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『悪名十八番』(1968年1月13日・大映京都・森一生)

 前作『悪名一代』(1967年6月17日・安田公義)から半年ぶりのシリーズ第14作『悪名十八番』(1968年1月13日・大映京都・森一生)は、清次=田宮二郎の最後の作品となった。前作で「任侠映画」に大きくシフトしてしまったシリーズを、本来の「悪名」シリーズの味わいに戻した明朗な痛快篇。「悪名」はこれでなくっちゃ、の名場面が随所にあって、楽しい仕上がりとなっている。

 この映画の封切り同日、日活では渡哲也の代表作となる『「無頼」より 大幹部』(1968年1月13日・日活・舛田利雄)が公開されている。そういう時代である。カウンターカルチャーの60年代末、朝吉と清次は、世の中の流れとは別の自分たちの時間軸で生きていた。それが愛おしくもある。

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 第1作『悪名』(1961年・田中徳三)から、藤本義一脚本の『悪名太鼓』(1964年・森一生)を除いて、シリーズを手がけてきたベテラン依田義賢による軌道修正が実に見事である。前作のラスト、小池朝雄のボスたちに滅多刺しにされて瀕死の清次のため、身重のまま刺殺されてしまった清次の恋女房・お美津(坪内ミキ子)のため、朝吉が人生ではじめてドスを握り、お十夜(小池朝雄)と文殊の銀次(早川雄三)を殺してしまう。朝吉は「お務めを果たしてくる」と警察へ。清次の死も匂わされて、どこから見ても、当時ブームの「任侠映画」になってしまった。

 アバンタイトルで、そのラストがリフレインされるが、朝吉は「正当防衛」ということで執行猶予の判決が下り、めでたくシャバに出てくる。有能な弁護士をつけて、朝吉の罪を軽くしたのは、河内の田尾で「村上ブラシ工場」のオヤジで、朝吉の兄・村上辰吉(金田龍之介)。朝吉に兄弟がいるのは、第1作でも描かれていたが、辰吉は本作で初お目見え。今回は「ファミリー・プロット」であるのが嬉しい。しかも舞台は、朝吉の故郷・河内の田尾寺界隈。

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 出所の当日、待てど暮らせど辰吉が迎えに来ない。代わりにやってきたのは、ブラシ工場に務める若い娘・鈴子(安田道代)だった。この頃、大映で活躍していた安田道代が今回のヒロイン。家庭的に恵まれず、それゆえ朝吉の優しさに惚れてしまう。辰吉は、土地に巣食うボス・中沢政兵衛(西村晃)推進する競輪場建設の反対同盟を率いていて、それゆえに、中沢が雇った元関取・荒雲(松枝錦治)に襲われて大怪我したために迎えに行けなかったのである。

 この荒雲を中沢が雇うキャバレーのステージで、コブシを聞かせて主題歌「はぐれ雲」(作詞・川内和子、作曲松尾安巳、編曲・曽根幸明)を歌っているのが、大映レコードの歌手・八泉鮎子。この歌はラスト、朝吉と清次を乗せた連絡船のショットに流れてエンドマークとなる。これまで勝新太郎の「悪名(河内音頭)」(大映レコード)がリリースされているが、ここで正式な主題歌が登場する。

はぐれ雲

 中沢も辰吉も無類の相撲好きで、それぞれの会社で「素人相撲部屋」運営、祭りの勧進相撲大会が開催され、なんと荒雲が出場、村上ブラシ工場の芳太郎(伊達三郎)たちを次々と投げ飛ばす。そこで朝吉が土俵に上がって、荒雲を投げ飛ばす。喧嘩の前に相撲というのもいい。ちょうど田尾では、市会議員の補欠選挙が行われ、競輪場推進派・中沢と、反対派・辰吉が立候補。中沢としては、ライバルの弟が前科者であることでネガティヴ・キャンペーンを展開しようとする。そこへ執行猶予中の朝吉が戻ってきたので、喧嘩をしかけて、警察に逮捕させようとするが、中沢の配下が子分を殺して、朝吉に罪を被せてしまう。新聞には大々的に指名手配の記事が出て、朝吉は追われる身となる。しかし、その記事をみて、入院中の病院から「親分の一大事」と、清次が河内に駆けつけて「梅に鶯、松に鶴、朝吉親分には清次!」の啖呵も復活!

