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地底の歌(1956年・日活・野口博志)

ヤクザの世界の醜さ、虚しさを鋭く衝いて、泥沼の社会に挑戦する日活の異色活劇巨篇!!

製作=日活/東京地区封切 1956.12.12/10巻 2,447m 89分/モノクロ/スタンダード/併映:忠臣蔵 天の巻・地の巻

 石原裕次郎は、前作『乳母車』(11月14日・田坂具隆)では屈託を持ちながらも、若いエネルギーで運命を切開いていこうとするポジティブな“期待される青年像”をのびのびと演じ、その演技面でも注目を集めていた。今作では一転、身体に刺青を入れ、任侠の世界に生きるアウトローに挑戦。

 原作は、終戦間もない昭和21(1946)年、「かういふ女」で第一回女流文学者賞を受賞した平林たい子が、朝日新聞に連載した「地底の歌」。この新聞小説は、やくざ社会を舞台に、古いタイプの侠客と戦後派のチンピラの相克を描いて、センセーショナルな話題をとなっていた。戦前はプロレタリア作家として活躍していた平林だが、戦後は保守系となり転向文学の代表的作家となった。私小説的な題材が多かった作家で、戦時中に博徒と出会ったことで、任侠の世界に材をとって「黒札」「地底の歌」「殴られるあいつ」といった任侠小説を執筆するようになった。

 「地底の歌」は、“アプレゲール”と呼ばれた女学生の眼を通して、縄張り争いに身体を張るやくざと、昔ながらの博徒の世界を描いたもの。監督の野口博志は、ミステリーや活劇を得意としたプログラムピクチャーの作家で、ヤクザ映画というジャンルがまだ誕生する以前の作品ということでも興味深い。

 主人公・鶴田光雄は、江東一帯を牛耳る伊豆組の幹部で、昔ながらの侠道に生きる侠客で、演じるは製作再開後の日活で活躍していた二枚目・名和宏。相対する18歳の若きチンピラ“ダイヤモンドの冬”に石原裕次郎。首にスカーフを巻いた颯爽としたスタイルは、戦後派らしい雰囲気。

 松竹映画で活躍後、昭和30年代の日活アクションを支えていく二本柳寛が、組長の伊豆荘太を憎々しげに演じている。昔気質の鶴田に対し、伊豆は政界の黒幕・大山からの仕事の権利を貰うためなら何でもするという狡猾な男。その伊豆の娘・トキ子(美多川光子)は、大人の男としての鶴田に恋をしている。

 映画は、当時の東京風景からはじまる。隅田川にかかる両国橋、丸い屋根が特長の国技館を望む光景。そして“国鉄錦糸町駅”が登場する。駅前には、江東楽天地といわれた一大歓楽街があり、映画館、劇場、飲食店が軒を連ね、浅草と並ぶ繁華街として繁栄していた。キャメラは、総武線の錦糸町駅の北口から、江東楽天地を写し、やがて映画街を歩く三人の女学生を捉える。

 伊豆トキ子、山田花子(香月美奈子)、市川松江(東谷暎子)の三人は、一見、どこにでもいるような女学生。しかし、やくざの娘トキ子、家庭的な問題を抱えている花子には、それぞれ屈託がある。興味本位から、刺青師・腕文(瀬川路三郎)のところへ、社会見学のつもりでやってくる。そこに来たのが、ダイヤモンドの冬。花子と冬はここで出会い、お互いを意識する。メロドラマ的な話法で、普通の女の子が転落していくプロセスが描かれる。

 メロドラマといえば、 ダイヤモンドの冬の姉・岩田辰子(山根寿子)への鶴田の想いもドラマの主軸。旅先で助けたことがあるイカサマ賭博師の辰子と鶴田の燃え上がるような恋。辰子の夫は、おかる八(菅井一郎)というイカサマ博徒で、鶴田との一騎打ちも見せ場の一つ。またダイヤモンドの冬は、伊豆組と相対する吉田一家の若い衆ということで、対立の構図がはっきりとする。

 しかも鶴田の子分のびっくり鉄(高品格)が、小遣い銭欲しさに、京成成田駅まで花子を連れ出し美人局を試み、その挙げ句、花子を女衒に売り飛ばしてしまう。伊豆荘太と吉田大龍(深見泰三)の利権をめぐる“仁義なき戦い”も含めて、『地底の歌』のやくざたちの行動は、ことごとく任侠道を逸脱していき、鶴田と辰子、そしてダイヤモンドの冬の運命が狂い始める・・・。

 八木保太郎の脚本は、複雑な人間関係を見事にさばいて、適度な刺激とウエットさを同居させて、最後まで飽きさせない。映画が始まって間もなく画面に大写しにされる掛け軸。「しきしまの 大和男の行く道は 赤き着物か 白き着物か」という句は、本作のテーマでもあり、やくざの行く末を暗示している。同時に転落していった筈の花子が、ラストに意外な形で登場する。そのアイロニーこそ、平林たい子の原作の真骨頂だろう。

 まだ、裕次郎は本格的に唄わないが、劇中、ダイヤモンドの冬が「籠の鳥」(作詞:千野かほる 作曲:鳥取春陽)を口ずさむシーンがある。
『地底の歌』から7年後、任侠映画元年となる昭和38(1963)年、鈴木清順監督によるリメイク『関東無宿』が作られることになる。鶴田(リメイクではカクタと呼んでいる)を小林旭、ダイヤモンドの冬を平田大三郎、花子を中原早苗が演じている。今ではポップでキッチュな任侠映画として認知されているが、実は八木保太郎脚本はオリジナルのまま。清順監督は、師匠野口博志監督に敬意を表して、そのまま使ったという。裕次郎版と見比べるのも一興だろう。

web京都電影電視公司「華麗なる日活映画の世界」


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