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北海道滞在記 エピソード5: 夕張へ・その1「幸福の黄色いハンカチ」を訪ねて

■何しに夕張にいくのさ?

私は北海道の夕張には行ったことが無かった。だから一度は行って見たいと思っていた。
そしてもう一つ、夕張にはマウント レースイ スキー場があり、そこを一目見たかったから、一度は訪れたいと思っていた。

北海道中部の道央地方に位置する夕張は、ウィキペディアによれば、アイヌ語の「ユーパロ(鉱泉の湧き出る所)」からきているとされる。
有名なのは夕張メロン、そして炭鉱閉山に伴う財政再生団体に指定されていることだ。

財政再生団体に指定ということは、会社で言えば倒産会社となる。
だから、「何もない夕張に何しにいくのさ?」とも言われたが、まぁ、そんな事よりも純粋に一度は行って見たいと思っていたから、一緒に歌志内市の「かもいホッフ」に滞在している木村夫妻の声を掛けて、3人で日帰りで出かけることなった。

北海道の大判の地図を広げ覗いていると、「幸福しあわせの黄色いハンカチ想い出ひろば」と書いてあるのが目に入った。ならばついでにそこにも立ち寄ってみようとなったのである。


我々が滞在している歌志内も、ロケ地を書いたこの地図にある。この地図では夕張の真北に在り、距離は約95㎞、下道を行っても約2時間である。

■「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」


「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」の場所はすぐ分かった。そこは夕張市街を見下ろす小高い丘だった。

戦後の石炭増産時代には、舞台となった炭住(炭鉱住宅)は、いたるところにあったのだろう。映画はその炭住が舞台だ。映画のタイトルに因み、思い出ひろばの入り口にあるポストも黄色に塗られていた。

そしてあたり一面、黄色い花で埋め尽くされていた。でもこれは演出のためではなく、自生のものであった。でも刈り切れないその自生の黄色のオオハンゴンソウは、あたかも映画の黄色に因み、黄色一面に覆いつくされているようだった。

「幸福の黄色いハンカチ思い出ひろば」にある看板。
黄色い花は、自生のオオハンゴンソウ。

炭住に入ってみて、その時代の生活の過酷さを彷彿とさせられた。狭い台所に飲料水をいれた大きな水瓶、隙間風が遠慮なく吹き込むような窓、当時はそんな生活が普通だったのだろう。
印象は、写真とともに、キャプション(写真説明)でご覧いただきたい。


思い出ひろばの入り口にある管理棟。ポストも黄色く塗られていた。
入場料はシニア500円。
管理棟から、いよいよメインの建物へ
昔の炭住(炭鉱住宅)である。
同映画の名シーン。
炭鉱夫で刑務所帰りの男を、鯉のぼりの竿に黄色いハンカチを沢山掲げて、妻は夫を待っていた。
男は、もし黄色いハンカチが掛けてなければ、無言で夕張を立ち去り、二度とこの地に足を踏まないと覚悟していたが・・・


あった! 「貴方を待つ」という意思表示の黄色いハンカチは、
鯉のぼりの竿に翩翻とたなびいていた。


当時の面影が漂う炭住入り口
中に入ってビックリ。一面黄色のメッセージカードで覆いつくされていた。
高倉健さんの遺影とともに、サイン入りの黄色いハンカチも展示。
このハンカチは、管理棟で買うことも出来る(1,000円)
映画に登場したマツダファミリア。


炭住のキッチン。右が水瓶(みずがめ)


■えっ! 同映画の原作はニューヨークに住むアメリカ人


私は、この映画の原作は、てっきり日本人が書いたものだと思っていた。ところが調べてみてビックリした。それはアメリカのニューヨーク出身のジャーナリストにして小説家のピート・ハミル氏だったのである。

なぜニューヨークにいるアメリカ人が、この北海道を舞台にしたこれだけリアルな原作が書けたのだろう? と不思議に思った。
そこで調べてみると、いろいろな情報からの概要であるが、次のことが分かった。

1・アメリカには南北戦争時代から、遠くに行ってしまった彼氏の無事を願い、黄色いリボンを身につける習慣があった。

2・その風習を背景に、1971年コラムニスト・作家であるピート・ハミルがニューヨーク・ポスト紙に「ゴーイング・ホーム」という記事を書いた。

3・その記事を原作にして映画「幸せの黄色いリボン」が作られた。
内容は、刑務所出所して妻の元へ帰る男がバスの中からオークの木に結ばれた黄色いハンカチを見るというものである。

男は刑務所を出所するとき、妻に手紙を書いた。「もし、自分の帰りを望むなら、木の幹に黄色いリボンを結んでおいてほしい」と頼んでいた。
もし他の男と結婚なりしていて、黄色いリボンが無ければ、自分は黙ってその地を去ろうとの思いからだった。

男は汽車に乗って故郷の近くまで来るが、勇気がなくて、車中で知り合った男に木を見てもらう。樫の木の幹にはたくさんの黄色いリボンが結ばれていた。

4・同名の歌「幸せの黄色いリボン」も、時を相前後して作られた。歌詞も上記の内容を現したものだ。
(このいきさつには、ピート・ハミルが訴訟を起こす件もあったが、ここでは省略)
多くの人はイントロを聴いただけでも、その歌だと分かるだろう。その位よく知られた曲だ。

5・その歌「幸せの黄色いリボン」を、倍賞千恵子が「男はつらいよ」の撮影の合間に口ずさんでいた。
それを聞いた山田洋次監督が、その曲のことを倍賞千恵子に尋ねた。
それが発端となり、山田洋次監督は、ピート・ハミル氏に日本版「幸福の黄色いハンカチ」制作の交渉を始めた。
もし、倍賞千恵子がその曲を口ずさまなかったら「幸福の黄色いハンカチ」は無かっただろう。

6・したがって高倉健、倍賞千恵子がメインキャストとなる「幸福の黄色いハンカチ」はアメリカ映画「幸せの黄色いリボン」の、リメイク版である。

場所設定などは変えてあるが、男が刑務所に入ること、出所すると妻に郵便を出すことや、黄色いリボン(日本版はハンカチ)を出して、気持ちを現してくれということなど、基本的には同じストーリー展開である。

いずれにしても、人の心を打つ物語映画だから、不朽の名作として人気があるのだろうと思った。


山田 洋次 監督の紹介パネル


黄色いポストと筆者

こうして出掛けたことが、新しいことを知るキッカケになった。新しいことを知ることは楽しい。


夕張へ・その2「黄色い花の正体」他は、次回のエピソードに続く

#幸せの黄色いリボン   #幸福の黄色いハンカチ   #夕張  



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