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『赤い蕾と白い花』(1962年・西河克己)

 1960年代、日活は、男性活劇を中心としたダイヤモンドライン(石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治)に対して、青春スター路線を確立する。吉永小百合、浜田光夫、高橋英樹、和泉雅子、山内賢、松原智恵子らのグリーンラインである。

 なかでも吉永小百合と浜田光夫のカップルは、アクション映画ばかりの日活において、フレッシュな青春路線のメインストリームを作り上げた。この『赤い蕾と白い花』が封切られたのは昭和37(1962)年6月10日。吉永小百合が新人賞を獲得した代表作『キューポラのある街』(同年4月8日公開)で、浜田光夫と共演してから二ヶ月後である。この頃は、日活にとっても大きな転換の時期でもあり、ダイヤモンドラインのアクションから、グリーンラインの青春路線へとシフトしつつあった頃でもある。

 吉永小百合と浜田光夫は、昭和35(1960)年の『ガラスの中の少女』で初共演、同年の『美しき抵抗』、昭和36(1961)年の『この若さある限り』、『太陽は狂っている』、『草を刈る娘』、昭和37(1962)年の『さよならの季節』、『上を向いて歩こう』、『キューポラのある街』など、本作までおよそ9本の作品で共演。文字通りのゴールデンカップルだった。

 さて『赤い蕾と白い花』は、前作『キューポラのある街』から一転、いわゆる良家の子女たちの屈託のない、さわやかな日々を描いた青春篇である。監督の西河克己は、『草を刈る娘』で二人を演出。松竹出身の確かな演出で、この年頃の持つ多感さや、心と身体の成長のアンバランスさ、大人たちの世界との微妙な距離感を、丁寧なショットやシーンの積み重ねで描いている。コミカルなショットやエピソードの展開は、娯楽映画作家としての確かな手腕を感じさせてくれる。本作でも金子信雄がヒロインのオデコにキスをするシーンで、ユニークなモンタージュが楽しめる。

 西河監督は吉永小百合とは、石原裕次郎との『若い人』(1962年)、『青い山脈』(1963年)、『雨の中に消えて』(1963年)などを連続して手掛け、彼女が少女から大人の女優へと美しく変貌を遂げていくさまをフィルムに焼き付けている。そして、1963年には、西河にとっても、吉永にとっても代表作の一つとなった『伊豆の踊り子』を手掛けることとなる。

 原作は、日活でも映画化作品の多い石坂洋次郎の「寒い朝」。石坂らしいダイアローグの応酬のなかで、若いカップルと、中年男女の関係がリリカルに描かれ、本音と建前が巧みに交錯して、主人公たちの内面をうまく引き出している。脚本の池田一朗は、石原裕次郎の『陽のあたる坂道』(1958年)、『若い川の流れ』(1959年)、『あじさいの歌』(1960年)石坂洋次郎原作の青春映画を手掛けてきた。ちなみに池田は、のちの時代劇小説家・隆慶一郎である。

 岩淵とみ子(小百合)の母親・真知子に、戦前からの松竹スター高峰三枝子。「湖畔の宿」などの映画主題歌をヒットさせた「歌う映画女優」のルーツ的存在でもある。そういう意味では、本作の主題歌が吉永小百合のレコードデビュー曲となったのも、「歌う映画女優」の系譜である。

 さて、その主題歌は本作公開の二ヶ月前の4月にビクターレコードからリリースされている。作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正による「寒い朝」は、吉永小百合と和田弘とマヒナスターズが歌ってヒットするが、映画のクレジットでは「赤い蕾と白い花」とされている。この年、吉永小百合は橋幸夫とデュエットで9月発売の「いつでも夢を」でレコード大賞を受賞することになる。

 三輪重夫(浜田光夫)の父親・貞一には、日活アクションで憎々しげな悪役が多かった金子信雄。本作では、男手一つで息子を育ててきた好人物の中年医師を、ユニークに好演している。金子は文学座から青俳と新劇畑の俳優だけに、こうした好人物を演じるのはうまい。

 満たされているようで、どこかに不安がいっぱいの高校時代。ボーイフレンドの父親・貞一と、自分の母親・真知子の交際を仕掛けておきながら、生々しい男女の世界にふれると、拒絶をしてしまう。そうした微妙な感覚。北林谷栄の祖母・かねから打ち明けられる、亡くなった父親の浮気話。それを美化している母親の想い出話。

 スーパーおばあちゃん・かねを演じた北林谷栄もいい。リベラルで、ちゃんと自分の意見を持ち行動する。余生を「おまけの人生」として楽しんでいる。高峰三枝子の亡夫の母だが、実はこの息子の浮気癖で高峰も北林も苦労をしてきた、そのおかげで普通の「嫁と姑」以上の、仲の良い関係になっている。

 ヒロイン・とみ子のフラストレーションは、ボーイフレンド・重夫とのプチ家出という形で爆発する。家出をした二人がたどり着く、多摩川近くの旅館。初めて、男の子と一つの部屋で寝るという照れと戸惑いを、懸命に勉強するというかたちで乗りきる。

 深夜、空腹に耐えかねて重夫が、そっととみ子の枕元にある「おにぎり」を食べようと、寝床に近く。その瞬間、とみ子がハンガーでポカリと、重夫のオデコを叩く。すわ貞操の危機との行動だが、浜田が「自分よりおにぎり優先」だったことで、腹を立てる。揺れ動く乙女心。日活青春映画が、いつの時代にも新鮮なのは。こうした、心の綾を具体的なエピソードで描いてくれるからでもある。

 その宿・柳家のおかみを演じたのが「女エノケン」の異名を持っていたコメディエンヌ・武智豊子。このシークエンンスの「にぎりめし」をめぐるエピソードに、日活青春映画の、そして石坂洋次郎ものの、真骨頂がある。

 ラスト、多摩川を歩くとみ子と重夫。ここでのキスシーンのみずみずしさ! そこに流れる「寒い朝」。「駅まで競争よ!」と駆け出す二人。昭和37年の青春がここにある。

日活公式サイト

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