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『花と娘と白い道』(1961年・森永健次郎)

 吉永小百合と石坂洋次郎。日活青春映画黄金期に、数多くの石坂作品がリメイクも含めて映画化された。そのヒロインの筆頭は「明日を感じさせる女優」吉永小百合だった。2011年スタジオジブリの『コクリコ坂から』(宮崎吾朗)の公開時に、ジブリの冊子「熱風」で、鈴木敏夫プロデューサーと「日活青春映画」をテーマに対談をしたことがある。その時「吉永小百合は明日を感じさせてくる」という話になった。

 どんな逆境にもめげずに、目の前にある問題を自分で考えて、行動で克服していく。同世代の男の子よりもずっと大人で、ボーイフレンドたちもグイグイと引っ張っていく。彼女についていけば、きっと素晴らしい「明日が待っている」。そんな気持ちになれるから。日活青春映画のヒロインは「明日への希望」を感じさせてくれる。そんな話をした。

 吉永小百合が青春映画で演じたヒロイン行動原理は、「失われたアイデンティティの回復」という点では石原裕次郎のアクション映画、青春映画に通底する一貫したテーマである。戦後、昭和29(1954)年に製作再開を果たした日活は、各社から若手のスタッフを引き抜き、自分たちの映画を作ろうという気概に満ちていた。そこに裕次郎という逸材があらわれ、作り手の思いが、主人公の行動や言動に反映されていく。

 それは石坂洋次郎文学の影響も大きい。『乳母車』(1956年・田坂具隆)、『陽のあたる坂道』(1958年・田坂具隆)で裕次郎が演じた主人公の「自分の気持ちを言葉で表現していく」という饒舌さは、そのまま吉永小百合に引き継がれていく。石坂洋次郎原作の『草を刈る娘』(1961年・西河克己)、『赤い蕾と白い花』(1962年・西河克己)などの青春映画で、吉永小百合は輝き、日活のトップ女優となっていく。

 その吉永が初めて、石坂洋次郎作品に出演したのがモノクロ、1時間の小品『花と娘と白い道』(1961年3月6日)。製作は劇団民藝の制作部門、民芸映画社の大塚和プロデューサー。脚本はやはり民藝の川崎俊祐、そして監督は戦前からのベテラン、森永健次郎。吉永は前年、民芸映画社のユニット作品『ガラスの中の少女』(1960年・若杉光夫)の薄幸のヒロインで高く評価され、日活としても次の世代のスターにしようと考えていた。

 ちょうどこの映画が公開される直前、赤木圭一郎が21歳の若さで夭折。日活ダイヤモンドラインによるアクション映画路線に陰りが見え始める。この翌年、日活は若手スターによる青春路線・日活グリーンラインを結成。吉永小百合と浜田光夫の青春映画が、大きな柱TOなっていく。その萌芽ともいうべきなのが、この年に吉永小百合が出演する青春映画だった。

 原作は石坂洋次郎の「リヤカーを曳いて」。(おそらく)東北の小都市。みや子(吉永小百合)は、農作業は亡くなった兄の嫁・咲枝(高田敏江)に任せて、毎日、花をいっぱいリヤカーに積んで、村から町へ行商に歩いている。母・ます(三崎千恵子)と父・源三(大町文夫)は、本当の娘のように尽くしてくれる咲枝を大事にしている。できることなら、この家から再び嫁に出すことができればと考えている。

 ハイティーンのみや子は、そんな咲江が大好きで、自分もそんなお嫁さんになりたいと、花を売ったお金を、せっせと信用金庫に預けて、結婚資金を貯金している。

 この映画で、吉永小百合は初めて映画主題歌を歌っている。「花と娘と白い道」を歌いながら、花を摘み、行商をするみや子は「幸福を売る娘」でもある。2008年、ぼくが企画、プロデュースしたCD「吉永小百合映画歌謡曲集」のトップには、日活に残る原盤からリマスターした「花と娘と白い道」を収録。余談だが、このCDは日活時代の映画主題歌・挿入歌をできうる限り網羅。レコードとは違う映画テイクを2枚組にまとめた。小百合さんご本人に、とても気に入ってもらい、オープニングには「いつでも夢を」の映画用インストをバックに、小百合さん自身が「あの頃」を振り返るナレーション収録を申し出てくれた。

話を映画に戻そう。道すがら、ボーイフレンドの修行僧・法海(高山秀雄)や、ヤクルト配達の友人(亀山靖博)たちが声をかけてくる。特に法海は、捨て子で住職・方丈(下條正巳)に育てられてきたが、最近、方丈が若い妻・芳江(南風洋子)を貰って以来、その関係がギクシャクしている。それゆえ方丈に反撥している法海はまだまだ未熟。法海をめぐるドラマがサイドストーリーで展開される。

そんな法海はみや子にゾッコンで、毎日猛烈なアプローチをしてくる。みや子は、そんな法海を嫌いではないが、結婚するには物足りないと感じている。

 むしろ結婚するなら、信用金庫の小使い(佐野浅夫)の息子で国鉄マンの清吉(青山恭二)の方がいいと考えているみや子に、どんど焼き屋の喬子(中川姿子)の父・松五郎(日野道夫)から「清吉とみや子の縁談」が持ち込まれる。ところが、清吉は咲枝と密かに付き合っていて・・・。大好きな義姉と大好きな清吉の関係を知ってしまったみや子の心は揺れ動く・・・

 『青春会議』(1955年)などでも描かれてきた「義姉の再婚」への複雑な乙女心。森永健次郎の演出は端正ながら、吉永小百合の一瞬の表情を捉えて、効果的にインサートして、少女の複雑な思いを観客に伝えてくれる

 民芸映画社とのユニットなので、キャストが脇役に至るまで演技派ばかり。日活映画を充実させたのは、脇を固める新劇俳優たちの充実。執筆のため村に住んでいる小説家・木村先生は、石中先生的な存在だが、演じる下元勉が良い。みや子の悩みを受け止めてくれる頼もしい先生を好演している。

 ラスト、みや子が信用金庫に貯めた貯金をはたいて、清吉の元に嫁入りする咲枝のために、電気洗濯機をプレゼントする。この頃「三種の神器」と呼ばれた洗濯機は、主婦の家事をサポートする「夢のアイテム」だった。他愛のない物語に、ささやかな幸せがいくつも詰まっている。

 吉永小百合は、この後、石原裕次郎の『あいつと私』(9月)で再び石坂洋次郎作品に出演。やがて『草を刈る娘』(10月)から日活青春映画の新たな時代の扉が開くことになる。

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