 これぞ「悪名」の楽しさ!という感じである。地元に戻った朝吉は、昔のツレ・佐太郎(藤田まこと)と、寿司屋で知り合ったお染(森光子)のいる、大和郡山の遊郭へ。かつて『悪名市場』『悪名波止場』でニセ清次を演じていた藤田まことが、朝吉の幼馴染として登場。勝新と息のあった芝居を見せてくれる。それに前作『悪名一代』に続いての森光子が、朝吉に惚れ抜くお染をコミカルに演じている。藤田まことと森光子のツーショットは、関西のファンには、テレビコメディ「ダイラケのびっくり捕物帖」(1957年〜1960年・朝日放送)での与力・来島仙之助(藤田まこと)と妹・妙(森光子)のコンビなので、懐かしかったことだろう。

 ここでお染が「あたしたちの商売がもうできなくなる」と売春防止法の施行の話をする。ということは、この物語は昭和33(1958)年3月31日よりも前、という設定だろう。このシリーズは、最初は昭和10年代、第二作からしばらくは昭和20年代、その後、リアルタイムとなっていたが、ここで時代も軌道修正されている。

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 中沢たちは、朝吉が子分を殺したとされる夜の目撃者・鈴子を拉致、荒雲が大阪新世界で監禁。それを知った悪名コンビは、大阪新世界へ! 久々の新世界での朝吉&清次。イキイキしている。荒雲の潜伏先を探るために、かつて相撲の行司だった板前勝三(鳳啓助)とんと女房・おしん(京唄子)夫婦のお好み焼き屋で聞き込みをする朝吉と清次。人気絶頂、唄子啓助のコンビが、賑やかに映画を盛り上げ、やはり元関取・稲妻(芦屋小雁之助)のちゃんこ屋にたどり着く。

 森光子→藤田まこと→唄子啓助→芦屋小雁と、関西お笑い陣が次々とリレー登場。それぞれのキャラを活かしての笑いが展開。今回は陰惨な描写もないので、喜劇としての「悪名」を味わうことができる。

朝吉の「やくざな男」だけど「やくざ」ではないポリシーが復活。兎にも角にも素手で喧嘩をするのが気持ちいい。クライマックス、選挙の前日、中沢たちが辰吉を誘拐、交通事故に見せかけて殺そうとする。そこへ朝吉と清次が現れて、悪党一掃の大立ち回り。

 そこで、朝吉が中沢に言うセリフがいい。「飛び道具や刃物を捨てて一騎討ちしたらどうなんや」。最後は相撲で決着をつけようとする。「悪名」はこうでなくっちゃ! 色々あって田尾の町はスッキリ。選挙の前夜、兄貴に迷惑はかけられないと、朝吉と清次は町を出ることにする。駅近くの食堂で、お染と鈴子によるささやかな送別会が開かれる。このシーンがしみじみいい。朝吉も清次も、お染も堅気ではない。鈴子もまたこの街にはもう居場所がない。その四人が「これから」について話をする。

 結果的に、これが田宮二郎最後の「悪名」となっただけに、この送別会のシーンは、特別な意味を持ってくる。この年、6月29日公開、有吉佐和子原作『不信のとき』(大映東京・今井正)で、田宮が主役にもかかわらず、ポスターではトップが若尾文子、加賀まりこ、トメが岡田茉莉子で、田宮はトメ前になっていた。大映は女性映画として売る予定だったので、こういうビリングになったのだが、田宮は厳重に抗議。大映の屋台骨を支えてきた自負があるので受け入れることができなかったのだ。永田雅一に「思い上がるのもいい加減にしろ」と、契約を残したまま田宮二郎を解雇。さらに五社協定を持ち出して、各社に 通達を出した。結果的に田宮二郎は映画界から追放され、活躍の場をテレビに移すこととなる。

 なので、次作にして大映の「悪名」最終作『悪名一番勝負』(1969年・マキノ雅弘)には清次が登場しない。それゆえ『悪名十八番』のラスト、朝吉と仲良く旅に出る清次の姿を観ると、いつも切ない気持ちになってしまう。



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