。

 クライマックス。ダンス・パーティで、仕切り直しとばかりに、吉永小百合と高橋英樹が「若い日は二度とない」(作詞・鈴木比呂志 作曲・植村享)をデュエット。日活青春映画としての約束をきちんと守って、ラストの結婚写真のくだりとなる。


日活公式サイト

Web京都電影電視公司「華麗なる日活映画の世界」

佐藤利明企画・プロデュース 吉永小百合映画歌謡曲集に、主題歌・挿入歌を収録。



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