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 今から30年近く前のこと。シドニー・ルメットの『ガルボ・トーク/夢の続きは夢・・・』という映画があった。死期の迫ったアン・バンクロフロ演じる母親の「ガルボに一目会いたい」と息子(ロン・ギルバート)が、引退した伝説の女優グレタ・ガルボを探して、母の願いを叶えようとするハートウォーミングな作品。その試写で、大御所の双葉十三郎先生とご一緒になった。映画を観た後、先生が「この映画を日本で作るなら、原節子だなぁ」と仰っていたことを思い出した。

 原節子さんが引退したのは、1962(昭和37)年、東宝創立30周年記念『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』での大石りく役が最後、大石内蔵助(松本白鸚)から離縁を言い渡されて、去って行く姿は、42歳の原節子さんの最後の花道となった。だから僕らの世代では、リアルタイムは彼女を知らない。

 でも、この仕事をしていると、往年の女優さんや映画スタッフとの交流を通じて、時折、原節子さんの消息を伺うことがあった。長年、松竹で照明スタッフをされていた方と、テレビでご一緒した時に「今度、原節子さんの米寿のお祝いをするんだけど」と聞いたこともあった。

 小津安二郎監督の『秋日和』(1960年)で娘を演じた、司葉子さんからは、今から20年近く前のことだが、インタビューをしている時に「この前、原さんにお目にかかったわよ。麻雀したの」と、事もなげに仰って、ドキドキしたことがある。いつまでも変わらない美しさの司葉子さんと、上品に年を重ねた原節子さんが、麻雀卓を囲んで談笑している姿をイメージして。

 以来、司葉子さんにお目に掛かるたびに、原節子さんの消息を、それとなく伺ってきた。まさしく「ガルボ・トーク」の世界である。

 戦前の映画を観ていると、原節子さんが「永遠の処女」と呼ばれ、映画ファンから崇められていたことがよくわかる。日本人離れした目鼻立ち。恥じらいを込めた仕草。笑いながら、照れながら、話す言葉の美しさ。山中貞雄の『河内山宗俊』(1936)年では、デビュー2年目、16歳の彼女が堪能できる。まだあどけなさが残る表情を眺めて観ているだけで、幸福な気持ちになる。決して上手くはない芝居が、小悪党たちが蠢くドラマの中に、可憐に咲いた一輪の花という感じで、たまらない。宮崎駿のアニメのヒロインの持つ「癒しの力」みたいなものがある。

 日独合作映画、アーノルド・ファンクと伊丹万作の『新しき土』(1937年)は、円谷英二が特撮を手がけたことでも知られる。この映画の原さんは、西洋人から見たエキゾチシズムであり、日本人から見ると「外人さんみたい」「お人形さんみたい」な美しさに溢れている。

 そして山本薩夫の名を轟かせたメロドラマ『母の曲』(1937年)はハリウッドでしばしばリメイクされている『ステラ・ダラス』(1925年・37年)を翻案した「母もの」の原点。そこで演じた女学生の可憐さは、同時代の女優にはない。神聖さすら感じる。一方、『田園交響楽』(1938年)ではアンドレジッドが描いた無知で盲目の少女・ジェルトリュードを翻案した雪子を、体当たりで演じ、女優としての可能性を感じさせてくれる。

 そうした戦前の「永遠の処女」のイメージを、戦後間もなくから様々な作家がどう広げ、大人の女優へと成長させていったか、作品を見れば一目瞭然。黒澤明、吉村公三郎、木下惠介、今井正、小津安二郎、成瀬巳喜男・・・名匠たちによって原節子さんはさらなる大輪の花として、映画界の伝説となってゆく。

 先日、フィルムが失われていると思っていた、クラタ・フミンド(倉田文人)の『殿様ホテル』(1949年)をシネマ・トライアングルの上映会で観ることができた。原さんの実兄・会田吉男がキャメラマンとして一本立ちした藝研の第一回作品。木下惠介『お嬢さん乾杯』、今井正『青い山脈』、小津安二郎『晩春』を撮る年の原さんの美しさにクラクラした。女スリの役での特別出演ながら、圧倒的な存在感!

 一昨年、やはり引退して久しい、伝説の女優・芦川いづみさんに本誌の取材でお目にかかった。とある夏のこと、まだ息子さんが小さい頃、外で遊んだままデパートの食料品売り場に買い物に行った時、半裸の息子さんの頭を撫でる、和服姿の上品なご婦人がなんと、原節子さんだった。芦川さんはずっと原さんのファンで、思わず声をかけようかどうしようかとドギマギしたそうだが、結局は声をかけられなかった。芦川さんの興奮は冷めやらず、家に帰ってもご子息は「もったいないから」とお風呂で頭を洗ってもらえなかったと。キラキラ した表情で引退した伝説の女優との邂逅を語ってくれる、芦川いづみさんもまた、僕らにしてみれば伝説の女優。なんとも、すごいエピソードである。

2015年10月、映画秘宝に寄稿した原稿より

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